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序 章 業火転生變(一) 新免武蔵
3 詩篇天魔・異界転生 一(鹿賀・武蔵)『鹿賀』④
しおりを挟む十分もせずにいかにもと言った風体の男たちが五人、どやどやとやって来た。
「涼子を逝かしちまったって馬鹿はどいつだ。ぶっ殺してやる」
中でも一番年下のチンピラらしき若い男が、先頭きっていきがっている。
店長らしい黒服が彼らに駆けより、小声でなにかを言いながら鹿賀の方を指差した。
鹿賀は相も変わらずに自分でボトルからグラスに酒を注ぎ、ストレートでぐいぐい呑んでいる。
「おいお客さん、こんな事は困るんだよねえ。少々のことなら金でどうにかするが、殺しちまったんじゃ話しにも何にもなりゃしねえじゃねえか。ここじゃ不味いから事務所まで来てくんねえか、そこでゆっくり話し合おうじゃねえか」
サングラスをかけた、貫禄のある男が静かに言った。
「ああ? なんだお前らは。男に用はねえ女呼んでこい、ここは客に女も付けねえのか。業務怠慢だぞ、馬鹿が」
五人の組関係とおぼしき男たちに囲まれているというのに、鹿賀は気にもしていない様子である。
「てめえ、自分がなにやったのか分かってねえのか。人をひとりぶっ壊して殺しときながら、呑気に酒飲みやがって。兄貴、ここでやっちまいましょうよ」
チンピラが我慢しきれず、兄貴分に言った。
「駄目だマサ。ここでやる訳にゃいかねえ、掠って川沿いの倉庫に連れ込め。そこで思う存分痛めつけて、最後はバラしちまう。スクラップ工場のトラックと一緒に、鉄屑に固めりゃ足はつかねえ。あとは溶鉱炉で溶けちまう、さっさと連れ出すんだ」
「チッ、頭くんな。俺、涼子に惚れてたんですよ、派手に見えるけど小さな弟妹のために頑張ってたんです。それを殺しちまいやがって、とどめは俺にやらしてくれますよね兄貴」
チンピラが白目をむき、口から泡を吹いて倒れている金髪の女を横目で見ながら懇願した。
目にはうっすら涙が浮かんでいる。
「ふっ、好きにしろ」
兄貴分が微かに唇を歪めた。
「こらおっさん、立ちやが――」
鹿賀を椅子から立たせようと襟首に手を掛けたチンピラのこめかみに、アイスピックが突き刺されていた。
チンピラの体はそのまま前のめりに、テーブルの上に崩れ落ちた。
一瞬なにが起きたのか分からず、他の男たちの動きが止まった。
〝ぷす〟
次は一番近くに立っていた坊主頭の男の眉間に、細く鋭い金属が潜り込んだ。
なにが起こったのかも理解できず、坊主頭が床に倒れた。
鹿賀はさらなる獲物に向かって、銀色の凶器を振りかぶる。
そこに来てやっと状況に追いついた男達の顔が、恐く引き締まる。
襲いかかられた百八十五センチほどもある巨体の男が、自分に向かってくるアイスピックを持った鹿賀の右手をがっちりと受け止めた。
一見して力の差は歴然としているはずなのに、大男はズルズルと鹿賀に押され壁際に背をついた。
「てめえ、なんて馬鹿力してんだ。そうとうクスリ極めてやがるな」
少しずつ自分に迫ってくる鋭い先端に、身体中から脂汗が滲み出して来るのを男は感じていた。
「手をどかしやがれ!」
〝がずんっ〟
怒声と共に鹿賀の後頭部めがけ、もうひとりの男が椅子を叩きつけた。
通常であれば相当なダメージを受けるはずなのだが、鹿賀の動きは一切変わらない。
シャブとクスリで身体が異常な状態になっているのだろう、衝撃どころか痛みさえ感じていないようだった。
とうとう先端が左の瞳一ミリにまで接近したとき、大男は生まれて初めて女のような悲鳴を上げた。
「ひゃあーっ、助けてくれ」
〝ずぶ、ずぶ、ずぶっ〟
ゆっくりと尖った金属が瞳に突き刺さり、そのまま頭蓋に潜り込み後頭部へと達した。
「な、なんだ? これなんだよ? うぎゃーっ、なんだよ――」
大男は左目からアイスピックの柄の部分を生やしたまま、両膝をつき喚いている。
「なんだ――、ぐぶ、ぐぐっ、ぐぼぼぼっ、ぐ、ぐ、ぐっ」
大男は小刻みに顔を痙攣させた後、全身から力が抜けたように静かになり仰向けに倒れた。
鹿賀に椅子をぶち当てた男が再び別の椅子を投げつけようとしたが、時すでに遅く左ポケットから抜き出された刃物で、ぱっくりと喉元を掻っ切られ鮮血を噴水のように吹き上げた。
最後に残った兄貴分は、いまさらながら拳銃を持ってこなかったことを後悔していた。
まさか飲み屋のトラブルに、銃器まで必要となるなど思いもしなかったのだ。
懐に呑んでいたヤッパを取り出し、鹿賀に向かって刃を突き出した。
鹿賀はよけもせず、そのヤッパを右腕で受けた。
とっさに引き抜き再度突こうとしたが、それは腕から抜けなかった。
〝ざず、ざず、ざず、ざずっ〟
鹿賀の繰り出すダガーナイフが、脇腹を四度抉った。
「バ、バケモンめ――」
錦糸町をはじめとするこの当たり一帯を仕切る、〝東京六日会〟傘下の主要団体〝極政会〟の事務局長で次期組長候補とまで噂された後藤敬一は、シロウトの手に掛かりあっさりと絶命した。
「こら兄ちゃん熱いおしぼりでも持って来い、気が利かねえな。名古屋の若いのは、言われなくても出したぞ。あいつは可愛げがあった」
これほどの殺人を犯しておきながら、まったく動じた風もなく店員におしぼりを要求する。
返り血で染まったその顔は、爽快そうに嗤っていた。
鹿賀の凶行はこれで終わらず、さらなる犠牲者を量産することになる。
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