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第一章 発端 3
②
しおりを挟む「浮上しろ」
艦長の命令一下、プロイセン蒸気第三帝国の超大型Uボートが海面に顔を出す。
最近になり帝皇側近として登用された、元オーストリア帝国出身のアドルフという小男の提案により、帝国のシンボルのひとつとして〝ハーケンクロイツ〟と言う鉤十字紋様が採用された。
このUボートにも、例に漏れずそのシンボルが描かれている。
(実際はアドルフの腹臣のひとりヘルマンが、歯科医フリードリヒ・クローンの原案意匠をデザイン化し、提言したと言われている)
「いままでは訓練だったが今夜は本番だ、なにがあっても成功させねばならん。わが第三帝国の栄光のためだ。東洋の猿共に、アーリア人の偉大さを知らしめよ」
二番艦に搭乗している作戦の指揮官〝ハインリヒ海軍少将〟が檄を飛ばす。
同時に二隻の同じ型の艦が、等間隔に並び浮上した。
座礁ラインすれすれにまで海岸に接近したUボートは、通常の形態とは異なった型をしている。
艦後部がやけに太いのである。
Uボートはその異様に太い後部を海岸側に向け、緩やかに後進しながら停止した。
暫くすると後部が大きく開口し、そこから人型の戦闘機体〝汎用龍機兵〟が海中へと乗り出して行く。
両脚を抱え蹲っているような機体が、機械的なカタパルトのような形状の装置により海上まで引出されると、〝プシューッ〟と言う蒸気音と共にむくりと上体を起こし、躊躇いもなく海へと脚を差し入れた。
鉄で出来ているはずの機体は海中へ没することなく、少しずつ砂浜へと接近して行く。
ようく見ると、機体の胸に当たる辺りに浮きのような物が取付けられているのがわかる。
各Uボートからそれぞれ二体、合計六体の龍機兵が海上をゆっくりと海岸に近づく。
「まずは手始めにこの辺りの都市を二、三箇所破壊する。それが成功すれば各地に同じような部隊が上陸し、最終的には東京に迫りわれらの要求を突きつける。すなわち猿共に奪われた領土の奪還だ! 薄汚い泥棒猫、いや猿めが、相応の報いを受けさせる」
「提督、この際です東京を占領し、この国を奪ってしまってはどうでしょう。そうすれば提督の株は上がり、第三帝国の軍事最高司令官の地位も夢ではありませんぞ。ゲルマニアの宮殿の奥で、カイザーのご機嫌を取っている小男になど負けてはおれません。われわれ軍人が国政の中心であるべきなのです、言葉ではなく力こそが世界を動かすのです」
第二艦艦長のヒャルター大佐が自慢の口髭を撫でながら、上官であるハインリヒへ提言する。
「日本占領か、それも悪くないな。なにせこの作戦に動員している龍機兵は汎用機五十体、特別機五体だ、こんなちっぽけな国などひとたまりもあるまい」
上機嫌でハインリヒが目を細める。
「提督、お言葉ですがわれら海軍は機体の運搬上陸までが任務です、それ以降の戦闘に関しては〝帝皇親衛隊(カイザーSS)〟ジークフリード大佐が指揮権を持っておいでのはず。われらが勝手に作戦を変更させるのは無理かと――」
若き将校、ワルター大尉が実直そうな顔で口を挟む。
百八十センチを超える長身に、金色の髪と青い瞳を持つ凜々しい相貌の青年である。
「お前は黙っておれ。提督は将官であられるのだ、ジークフリードなどと言う若造は従うしかない。名門貴族の出かなんかは知らんが、わが伝統ある海軍はあんな小僧に大きな顔などさせはせん。幸いにもここは祖国から遠く離れておる、先のことなど事後承諾でよい。われら海軍こそが主導権を握るのだ」
大日本帝国にあっても内部の確執があるが、こちらでも同じように主導権争いや政争が起きているらしい。
「それに今夜ジークめは、この場に来ておらんと言うではないか。上海の妾窟で女と阿片にでも溺れているのだろう。指揮は副官のクラウディア大尉とか申す女狐が執っておるのだろ、女の分際で僭越にも程がある。今宵からはわれら海軍が主導権を握るのだ、そうして多大な戦果を挙げ龍機兵の所有権を親衛隊から奪取する。今作戦は提督の出世の第一歩となるのだ、しくじりは許されん」
そんな指揮官たちの思惑を知ってか知らずか、龍機兵はやっと脚の着く辺りに達したと見え、脱着式の浮きを海中に捨て去りのっしのっしと歩き始めた。
「奴ら上陸したぞ、ここで迎え撃つ。急ぎ搭乗しろ」
「わかってる、しかし相手は六体だ。慎重にやらなきゃこっちが不利だぞ、無茶な力攻めはするなよ、宵鴉」
「へへん、あんな雑魚なんか一瞬で蹴散らしてやる。俺たちの初陣だ、派手にやろうぜ」
相変わらず強気な宵鴉は、雪鴉の忠告に耳を貸す素振りもない。
岩陰に隠れるように坐っている鉄の巨人の頭部にある操縦席に飛び乗り、黄色い釦を押した。
操縦席を覆うようにカバー状の蓋が閉まると、それはどう見ても巨人の顔にしか見えない。
〝プシュゥーッ〟
頼もしい蒸気音を振りまき、機神兵〝スサノヲ〟がゆらゆらと立ち上がった。
それに続くように〝火巫女〟も上体を起こし、相棒の横に並ぶ。
「行くぜ、雪鴉」
思念が叫ぶ。
「了解」
砂浜目指し、二体の機神兵が駈けだした。
ここに帝国内地による初めての、自走式戦闘機体同士の戦いが始まろうとしていた。
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