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序 章  業火転生變(一) 新免武蔵

3 詩篇天魔・異界転生 一(鹿賀・武蔵)『鹿賀・武蔵 転生』①

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 鹿賀は死刑執行のために必要な手続きを、淡々と受け止めた。
 怯えもなければ命乞いの言葉もなく、常に薄笑いを浮かべ飄々としている。

 あの日以来頭の中の声は、一度として聞こえたことはなかった。
 あれほど人を殺すことを強要し続けていたくせに、病室で目覚めてからはなんの音沙汰もない。

「ありゃ幻聴だったのか、相当薬極めてたしな」
 世間が言うように、鹿賀自身でさえあれは覚醒剤や違法薬物の大量摂取が見せた、精神的なものだったのではないかと思い始めた。

 しかしサブマシンガンの弾を身体に二十六発も撃ち込まれ、こうして生きている不思議をどう説明して良いのか、自分自身でさえ解らないでいた。

「確かに俺は死んだはずだ、心臓が停止したのを実感したんだ。生き返るはずがねえ、だとしたらあの声は本物だったんじゃないか」

〝お前は絶対に死なない〟
 確かにそう声は言った。

 その通り自分は生きている、だから死刑を実行されてもまた生き返るに違いない。
 鹿賀はいつの間にかそう信じ込んだ。

 一度刑が執行されその後に蘇生した者は、再執行はされずに解放される。
 罪は消えないが、一度執行された刑は二度とは繰り返されない。

〝あと少しで俺は晴れて自由の身だ、娑婆に出たらまた暴れてやる〟
 反省や後悔の欠片もなく、鹿賀はその時がくるのを心待ちにしていた。

 そこには絶対に死なないという、確固とした自信だけがあった。
 階段を昇り控え室へ入る。

 通常であれば、ここで後ろ手に手錠を掛けられ目隠しをされるのだが、鹿賀は房を出る前からすでに施錠されている。
 最後に目隠しをされ、執行室へと異動させられる。

 刑務官に誘導された鹿賀は、踏み板の上に立たされた。
 首には絞首刑のための禍々しいロープが巻かれ、いよいよその瞬間が迫った。

 刑務官は、ここまでなんの反応も示さない死刑囚に始めて遭遇した。
 口元には、やはり薄ら笑いがへばり付いている。
 確かにそれはやせ我慢などではないことが、はっきりと感じ取れる。

〝この余裕はどこから来ているんだ、どんなに悟りきったやつでも、最期の瞬間にはなんらかの感情を垣間見せるものなのに〟
 刑を見守るものすべての者が、そんな思いを抱いている。

 執行のスイッチを押す係に選ばれた三名の刑務官には、一切の罪悪感らしき表情はない。
 この類い希なる凶行を演じた狂った男は逮捕されてこの方、一片の謝罪の言葉も懺悔の思いも持たず、のうのうと今日まで生きていた。

 そんな態度の鹿賀に対して、むしろ自分の押すスイッチが、この男の死を確定させるものであって欲しいとさえ思わせた。
 今日の死刑執行は、何からなにまでが異常であった。


 いよいよその時が訪れた。
 三人の刑務官が、一斉にスイッチを押す。

 鹿賀が立つ金属の踏み板が開き、身体が落下して行く。
 一気に頸椎に負荷がかかった。

 絞首刑は一瞬にして頸椎を骨折させ、即死となるという話しが流布されているが、それは間違いである。
 そう言う即死の時もあれば、時間をかけ窒息死するケースもある。
 その時によりどうなるかは、まちまちなのだ。

 だから執行された後に、十五分間以上はそのまま放置される。
 即死しなくてもそれだけの時間が経過すれば、窒息して死んでしまうためだ。

 その時間が過ぎても死亡しなかった場合は、治療を受け身体が正常に戻るまで、警察病院に入ることとなる。
 すでに刑は執行されたので、生きていれば法的には二度目の執行はされず社会へと出て行ける。

 しかしそのようなケースは通常あり得ない、誰もが死んでしまうように設計されているのである。
 過去に一例だけ明治期に、死亡が確認され葬儀場に向かう途中で蘇生した人間がいたという。
 記録に依れば一度死刑は執行されているために、釈放されたとある。

 鹿賀は自分の首に、もの凄い力が加わったのを感じた。
 しかし今回は即死とは行かず、その後窒息するまでの圧が首に掛かり続ける。

〝なんだよ即死じゃねえのか、苦し過ぎじゃねえかよ。この前みたいに早く気を失って、目が醒めりゃベッドの上ってことにしてくれよ〟
 そんな願いも空しく、鹿賀の苦しみは続く。

〝おい、誰か知らねえが俺は死なないんだろ。早く楽にさしてくれよ、苦しくって本当に死んじまいそうだ〟
 頭の中のなにかへ、鹿賀が話しかける。

〝残念だな、お前は死ぬんだ。今日が鹿賀誠治としての最期になる、苦しむだけ苦しめ。お前にはそれがよく似合う〟
 あの日以来久々に、頭の中で声が聞こえた。
 忘れもしない、耳にへばり付いている同じ声だった。

〝ふざけるな、俺は死なねえって言ってただろ。話しが違うじゃねえか〟
 急に鹿賀が慌て出す。

 最後の力を振り絞り、足をばたつかせた。
 履いていた右足のサンダルが、放り出される。

〝言ったはずだ、お前が死ぬときはわたしが決めると。それがこの瞬間だ、まさに同じ時刻だ。潔く死ね、そのためにいままで生かして置いた〟

〝なに訳の分かんねえこと言ってんだよ、てめえ騙しやがったな〟
 鹿賀が物事を考えられるのもここまでであった、首を圧迫される苦しさに意識が朦朧となり脳に酸素が届かなくなった。

 口中から舌が飛び出し、腸の中からクソが漏れ出てくる。
 顔は赤黒く変色し、息が出来ない。

 死の寸前であった。
 その最期の瞬間に鹿賀はすべての感情を、この世にぶちまけた。

〝俺は死なねえ、てめえらみんなぶっ殺してやる〟


 十五分後動かなくなった鹿賀は、首のロープを解かれ一個の骸となった。
 鹿賀誠治の刑の執行が、これで完了した。




 
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