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序 章  業火転生變(一) 新免武蔵

3 詩篇天魔・異界転生 一(鹿賀・武蔵)『鹿賀』⑥

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「ねえ山本さん、この運転手変じゃありません? 制服じゃなくて普段着ですよ」
 連絡を終え戻ってきた先輩警官へ、若い方が声を掛けた。

「あん? こりゃ個人タクシーだ、営業じゃなくプライベートで使用してたんだろ。またはその家族かもしれん」
 冷静な顔で山本は、個人と明記された車体上部に設置された提灯を指差した。

「ああ、そうですね。さすがは先輩、経験が違う」
 二十代半ばの警官は、感心したように頷く。

「飲酒運転ですかね、こんななんでもない場所で事故だなんて。タクシードライバーだというのに、呆れちゃいますよ。あーあ、こりゃ死んじゃってますね」
 内側から出来たと思われる、フロントグラスのひび割れを見て菅原はそう判断した。

 ぶつぶつ言っている若い警官へ、山本が注意を呼び掛ける。
「それより提灯が点滅している、緊急時のサインだ。事故の際に偶然点いたのならいいが、十分気をつけろよ」
 長年の経験から来るのか、山本はなにかいやな空気を感じ取っていた。
 確かに個人と書かれた提灯が、パカパカと点滅していた。

「そうですね、点滅してる」
 若い警官の方はまったく無頓着に、ただその光の明滅を眺めた。
「おい菅原、ドアが開くかどうか確認してみろ。慎重にな」
 若い警官の菅原は、言われるとおりにドアに手を掛けた。

〝がちゃり〟
 事故の影響による歪みもなく、運転席側のドアは簡単に開いた。

「よかった、救急隊の手間が減ったな」
「菅原、すぐに救急隊が来る、それまで被害者には触るな。へんに揺さぶったりして、あとで責任問題にされちゃ叶わんからな」
 山本が注意を促す。

 これが中にいる人間に意識があったり、確実に助けを求めているならば別だが、このような意識を失っている場合は極力接触はしないように心がけている。
 山本がまだ若い頃に事故を起こした車から先輩警官が被害者を車外から引き出し、車道に寝かせたことがあった。

 その時も、相手に意識がなかった。
 後にその行為が裁判で、被害者の生き死にに影響を及ぼしたのではないかと大騒動になったことがあった。
 それ以来山本は、この時のことを教訓にしているのだ。

「とにかく息をしてるかどうかだけ確認してみます、触ったりしませんから安心して下さい」
 菅原はそう言いながら、車内の人間の生死を確認するように顔を近づける。

 緊張しながらも、被害者の口元へ自分の顔を出来る限り近づけた。
 人体に触れずに、息をしているかどうかを確かめるためだ。
 頬に確かに息がかかった。

〝生きてる〟
 菅原は瞬時にそう感じた。

〝カッ〟
 その時不意に気を失っていると思われた男の目が、大きく見開かれた。

「ひっ!」
 菅原は不意を衝かれ、声にならない悲鳴をあげる。
 自分の目との距離は5センチもない、直近での突然の現象に脳がついて来れないようだ。

〝ずぶり〟
 喉元から頭部方向へ鋭い刃物が、するりと突き刺さった。
 細かく身体を痙攣させた後、菅原の身体から力が抜けずるずると地面へと滑り落ちた。

「なにしてる菅原、被害者は生存しているのか」
 背中を向けたまま奇妙な動きをする部下の様子に、眉をしかめながら山本が近寄ってゆく。

「業務ご苦労様です」
 声と同時に山本は、左目に衝撃を感じた。

〝なんだこれは?〟
 山本はわが身に起きたことの、わけが分からなかった。
 事故を起こし気を失っているはずの男・鹿賀誠治は、左目を突いたナイフを素早く抜き、嗤いながら凶器を横に薙いだ。

 喉笛を書き切られ夥しい血飛沫を吹き上げながら、山本の身体は菅原の上に折り重なるように頽れた。
 救急車のサイレン音が、徐々に近づいてくる。
 追って応援のパトカーもやってくるだろう。

 
 鹿賀は二人の警官が所持していた拳銃を奪い、二挺とも腰の後ろに挿した。
 腹に差し込んであるコピーのトカレフに加え、ニューナンブM60という凶器が新たに増えた。

 救急車が到着したとき、現場には警官の死体がふたつ転がっていた。
 少し遅れて来たパトカーは当初二台だったが、三十分後には夥しい関係車両で現場一帯は埋め尽くされた。
 それに報道関係の車が加わり、もうどうにも手の付けられない状態となったため、道路は完全に封鎖された。

 その頃、やっと惨殺されているタクシー運転手が発見された。
 この二件の犯行は同一犯によるものだと、すぐに関連付けられた。
 しかし別管轄である暴力バーの事件までは、この時点で結びつける者はいなかった。

 鹿賀の犯行はこれからますますエスカレートし、前代未聞の大事件へと発展することになる。


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