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第21話 脱法麻薬と帝国の医師

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 病院の職員と魔導具を運搬している一団が現れる。注意してみると外套の下に見慣れた諜報課と鑑識のユニフォームを着ている。私は緊張していたのだろう、知り合いの姿を見て思わず肩の力が抜けた。

「待たせたね。これから現場検証を始める。君には後で事情聴取することになるから、そこに用意した椅子に腰かけていてくれ」
「ありがとう、対応が早くて助かるわ」
「仕事だからな。ん……この男に付着しているものは何だ。素手で触るなよ」

 諜報主任は手際よく指示して、男と魔道具を眺めている。どうみても異常な死体だ。

「君は何か見なかったかい。明らかに異常事態だ」
「話してもいいけど、信じてもらえるとは思えない。精神探査をお願いするわ」
「あとで、二人だけで話を聞いていいか。これは魔物の仕業としか思えない」

 主任は死体の臭いを嗅ぎながら、こちらを向かず話している。

「ええ、魔物だったらいいのだけれど。術者の夢に引き込まれると探査できなかったよね?」
「魔導具ではそのとおりだ。君の専門の夢現術なら違うだろう」
「そうね。今回のケースはグロテスクだから人を選ぶと思う」
「俺からも君のところの室長に協力要請するよ」

 散らばっていた魔道具は詳細に記録を残して回収されていった。聞き込みは私以外にも看護師や技師も呼び出して実施された。私は白衣と床に飲まれたことは喋らなかった。まず間違いなく精神鑑定行きだから。


 私は彼の病室でぼんやりと時を過ごしていた。白衣は何故私を襲わなかったのだろうか、抵抗できたとは思えない。間違いなく飲み込まれて終わりだったはずなのに。

 発見されたのは粘液まみれの死体が二つ。
 笑えない。

「お待たせ、久しぶりに懐かしい顔を見たよ。俺は今こいつの仕事を引き継いでいる。厄介な事件で中々進まない」
「どんな案件なの?」
「聞いて無かったのか。あぁ、こいつはお前を巻き込みたくなかったのかもな」
「一切聞いてないわ」
「詳しくは言えないが、貴族がらみの一件で違法魔薬が関係している」
「脱法魔薬? そういえば最近出回ってるわね」
「とても厄介だよ」

 薬効はあっても依存性が高く、用量を誤ると廃人になることも。何処から流れてくるのか不明というのも気持ち悪い。一度捜査の応援で魔薬中毒者の夢を夢現術で見たことがあるけれど、二度と関わりたくない案件だった。あれも悪夢と言えるだろう。

「そういえば、病気で休養中と聞いたのだが大丈夫なのか。顔色悪いぞ」
「最近、いろんな人に言われるよ。実はね、マナ循環不全と診断されてね……」
「えっ! お前こんなところにいていいのか?」
「どうして?」
「よく普通に生活できているな……診断ミスじゃないのか?」
「そうなの?」
「俺の知る患者の多くは介護なしに動けないぞ。魔薬で似た症状になるケースはあるが……」
「詳しそうね。担当している事件とかかわりがあるのね?」
「ああ……」

 過去の症例と違うマナ循環不全が増えていること、症状は異なっていても自立した生活を送ることは不可能ということ。初期症状からいきなり重症化するケースが多いらしい。

「一度、おまえとこの室長に確認してみるといい。あの家系はこの病の権威でもある」
「そうね、聞いてみる。実は別な病院でも検査を受けているからその結果も考慮するよ」
「一部で治療薬として魔薬を勧める医師がいる。売ることで利害関係が生まれていることまでは掴んでいる。処方される薬には注意しろ」
「ありがとう。すっかり死ぬと思っていたから少し安心した」
「まあ、安静にはしていたほうがいい。顔色悪いのは事実だから」



 事情聴取から解放されて、自宅に帰りながら考えている。脱法魔薬の話とマナ循環不全の類似性、どちらも早めに動いて確認しなければ。室長に相談することが先決ね。

 私は時々振り返る。背後に白衣がいないか。

 振り返った先には昼食が終わり職場に戻る人々、子供を連れた婦人などがせわしなく行き来する。そういえば、昼食がまだだった。お店で食べる気力も自炊する元気もない。買って帰るべきね。

 私は総菜屋で適当に品選びして帰路につく。

「油が酸化しているのか鼻につくわね。選択ミスかも」

 独り言を言いながら、手荷物をぶつけないように注意して足早に歩きだした。



 夕方になり室長が見舞いに来てくれた。相談をお願いしようかと思案していたので、ちょうど良いタイミングだった。なんとなく、自己都合で休んでいて、お見舞いまでしてもらうと罪悪感を抱いてしまう。私は嬉しいのだけど、無理させてないかだけが気がかりである。

「ちょっと顔色がよくなったと思うけど、体調はどう?」
「病院で事件に巻き込まれて、悩んでいる暇がなかったので」
「ああ、その件ね。諜報課から打診があって、協力することになるわ」
「あの、報告と探査は?」
「事情はすべて聞いているから急いで報告しなくていいわよ。探査も急がない」
「体調が回復したときに連絡します」

 室長は頷き、急に何か閃いたように話し出す。

「そうだ、主任からも聞いたけどマナ循環不全ね。症状が古来のものと最近流行りのもので異なるのよ。脱法魔薬によるものと推測されているケースでは直立歩行ができない。貴方の状態では初期常態か魔薬ではない可能性が高い」
「薬は処方されていませんし、鎮痛剤、消化薬しか使ってません」

 主任はバッグから書類を取り出して私に見せた。

「過去の事例、立ち話は体に悪いから座って話しましょう」
「すみません、玄関で立ち話なんて。どうぞお入りください。室長」

 わたしは応接室に室長を通してお茶を出す。

「ありがとう。この書類にあるように古来のマナ循環不全は魔法が使えなくなります。あなた生活魔法は使える?」
「火をつけることや料理の加熱は魔法です」
「そう、初期段階でも非常に魔法が発動しにくい状態になって気がつくのよ。現状から考えて該当しないかも」

 私はなぜかほっとした。でも、症状が違っても個人差があるからぬか喜びはできない。

「医師の診断は魔導具の採取したデータから病名に結び付けるから注意が必要。あとは主任も言っていたと思うけど処方薬は必ず確認して。必要なら外部の薬局で鑑定してもらうこと。いいわね?」
「はい」

 主任は少し悩んで、私の目を見据えて話を続ける。

「強制じゃなくて、貴方の判断で決めてもらいたい案件があるの。通称マナ溜まり、パワースポットでもある隠れ里で帝国の医師からの依頼なの。貴方は監査役として同行してほしい」
「監査であれば魔法は使わないですし問題ないと思います。ただ、少しだけ時間を頂くことは?」
「即答というわけではないけど、時間はそれほど余裕がないと思います。この件、監査は建前でマナ溜まりとマナ循環不全には関係があると医師は見てるの。要するに協力要請ね」
「私の病気がマナ循環不全だとして、治療方法の究明に役立つかもしれないと?」
「ええ、帝国の医師は世襲制ということは有名な話だけど、渡り人である可能性が疑われてるわ」

 たしか、渡り人って異世界から召喚や転移した人の総称だったはず。

「渡り人って都市伝説で、王家に血統として迎え入れられているって噂ですよね?」
「大部分が間違った情報でも、渡り人が存在するのは事実よ。私の祖先に数名いることがわかってるから。ここだけの話だけど」
「なぜ、そんな話を私に?」
「最悪のケースの場合、これを逃すと治療のチャンスは限られてくるから。私の見立てでは帝国医師は渡り人の可能性が高い。そして、何か思うことがあり隠れ里に極秘滞在していると考えているの」

 普通ならここまでする必要はない。詳細な調査の手間を考えると頭が上がらない。

「わざわざ私のために……すみません、明日の朝返事をします」
「わかったわ」

 室長を見送りながら考える。まあ、結論は出ているに等しいけれど。

 マナ循環不全が誤診であれば素直に受けるだけだし、仮に診断が正しくてもデメリットはない。それに、室長の行為を考えると断るなどできはしない。

 ここまで来てしまえば、死ぬのが定めなら潔く死のう。

 私にできること。
 それは魂を輝かせること、迷いがあっても動き出すしかないのだから。





∽∽  後書き  ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ∽ ∽  ∽   ∽    ∽

お読み頂きありがとうございます!

ちょうどミッドポイントを過ぎたところで、折り返し点にどうにか到達しました。少なくても読んでくださる方がいたことが、ここまでがむしゃらに走れた理由ではないかと思います。本当に感謝しております。執筆作業の励みになりました。

有難うございました。


ここからはご報告になります。
本作、プロットは既に書いてあるのですが、このまま進めるとビターエンドになるのでエンディングを変更することにしました。個人の好みではなく、多くの方々に読まれるようにナチュラルエンド?くらいには変更する予定です。

以上の理由から、プロットの書き直しから下書きなどの過程を経る関係で時間を頂くことになります。
更新を一時停止することになり、本当に申し訳ありません。

これからも、読者様のご期待に添えるよう、全力で頑張らせていただきます。


 楠嶺れい
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