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第一章 楼桑からの使者
1-⑤
しおりを挟む或る国の慶事に主君の名代として参列した父に、彼女が同行した際にその事件は起こった。
彼女の父親は、サイレン公国の北の国境地帯に所領を持つ由緒ある貴族であり、文官としても外務卿と云う、政治的に重要な地位に立つ人物であった。
名をユーディー・ロウ=キャメロンといい、代々国境北部を守る辺境伯の称号を持つ伯爵である。
早くに妻を亡くした彼は再婚することなく、そのまま独り身を通した。
彼は幼い頃から一番上の娘であるラフレシアを、妻の代わりに公の場所に伴っていた。
ラフレシアの美しさは幼少期から際立っており、成長するに従い彼女の美貌は諸国の王侯貴族たちの間で注目の的となった。
その時も父親に従って、その美貌で国の外交に一役買っていた。
式典も無事にすべて終了し、最終日の夜に開催された舞踏会の最中である。
一人の若者が彼女のその時のダンスの相手を押しのけて、一方的にラフレシアに結婚を申し込んだ。
彼女に一目惚れした、某国の王太子であった。
それに腹を立てた相手の男が、その場で手袋を投げつけ決闘を申し入れた。
二人はラフレシアに対し、勝った者との結婚を迫った。
一方の相手も、或る国の王弟である。
そんな二人が決闘などしたら、大変な国際問題になる。
居並ぶ列国の歴々の執成しで、なんとかその場での決闘沙汰は収まった。
しかし舞踏会も終わったその深夜に、二人は再び顔を合わせ、決闘の続きを決行してしまった。
負けたのは、某国の王太子の方であった。
命こそ失わなかったものの、右胸を細剣に深々と刺し貫かれる、大怪我を負ってしまった。
勝った方の或る国の王弟の方も、剣で切り裂かれ左目を失った。
このことがきっかけとなり、元々仲のあまり良くなかった両国の間に戦争が起きてしまった。
僅かな小競り合いの段階で、決闘の場となった国とサイレン公国の献身的な和解工作によって和議が結ばれたものの、一歩間違えばどちらかの国が滅んでしまった可能性もあったのである。
一人の女性の美しさがきっかけで起きた、大事件であった。
人々はこの出来事を受けて〝傾国の美女〟ラフレシアのことをそう呼ぶようになった。
この一件以来父のユーディは、娘を公の場に連れて行くのを一切止めてしまった。
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