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第一章 楼桑からの使者
1-①
しおりを挟む「殿ーっ、殿はどこにおられる。殿ーっ」
星光宮の大回廊中に轟くような、大音声が響き渡った。
正しく〝雷鳴〟と呼ぶべきほどの大声である。
しかしその声には、若々しく爽やかな響きも含まれていた。
サイレン公国近衛騎士団の第三隊司令、ブルース・ヴァン=デュマ伯爵が、回廊を大股で歩きながら怒鳴っているのであった。
短く刈り込んだ漆黒の髪は針金のように固く、眉も太く目も大きく鼻までがでかい。
その黒曜石のごとき真っ直ぐな眼光には、睨まれただけで身が竦むほどの迫力があった。
頑丈な顎に意志の強そうな引き結ばれた唇、人並み優れた長身は分厚い筋肉に包まれており、すべてが武骨そのもののような風貌の青年である。
まるで岩が歩いているようだ。
戦場では蒼一色の甲冑を身に纏っているさまから、誰言うと知らず〝サイレンの蒼き雷神〟と渾名されている。
まだ若いながらも、その名は徐々に諸国に知られ始めていた。
そんな武人そのものといった大男が、滅多に軍人が出入りすることもない内宮(所謂後宮の意)を歩き回りながら、大声を張り上げているのである。
「ええーい、一体どこに行かれたのやら。殿―っ、お返事下されい」
苛々としたようすで、大回廊から内宮へと続く通路へと進んでゆく。
その大股な一歩一歩は、まるで地鳴りでも起こしそうな雰囲気がある。
そこでブルースは、前方の柱の陰に隠れている人影を見つけた。
「そこに居るのは誰だ」
雷の如き大声を張り上げながら、ブルースが近づく。
内宮付きの女官のお仕着せを身に着けた、十四、五歳位と思われる若い娘が、身を縮め青ざめた顔で立っている。
目鼻立ちは美しいが、まだ幼く素朴な田舎娘という方が相応しいか細い女官である。
いや、年齢的にまだ女官見習いなのかも知れない。
「おい女、このような所に隠れてなにをしておる」
若い女官は俯いたまま、なにも応えようとしない。
「まあよい。それよりおまえ、殿をお見かけせなんだか」
相変わらず女官は黙ったままである。
「黙っておらずなんとか答えよ。口が聞けぬ訳ではあるまい。殿の、フリッツさまの居る場所を知っておるのかどうかと聞いておるのだ」
ブルースは焦れたのか、さらに大声を上げる。
別に本人は怒っているつもりはない。
しかし話しかけられている娘には、自分が怒鳴られているように感じられるのであった。
女官の顔はますます青ざめてゆく。
ガタガタと身体が小刻みに震える。
「ええーい、苛々する娘だ。早う答えぬか」
更なるブルースの言葉に、女官の目に涙が浮かび始めた。
〝涙? なぜ泣くのだ――〟
大男の顔に困惑の色が浮かんだ。
〝俺がなにかしたというのか?――〟
自分の理解の範疇を越えた相手の反応に、どう対処すればいいのか迷ってしまっていた。
無骨な若き青年軍人と、少女から娘へと変化していく途中の幼き女官との間に、奇妙な緊張感が張り詰めている。
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