アンドローム ストーリーズ(聖大陸興亡志) 第一巻「運命の婚礼」前篇

泗水 眞刀(シスイ マコト)

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第一章 楼桑からの使者

1-④

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 「それでは殿は俺がお探ししておるのをご存じで、知らぬ振りをしておられるのか」
 ブルースがエメラルダに詰め寄る。

「あんな大声で探し回れば、誰だろうと気付かぬ者のいる筈がなかろう。辺り一帯に聞こえておる。――して殿に用とは急ぎなのか」
「急いでおるからこうして俺自らが探し回っておるのだ。楼桑国からの急使が先程到着した。その使者が問題なのだ」
 ブルースが一気に捲し立てる。

「誰が来たのだ。まさか王族の誰かという訳でもあるまい」
 エメラルダは興味深々に、ブルースの顔を見詰める。

 彼女は頬に息が掛かるほどに、顔を近付けて来た。

 その名の通り、深い湖の底のような碧色の瞳で間近に見詰められたブルースは、思わず胸が詰まるような心地になり、返事をするのを忘れてしまった。

 生まれた時から、双子同然に接してきたエメラルダに、この頃はっとするほど女の表情を感じるときがある。

 確かにエメラルダの容姿は、並の女以上に美しいものであった。
 年頃の貴族の子弟や、若い軍人の間で彼女は羨望の的となっていた。

〝湖のように美しいエメラルドの瞳を、自分のモノにする果報者は一体誰だ〟
〝しかしあの気性に加え、父親がダリウス将軍と来た日にゃ一筋縄じゃいかないぞ〟
〝それにいつもあの厳ついブルースが一緒じゃ、声を掛けた瞬間にぶん殴られそうだしな〟

 誰もが躊躇して言い寄る男が現れないまま、彼女は当時の貴族の息女としての結婚適齢期を過ぎようとしていた。
 当の本人はそんなことには全くの無頓着で、自分の美しさにさえ気付いていないようである。

 全体としては男っぽい凛とした印象であるのだが、個々を取れば、エメラルドのように深い碧色の大きな瞳。すっきりと通った細い鼻筋。薄い桜色をした唇。そしてなによりも〝黄金の雌龍しりゅう〟の渾名の元となった、金色の長く豊かな髪の毛。

 子どもの頃には意識することさえなかった甘い香りが、その豊かな髪から発散されるのを彼は眩しい思いで胸いっぱいに感じていた。

 恋愛に疎いブルースは、その感情が恋だとはまだ気付いてなかった。

 更にエメラルダに至っては、まだブルースを男としてさえ認識してはいないようすである。

「おいブルース。顔が赤いぞ、熱でもあるのか。ぼーっとしておらず早く続きを話せ。誰が来ておるのだ」
 どうやら、先に恋をしたのはブルースの方であったらしい。

「ゴホッ! お、おおそうだった――」
 われに返ったブルースは、わざと視線を逸らしながら一つ咳をする。

「その使者とはな、楼桑国一のうるさ方で、国王ロルカⅡ世陛下の側近中の側近、アルバート=ガンツ老伯だ」
「国王の側近が、一体なんの用件でわが国へ来たのであろう。しかも先触れもなく」
 思案顔のエメラルダに、ブルースがさも得意気に言葉を続ける。

 「ガンツ老の楼桑国でのもう一つの、重要な役割を思い出してみろ」
 暫くなにかを思い出すかのように考え込んでいたエメラルダの顔が、大きな瞳を更に大きく見開き一瞬輝いた。


「おおそうか、王が最も気に入っているという姫の守役・・・」
「その通り。ロルカ王が目の中に入れても痛くないほどに可愛がっている、美人と評判の高いロザリー姫の守り役だ」
「と言うことは、殿との縁談話・・・」
「俺はそう睨んでいる。殿は十八歳、ロザリー姫は十五歳。ちょうど似合いの歳だ」
 ブルースは腕を組み、ひとり大きく頷いた。

「しかし先触れも出さぬ急の使者、ただの縁談話だけとは思われぬが」
 エメラルダが呟く。
「それよ、しかも正式な国使と言う訳でもないようすなのだ。だからこうして殿を探しておるのだ。宰相のガリフォンさまと外務卿のユーディ伯、それにお前の親父殿もすでに集まっておられる。さっさと殿の居所を教えてくれぬか」
 これで分かっただろうと言わんばかりに、ブルースが顎をしゃくり上げる。

「それがだなブルース、まことに話し辛いのだが――その殿はいま例のお方の所へいっておられる」
 エメラルダがばつの悪そうな表情をつくり、小声で応えた。

「なにっ、またラフレシアさまの所か。つい一昨日、重臣方から散々きついお小言を喰らったばかりではないか」
 大方の予想はしていたものの、エメラルダからその言葉を聞くとブルースは大きく溜息を吐く。

「うぅむ、こっちも困っているんだ。知ってのとおりぼくとラフレシアさまは従姉妹同士、そのせいもあり殿はなにかとぼくに気を許して、お二人のことを色々とご相談なされる。どうやらぼくをすっかり味方だと思い込んでおられるようで・・・」
 男勝りで通っているエメラルダが、珍しく弱々しい口振りとなる。

 幼馴染みという気安さも手伝い、最近は使わないように注意をしている〝ぼく〟という呼称で自分を呼んだ。
 余程困り切っているらしい。

「なんにせよ殿にはすぐに来て貰わねばならん。すまぬがエメラルダ、ラフレシアさまの所まで案内を頼む。俺はどうも子どもの頃からあの方が苦手でな。殿には俺が直接お話しする」
「承知した。案内するから連いてくるがよい」
 二人は内宮へと続く廊下を、急ぎ足で歩いてゆく。


 内宮の更に奥まった場所にある、太后宮がラフレシアの住む場所であった。
 太后宮という名の通り、ラフレシアは先代大公の妃だった女性である。

 現大公フリッツ・フォン=サイレンⅢ世の十二歳年上の兄、アレック・フォン=サイレンが二年前に病没してからの彼女は、ひっそりと一人太后宮に引き籠ったまま、世間に忘れ去られた存在となっていた。

 公太后とはいっても、まだ二十六歳という若さなのだ。
 しかも、彼女は十四の頃から、近隣諸国の王侯貴族から、縁談の申し込みが引きも切らなかったほどの美貌の持ち主でもある。

 このラフレシアの美しさにまつわる数々の出来事の一つに、いまや諸国で伝説となっている大事件があった。
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