アンドローム ストーリーズ(聖大陸興亡志) 第一巻「運命の婚礼」前篇

泗水 眞刀(シスイ マコト)

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序章

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 この抜け道の存在を知っている者は、大公フリッツと大公妃ロザリー、それに公国軍の最高責任者で〝サイレンの青き雷神〟と呼ばれる元帥府・上級大将ブルース・ヴァン・D=マクシミリオンとその妻たる、サイレン公国近衛騎士団総司令・黄金の雌龍ことエメラルダ・サウス=マクシミリオン。

 そして現大公を含め四代の領主に仕えてきた、先代の上級大将でありサイレン家臣団の象徴といってもよい、この老武人ダリウス。

 そのダリウスとは幼いころからの盟友であり、生涯のライバルたる、政治の要であり代々執政や内大臣を務め大公家に次ぐ力を持つ、ネルヴァ方爵ランドグラーフ一族の総帥かつ、公国の宰相でもあるガリフォン侯爵の六人だけである。

 知らぬ者がどう丹念に探そうとも、簡単にこの隠し通路を発見することはできないであろう。
 仮に発見されたとしても、その頃には一行はとうに城外へと逃れ去った後である。


 ダリウスの思案は城内からの追手ではなく、外へ出てからの身の振り方であった。

 どうやって安全な所まで辿り着くか。
 その安全な所とは一体どこであるのか。
 国の再興の為に、どう立ち回るかということにあった。

 超大国ヴァビロンが関わっているいま、近隣にサイレンに手を差し伸べてくれる国があるとは思えない。

 もし頼る術があるとしたら、ヴァビロンと覇を競っている最大のライバルである『ラインデュール正王国』、大陸西部に君臨する『グレナダ連合王国』、そして北方に孤高を保つ謎多き大国『ライトファーン』のどれかに縋るしかあるまい。

 果たしてこの状況の中、遠く離れているその国々へ辿り着くことが可能なのか。
 また、その国々が亡国サイレンの孤児を受け入れてくれるという保証もない。
 とにもかくにも、いまは一刻も早くこの通路を抜け、外へ出るのが先決だった。


 ダリウスの胸には忸怩たる思いが渦巻いていた。

 彼のひとり娘である近衛騎士団総指令であるエメラルダ、その婿で義理の息子となる国軍総帥であるブルース。
 よりにもよって武の要たるこの二人が国を離れている隙に、楼桑の奇襲があろうとはなんという不運だっただろう。

 いや、ヴァビロンはそこまで計算に入れて時期を選んだのかも知れない。
 大公夫妻の名代として、ブルースとエメラルダが親交のある草原の小国カナックの王太子の婚姻の宴に出席するのは、すでに三月みつき以上前から決まっていたのである。

 カナックでの華燭の典も終わり、今頃ふたりは帰途についている頃であろう。
 たとえふたりが健在だったとしても、この凶事からサイレンを護ることは不可能であったはずだ。

 結果から言ってしまえば、このふたりの不在が後のサイレン復興の大きな力となることになる。
 仮に今宵の戦闘で彼らが討ち死にしていれば、サイレンがもう一度国を興すことなどできなかったかも知れない。

 サイレンの長き忍従生活からの復興戦における、ブルースとエメラルダの存在は欠かせないものだったからだ。

『ルークさまを、再びサイレンの大公へ』
『青き雷神ある限り、サイレンは屈しない』

 これがヴァビロンによる苛酷な占領期間を耐え、その後の復興戦を闘うサイレンの民たちの合い言葉となった。


 それでもいまのダリウスは思わずにはいられない、サイレンの青き雷神と黄金の雌龍という、国の最高武力が揃っておれば、と。

 ダリウスは歯噛みする思いであった、なんといってもふたりは自分の娘と義息むすこでもあるのだ。
 武人として最も忠を尽くさねばならぬ瞬間に、主の命を守れもしない状態であるのが後悔されるのである。

 特にカナックでの婚礼に、そのふたりが出席しなければならぬ特別な理由はなにひとつなかったのだ。
 大公夫妻の臨席が無理なのであれば諸国でも有名な、武人夫婦であるブルース殿とエメラルダ殿を是非にもお招きしたい。
 ただカナック側が、そう言ってきただけなのだった。

〝もしや、それさえもがライディンの描いた絵図であったのか?〟
 恐ろしい考えが、ダリウスの頭の中で反響する。

 しかしいまはそんな繰り言を考えている暇はない、この危機をどう乗り越え幼い公子と国とを支えてゆくのかが最重要懸案である。

 迷路のような地下道は永遠に続くかと思われたが、五カルダン半(約五時間半)ほど歩いた頃に、やっと終点に辿り着いた。

 こんな狭い迷路を休むことなく歩き続けた一行は、疲労困憊という有り様になっている。
 幼いルークは、途中からダリウスを含む五人が代々かわるがわるおぶって歩いた。

 そこは人が十人以上集まれるほどの広さがあり、天井も高かった。

 一行の前には、頑丈そうな木製の扉がある。
 太い閂が両開きの扉を封印している。
 そうして向かって右の扉には、なにやら細かい細工が施された金属がはめ込まれていた。

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