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序章(一)

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 新体制下で始まったトールン宮廷であったが、物事はそう簡単には進まなかった。
 半年も経たないうちに、カーラム・サイレン家と旧勢力者たちによる巻き返しが始まった。

 善きにつけ悪しきにつけ六十年以上もの間権力を持ち続けた者たちである、政権を失ってもまだ有り余るほどの財力、組織力、影響力があった。
 彼らからすれば急な政変によって地位を奪われたのである、取り戻そうとするのは当然のことであろう。

 宮廷側もやっと取り返した政の権利を、そう易々と返上するはずもなく、強固に旧勢力排除に奔走した。
 万が一にでも政権を奪還されでもしたら、今度は自分たちの地位が危ういことになる。
 下手をすれば反逆罪で、バラン一族と同じように滅ぼされてしまいかねない。
 命の危険を感じた宮廷貴族たちは、鉄の団結を見せ強大な旧権力者たちに対抗した。

 新大公となってからは、近衛騎士団の忠誠はアーディンへと移っていた。
 サイレン軍元帥府も宮廷と連携し動いており、聖龍騎士団も近衛騎士団も旧勢力と結びつくことはないように見受けられた。


 そこで反勢力派が頼ったのは、『ザンガリオス・ワルキュリア鉄血連合騎士団』だった。
 サイレン大公家から臣籍降下した貴族は、バラン家だけではない。
 ザンガリオス侯爵家、ワルキュリア侯爵家という二つの貴族も、サイレン家から分かれて臣下に下った一族である。

 バラン家が中央貴族として官僚の道を歩んだのに対して、他の二家は地方領主として独立心の強い生き方をしていた。
 親族貴族ということもあり、あまりトールンからの命令も聞かずに、自由気儘な気質を持った領地経営をしている。

 そんな事情もあり、どちらも自主防衛のための『鉄血騎士団』という名の、精強な私兵集団を持っていた。

 バロウズ騎士団、ノインシュタイン殉国騎士団と共に『サイレン四大騎士団』と称されている。
 中でもザンガリオス鉄血騎士団は最強といわれ、戦で負けを知らなかった。
 ザンガリオス、ワルキュリア両家共にカーラム・サイレン家とは密接な関係を持っており、此の度の叛乱にも等しい政権交代劇には一切関与していなかった。

 そこで旧大公家当主のヒューガンと、執事でありカーラム政権の実質的実務を取り仕切っていたロンゲルは、親族貴族である両家に泣きついた。
 ネルバ方爵一族を中心とした貴族連合が、臣下の身でありながら主家を乗っ取りサイレンを私物化しようとしていると説明したのである。

 現大公のアーディンは傀儡に過ぎず、やがてはその実権は家臣たちに奪われ、大公などただの飾り物にされてしまう。
 まだカーラム・サイレン家の力が残っている内に政権を奪還せねば、サイレン大公国そのものの存続さえどうなるか分からぬ。
 そういって両家を説得して、武力を強引に動かすことに成功したのである。

 当時無敵と謳われたザンガリオス鉄血騎士団は、総指揮官である英雄バッフェロゥ伯爵を先頭に鉄血六勇将を従え、近隣の領主たちを糾合したり言うことを聞かないものは力で制圧しながら、公都トールン目指して進軍した。

 一方のワルキュリア鉄血騎士団は、魔術師といわれた希代の戦略家ヴィンロッド伯爵を総大将として、彼の麾下である僧衣将軍イシューと風神キンデルの両将軍にそれぞれの軍を任せた。
 バロウズ騎士団と、ノインシュタイン殉国騎士団への警戒のためである。

 彼らは武力による進軍以外にも、入念な懐柔策を着々と宮廷内に進めていた。
 政権奪還のための一連の計画は、すべて戦略の魔術師ヴィンロッドが入念に立案したものである。

 彼はサイレン家の一つウェッディン家に近づき、当主であるジョージィーを甘言により自陣へ引き入れる事に成功していた。
 現大公の出身であるリム家は滅ぼしてしまい、これからはカーラム家とウェッディン家により交互に大公を立てる。
 ザンガリオス、ワルキュリア両家はサイレン大公家へ復帰し大公を補佐して行く。
 これがジョージィ―に提示された条件であった。

 ちなみに次期大公には、ジョージィ―が就任する旨が約束されていた。
 この魅力的な提案に彼は一も二もなく飛びつき、あっさりと裏切りを決断した。
 一旬後には、此の密約を正式な誓紙として互いに署名取り交わしをしていた。

 勿論カーラム家当主ヒューガンと、ウェッディン家当主ジョージィ―の署名である。
 さすがに他の宮廷貴族たちの結束は強く、宮廷内の臣下の懐柔は断念せざるを得なかった。

 頑固一徹で知られる近衛騎士団は当初から味方にすることは諦めていたが、騎士団そのものを無力化する方法を準備していた。
 ジョージィ―に現大公アーディンを説得させ、大公は此度の戦乱には介入しないと宣言させたのである。

 動こうにもアーディンは大公不介入宣下の直後から、ウェッディン家の手の者に周りを囲まれた半軟禁状態となり、宰相や廷臣たちとの連絡は絶たれてしまい、まんまと相手の思うつぼに嵌められた格好となっていた。

 あくまで大公には関係のない、ネルバ方爵家中心の宮廷貴族と、ザンガリオス・ワルキュリア両家を盟主とした地方貴族たちとの、権力争いという形にしてしまったのである。

 大公アーディンが動かない限り、一大勢力である近衛騎士団は出動しない。
 どこまで行っても近衛騎士団は、大公個人に忠誠を誓った者たちの集団なのである。
 大公の命がなければ、一兵たりとも動くことはない。

 そうなると相手は、聖龍騎士団を主力としたサイレン元帥府ということになる。
 最強無敵の名を恣にするザンガリオス鉄血騎士団にとって、数には劣るものの決して勝てない敵ではない。

 更にヴィンロッドは巧妙な手を打った。
 敵国であるザンガ―朝フェリキアへ間者を送り、、裏からノインシュタイン侯爵領への侵攻を煽ったのである。
 サイレン国内の政情不安の情報を漏らし、国境紛争地帯への攻勢をかける絶好の機会だとフェリキア大王の耳に入れたのだ。

 ここしばらくの間これといった大きな動きを見せなかったフェリキア軍が、にわかに大軍を国境トラストラ台地付近に展開したとの報を受け、ノインシュタインでは緊張が高まっていた。

 ザンガリオス・ワルキュリア鉄血連合騎士団が現政権に反旗を翻し、公都トールンへ進軍を始めたとわかっても、国境を守るのに手が一杯となり、そちらに兵を向けるだけの余裕はなくなってしまった。

 これでワルキュリア鉄血騎士団・右舷の風神キンデル将軍はノインシュタインへの警戒から解放され、トールン上洛軍へ合流することができた。

 そこで敢然と立ちあがったのは、湖水地方グリッチェランドの雄であるバロウズ騎士団であった。
 先頭に立つのは猛将として知られる、バロウズ騎士団総騎士長ベルス・ケッツアリオ=ジャックルス男爵。

 ジャックルス一族とは代々バロウズ家に仕え、騎士団の総騎士長を務める生粋の武人一族である。
 バロウズ伯爵家では政治的な指揮は家令の『サヴェイオ準爵一族』、武はバロウズ騎士団総騎士長の『ジャックルス男爵一族』と、それぞれ役割分担が決まっていた。

 バロウズ騎士団は緒戦で、ワルキュリア鉄血騎士団・左舷を率いる僧衣将軍イシューに一気に襲い掛かり散々に蹴散らした。
 しかしこれは、戦略の魔術師ヴィンロッドの巧妙な作戦であった。

 バロウズ騎士団が攻めてくれば、多少の交戦の後に敗退すると見せかけあっさりと兵を引き、すぐに態勢を整え再び相手との睨み合いに持ち込む。
 この繰り返しで、なかなか勝敗を決するところまでは進まない。

 イシュー将軍はヴィンロッドから、決して功に走り勝敗を決しようとしてはならぬときつく命令されていた。
 バロウズ騎士団をトールンへ近づけさせない、それこそが最大の軍功だと説明された。

 のらりくらりとした摑みどころのない戦に、バロウズ兵が気を緩めれば一転攻勢に出る。
 反撃されればすぐに後退する。
 勝つ気のない鬼ごっこのような、なんとも奇妙な敵の態度に猛将ベルス男爵も手を焼いた。

 相手の魂胆が分かった時はすでに遅く、完全に敵の策略に乗せられ膠着状態となってしまっていた。
 こうして初手は叛乱勢力の計画通りに事は進んで行った。
 すべてヴィンロッドの思惑通りである。


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