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第10話 今も眠るあなた
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私は誰かに揺さぶられて目を覚ます。目の前には彼がいた。私は自分の状態を考えもせず、彼に飛びついて叫んだ。
「わだじ、りゅうになってしんだよぉぉぉ」
「落ち着け。悪夢を見たんだ」
彼は優しく私を抱いてくれた。子供を慰めるようにリズミカルに私の背中を叩いてくれる。
「暖かい。死ぬかと思ったよ」
「とりあえず、もう安心だ。嵐は過ぎ去ったから」
私は少し離れたところにある眠れる竜と、巨大ネズミの慣れの果て、バラバラ死体が目に飛び込んできた。
「やっぱり、あなたが助けてくれたのね」
私はまた泣き出して竜に縋りつく。その感触は冷たく石のようだった。
「竜さん……ありがとう」
「状況はわからないが、退化した竜種と種族不明の魔物が相打ちになったと考えるのが妥当だろう」
「合理的じゃなくても私はこの竜に助けられたの。理由はわからないけど。竜は太古の大空を飛ぶ夢が見たかったの」
「わかった。そういう見方も出来るな」
少しだけだけど、彼の優しさを知ることができた。
理詰めで否定することは簡単なのに認めてくれたのだ。
空想物語よりもひどい話なのに。
ちょっと浮かれていた私は自分の容姿を見て大事なことを思い出す。
「ごめんなさい。不潔な体で抱き着いてしまって」
「こちらも似たようなもので、それなりに汚れているはずだ。お互い様だ」
彼は笑って私の手を引いて歩きだす。私は自分の臭いで失禁した現実を思い出す。しかし、今になって騒いだところで、もう遅いことを理解して観念することにした。
「しかし、この植物はまずいな。臭気から考えて間違いない」
「これ何だか知ってるの?」
彼は一瞬考えこむが、明るい声で知らないと答えた。
この草に何かあるのだろうか。
帰り道で彼は追跡の経緯を面白おかしく話してくれた。
私達は彼の機転で側道を登って元の層に戻ることができた。そこからは地下空洞に落ちたことを誤魔化して、迷子になって魔獣の汚物槽領域に迷い込んだと虚偽報告をした。彼の強い希望から言い訳することになったのだが、きっと私の惨状を案じてくれたのだと思う。
失禁したことは私達だけの秘密になった。
その後も他の公爵家で訓練をすることになるが、私たちの距離はすぐに接近することになり、実地訓練が終わるころには、私たちは正式に恋人関係へと移行した。
きっと吊り橋効果と助けてくれた信頼感が後押ししたと思う。
今でもタイプじゃないのに、と思わないことはないけど、後悔はまったくない。
それから数年は恋人として寄り添って過ごし、いろんな国に旅行したり、趣味の幅を広げたりすることができた。二人で過ごした時は私にとって幸せの絶頂だった。
あの日、あの事件が起きるまでは。
私は魔導術室に配属になり夢現術師としてキャリア積んでいた。彼は諜報課の内務探査班で仕事をしていた。彼の仕事はフィールドワークで危険を伴うものだった。詳細は教えてもらえなかったが、ある凶悪事件を追っていると。
その日、私は珍しく尋問の手伝いに行くことになった。いつものように探査した記憶の書き出しが主な業務である。ここまでは通常のお手伝いと何も変わらなかった。
いつもと違ったのは、彼が諜報員として犯罪者を連れてきたことで、依頼者として立ち合い、調査に参加することになったこと。それは驚きだった。依頼者である諜報員が立ち会うのは陛下の承諾が必要だ。私は彼の担当する凶悪事件に関連する案件であることを確信した。
尋問自体は特に問題なく進んで、私が記憶を書き込んでいると尋問室の外が騒がしい。
担当外の魔導術師が尋問室に飛び込んできて大声で叫んだ。
「テロの予告が出た。この部屋から退去しろ。魔導具か自爆によるテロかわからない。急げ!」
現場はこの一声でパニック状態になる。私は魔導具がすぐに外れず焦っていると彼が駆けてくる。私が安心して彼を見つめていると、あまり見かけない魔導技師が被疑者に向かって駆け寄っていく。私のすぐ横を目指している。
魔導技師は晴れやかな顔をして魔道具を心臓に突き立てた。
魔導具が発動して魔導技師のマナを吸い上げ暴走する。瞬きする間もなく空間が歪んでいく。魔導爆発の前兆だ。
私は恐怖で腰が抜けてしまった。彼の焦った顔が私に近づいて覆いかぶさってくる。私は押されて魔道具の壁に挟み込まれた。
爆炎が辺りを覆う。熱がすべてを焼いていく。彼は魔導結界を設置して氷結魔法を唱えるが、マナを貪り荒れ狂う黄色炎には弱すぎた。マナの供給を断とうとするが遅すぎる。
「君を絶対に助ける。命に代えてでも」
彼の言葉を聞いて、私は緊張の糸が切れたのか意識を手放してしまう。
目覚めると病院に収容されていた。私は助かったことを理解して体を確認する。皮膚の一部に移植パッチが貼っているので、全身火傷で再生医療でも間に合わなかった部分だろう。私は部位欠損がなかったことに安堵した。
記憶障害もないようだ。まだ、視野の端で魔導炎がちらつく時がある。当分後遺症に悩まされそうだ。
そういえば、彼は無事なのだろうか。
看護師に聞くが、混乱していて情報が錯綜しているらしい。死者は3名、重体1名は確定で増える可能性があるらしい。私は絶対安静で探しに行くことができない。
そして、職場の同僚から彼のことを聞くことになる。肉体の機能面は回復したのに意識が戻らない、残酷極まりない事実を知らされた。当時の私は無事ではなくても生きてくれてさえいれば、その事実は何よりも代えがたく、生きる糧になると前向きにとらえていた。
しかし、今現在まで彼の意識は戻らない。
それでもいい。
生きているのだから。
「わだじ、りゅうになってしんだよぉぉぉ」
「落ち着け。悪夢を見たんだ」
彼は優しく私を抱いてくれた。子供を慰めるようにリズミカルに私の背中を叩いてくれる。
「暖かい。死ぬかと思ったよ」
「とりあえず、もう安心だ。嵐は過ぎ去ったから」
私は少し離れたところにある眠れる竜と、巨大ネズミの慣れの果て、バラバラ死体が目に飛び込んできた。
「やっぱり、あなたが助けてくれたのね」
私はまた泣き出して竜に縋りつく。その感触は冷たく石のようだった。
「竜さん……ありがとう」
「状況はわからないが、退化した竜種と種族不明の魔物が相打ちになったと考えるのが妥当だろう」
「合理的じゃなくても私はこの竜に助けられたの。理由はわからないけど。竜は太古の大空を飛ぶ夢が見たかったの」
「わかった。そういう見方も出来るな」
少しだけだけど、彼の優しさを知ることができた。
理詰めで否定することは簡単なのに認めてくれたのだ。
空想物語よりもひどい話なのに。
ちょっと浮かれていた私は自分の容姿を見て大事なことを思い出す。
「ごめんなさい。不潔な体で抱き着いてしまって」
「こちらも似たようなもので、それなりに汚れているはずだ。お互い様だ」
彼は笑って私の手を引いて歩きだす。私は自分の臭いで失禁した現実を思い出す。しかし、今になって騒いだところで、もう遅いことを理解して観念することにした。
「しかし、この植物はまずいな。臭気から考えて間違いない」
「これ何だか知ってるの?」
彼は一瞬考えこむが、明るい声で知らないと答えた。
この草に何かあるのだろうか。
帰り道で彼は追跡の経緯を面白おかしく話してくれた。
私達は彼の機転で側道を登って元の層に戻ることができた。そこからは地下空洞に落ちたことを誤魔化して、迷子になって魔獣の汚物槽領域に迷い込んだと虚偽報告をした。彼の強い希望から言い訳することになったのだが、きっと私の惨状を案じてくれたのだと思う。
失禁したことは私達だけの秘密になった。
その後も他の公爵家で訓練をすることになるが、私たちの距離はすぐに接近することになり、実地訓練が終わるころには、私たちは正式に恋人関係へと移行した。
きっと吊り橋効果と助けてくれた信頼感が後押ししたと思う。
今でもタイプじゃないのに、と思わないことはないけど、後悔はまったくない。
それから数年は恋人として寄り添って過ごし、いろんな国に旅行したり、趣味の幅を広げたりすることができた。二人で過ごした時は私にとって幸せの絶頂だった。
あの日、あの事件が起きるまでは。
私は魔導術室に配属になり夢現術師としてキャリア積んでいた。彼は諜報課の内務探査班で仕事をしていた。彼の仕事はフィールドワークで危険を伴うものだった。詳細は教えてもらえなかったが、ある凶悪事件を追っていると。
その日、私は珍しく尋問の手伝いに行くことになった。いつものように探査した記憶の書き出しが主な業務である。ここまでは通常のお手伝いと何も変わらなかった。
いつもと違ったのは、彼が諜報員として犯罪者を連れてきたことで、依頼者として立ち合い、調査に参加することになったこと。それは驚きだった。依頼者である諜報員が立ち会うのは陛下の承諾が必要だ。私は彼の担当する凶悪事件に関連する案件であることを確信した。
尋問自体は特に問題なく進んで、私が記憶を書き込んでいると尋問室の外が騒がしい。
担当外の魔導術師が尋問室に飛び込んできて大声で叫んだ。
「テロの予告が出た。この部屋から退去しろ。魔導具か自爆によるテロかわからない。急げ!」
現場はこの一声でパニック状態になる。私は魔導具がすぐに外れず焦っていると彼が駆けてくる。私が安心して彼を見つめていると、あまり見かけない魔導技師が被疑者に向かって駆け寄っていく。私のすぐ横を目指している。
魔導技師は晴れやかな顔をして魔道具を心臓に突き立てた。
魔導具が発動して魔導技師のマナを吸い上げ暴走する。瞬きする間もなく空間が歪んでいく。魔導爆発の前兆だ。
私は恐怖で腰が抜けてしまった。彼の焦った顔が私に近づいて覆いかぶさってくる。私は押されて魔道具の壁に挟み込まれた。
爆炎が辺りを覆う。熱がすべてを焼いていく。彼は魔導結界を設置して氷結魔法を唱えるが、マナを貪り荒れ狂う黄色炎には弱すぎた。マナの供給を断とうとするが遅すぎる。
「君を絶対に助ける。命に代えてでも」
彼の言葉を聞いて、私は緊張の糸が切れたのか意識を手放してしまう。
目覚めると病院に収容されていた。私は助かったことを理解して体を確認する。皮膚の一部に移植パッチが貼っているので、全身火傷で再生医療でも間に合わなかった部分だろう。私は部位欠損がなかったことに安堵した。
記憶障害もないようだ。まだ、視野の端で魔導炎がちらつく時がある。当分後遺症に悩まされそうだ。
そういえば、彼は無事なのだろうか。
看護師に聞くが、混乱していて情報が錯綜しているらしい。死者は3名、重体1名は確定で増える可能性があるらしい。私は絶対安静で探しに行くことができない。
そして、職場の同僚から彼のことを聞くことになる。肉体の機能面は回復したのに意識が戻らない、残酷極まりない事実を知らされた。当時の私は無事ではなくても生きてくれてさえいれば、その事実は何よりも代えがたく、生きる糧になると前向きにとらえていた。
しかし、今現在まで彼の意識は戻らない。
それでもいい。
生きているのだから。
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