上 下
2 / 22

第1話 それが夢現術師

しおりを挟む
 薄暗い尋問室。

 そこは濃縮されたマナが立ち込め、装置や人で溢れかえっている。部屋の中央には、椅子の名周りに魔導具が設置、というよりは取り囲む魔導具の中心に椅子が埋没していた。そこに座らされた被疑者は、逃れられないようにきつく拘束されている。

 尋問対象は人相が悪い中年の男。拘束された不満から声をあらげる。

「おい! なにをする気だ……」

 男は暴れているが、魔導技師は無表情で男を眠らせる。睡眠魔法による強制だ。

 尋問の主役は王国魔導省でも花形と言われる諜報課であり、私はお手伝いでしかない。部屋に待機していた内務探査室の主任魔導士が尋問者に近寄っていく。諸定位置に着くと被疑者の額に手をやって確認作業を開始した。

 主任魔導士の心理探査魔法により被疑者の個人情報が読み取られ、年齢や職業などと罪状が淡々と語られる。

 書記官と監査役がうなずくと主任魔導士は手をあげて質問する。

「今回の被疑者に対する検察官の依頼を説明してくれ」
「はい、王の勅命による魔薬摘発事件の証拠収集のため、背後関係と取引相手の特定です。取引時刻と場所のイメージは鑑識官より送られたデータを参照してください」

 書記官が答えると、主任魔導士はデータを確認して、私に向かって指示をする。

「君、悪いけど私とリンクして記憶の書き出しをお願いする」
「はい、承知しました主任」

 私は事務的に返事すると魔道具のコンソールに魔法リンケージを張っていく。あまり気持ちのいい作業ではないが、国民のためならば、と自身に言い聞かせ魔道具にマナを通し始める。

 切り取られた意識の一部が模擬意識の領域にリンクしていく。それは主任魔導士によって吸い上げられた被疑者の記憶でもある。私の意識は過去の取引現場にシンクロした。

 私は見たものを魔道具に記録し始める。取引相手の容姿や名前、会話などが動画や音声に変換されて魔導具に残されていく。このようにして取引の証拠が集められるのだ。

 この記憶領域や夢に関連した業務は国王陛下直轄の王宮魔導士にしか許されない行為である。



 私は作業がひと段落したので控室で休憩している。今回はサポート要員として急な要請に応え、苦手な尋問に加わったのだ。いつも担当しない業務に精魂尽き果ててしまった。

 しかし、何度体験しようとも尋問は苦手である。犯罪者の意識は研ぎ澄まされた刃物のようで、対峙したくないと思うことが多い。だから、いつまでたっても耐性を獲得できず、私の心はすり減っていくのだ。

 私はティーカップを手に取り香りを楽しむ。

「ああ、お茶が美味しい」

 緊張感がほぐれたから、足を伸ばしてだらしなく椅子に座っている。最近は不思議なほど疲れが取れない。

 お茶を飲み終わって窓から外を眺める。

 暖かな光が窓から射し込み、暗い室内とのコントラストがきつく眩しくて仕方ない。無理して日差しを見ていると室内が緑色に染まってゆく。

 私は女性としてはしたない姿をさらしている自覚があり、傍から見ると今にも椅子から落ちそうに映るだろう。

 目が慣れた私は椅子にちゃんと座りなおし、机に頬杖をついて欠伸する。なんとなく、意識が窓の外に流れ、気がつくと行き交う人たちをぼんやり眺めていた。

 ここは俗称として王宮と呼ばれるカリブレ・ウィングロウ宮殿の中にあり、国防省と魔導省が同居する区画で王宮魔導士の本拠地でもある。この区画は防衛拠点でもあり、内装や城壁には補修はしていても隠し切れない戦火の跡が残っている。

「今日もいい天気ね。そろそろ職場に戻ろうかしら」

 私は王宮に勤めていて、所属は王国魔導省、魔導術室に在籍する現役の夢現術師である。

 いつもは、被術者の潜在意識に埋もれてしまった夢の断片を、記憶の表層に浮かびあがらせ、人生最後を迎えた魂を光り輝かせる手伝いをする。それが私の仕事内容であり、幸せなひと時に浸ってもらうこと、それは名誉なことであり、私の誇りでもある。


 記憶の海に沈んだ夢を引き揚げる、それが夢現術師なのだ。
しおりを挟む

処理中です...