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G6第二戦:カーアイランドRd
第六話:魔戦将姫カオルゥ=コー
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鋭剣が斜め上より振り下ろされ、敵兵の首根を一撃した。
甲冑を着込んだ装甲兵とはいえ、そのすべての箇所が重防御というわけではない。
鋼の刃は、そんな敵兵の比較的脆弱な──いわゆる急所と言える部分を的確に捉え、そこに施されてある軽微な防御を完膚なきまでに凌駕した。
剣士の発揮した圧倒的な速度と桁外れの膂力。
その双方によってもたらされた凄まじい斬撃は、敵兵の肉と骨とを次々と断ち切りつつ、致命の部位へと到達した。
断末魔の悲鳴をあげる間もなく、敵兵は絶命する。
真っ赤な血飛沫が、噴水のように吹き上がった。
魂を失った肉体が、剣士に向かってぐらりと傾く。
彼の背後から別の敵兵が打ちかかってきたのは、その時だった。
奇声を発しながら猛然と突進してきたその兵は、高々と頭上に掲げた巨大な戦斧を、剣士めがけて力の限り振り下ろした。
返り血で身を汚した剣士は、だがそのことを厭う素振りすら見せず、いま彼自身が絶命させた敵兵の亡骸を力強く足蹴にする。
死体が後方へ蹴り倒されるのと同時に、彼が右手に持つ鋭剣が、その肉体からするりと抜けた。
剣士は、それによって生じた反動を利用し、振り向きざま、左手に持つ別の鋭剣を襲いかかる戦斧に対して差し向けた。
鋭剣の軌道が、戦斧のそれと交差する。
敵兵が握る戦斧の柄が側面からの打撃を受け、拳ひとつだけだが外に向かって弾かれた。
それは、一分の隙も見られない、流れるように優雅な動きだ。
まっしぐらに落下してきた戦斧の軌道がねじ曲げられ、剣士の頭部を打撃するはずだった刃が、空しく地表に突き刺ささった。
どすん、という鈍い音があたりに響き、石と土とが周囲に向かって撒き散らされる。
剣士の鋭剣が水平に煌めいたのは、まさにその直後のことだった。
それは、刀身からはがれた血糊でもって虚空に線を形成しながら、敵兵の首へ真一文字に吸い込まれていく。
動脈と頸骨とを一撃で分断され、敵兵は崩れ落ちるようにして大地に伏した。
金属製の兜がその頭部からこぼれ落ち、光を失った目が恨めしそうに剣士を見上げる。
だがそれは、間違いなく「人間」という種が持つべき代物でありはしなかった。
奇妙に人類めいてはいるものの、その外見は、昆虫類と爬虫類とを不完全にミックスさせた忌まわしいものだ。
到底、この世の生きものであるとは思えなかった。
「やはり、魔獣兵か」
最後の兵士を倒したことを確認したその剣士、「魔剣士」という異名で知られる双剣の使い手・ガローは、眉ひとつ動かすことなくそう呟いた。
足下の死体を見下ろしながら、端正な口元をわずかに歪める。
「魔獣兵」
それは、「魔族」と呼ばれる存在が、生きた人間そのものを依り代として作り出した、邪悪極まる異界の兵士だ。
いまガローの周囲に転がっている十を超える屍たちも、もとはといえば普通に暮らしていた市井の人々であったのだろう。
魔族はそうした人々を、ある時は甘言を用い、そしてある時は武力に訴えてまで、魔獣兵に至る道へと向かわせる。
もっとも、好んで我が身を「化け物」とする人間などはほぼ皆無であったろうから、これら魔獣兵どももまた、魔族によって人生を狂わされた犠牲者であることに疑いはなかった。
しかし、人としての理性や感情を失い、ただ暴力の行使のみをその存在価値とする彼ら魔獣兵を元の人間に戻す方法は、いまだに発見されていない。
当の魔族ですらがそんな術策を持たないのだから、その手段は、人間ごときの辿り着ける場所には存在しないのかもしれなかった。
だからこそ、速やかにその生命を絶つことこそが彼らに対する唯一の慈悲である、と、考える戦士は数多かった。
少なくとも、ガローはそう信じる者のひとりであった。
鴉羽色の長髪を持つ、この美しくも精悍な剣士が突如としてこれら魔獣兵に襲われたのは、彼が辺境の荒野を次の目的地へと向かっていた、そんなおりでの出来事だった。
左右に断崖がそびえ立つ峡谷地帯。
まるで待ち伏せでもしていたかのような見事さで、魔獣兵どもは、前後から一斉にガローめがけて突っ込んできたのである。
彼らの放つ轟吼が、草木も生えぬ荒れた大地を地鳴りのように振動させる。
並の戦士ならそれだけで戦意を喪失させかねない、まるで山崩れのような雄叫びだ。
だがそれに対するガローの行動は、見事なまでに冷静沈着そのものだった。
場慣れというには余りにも重厚過ぎる、文字どおり鉄のごとき精神力だ。
わずかな迷いも見せることなく、彼は前方の一隊へと突入する。
左右に流れる鋭剣が、一閃ごとに魔獣兵どもを斬り倒していった。
それはまさしく、鋼の舞いとでも評すべき、疾風迅雷の剣技であった。
旺盛な闘争心をもってその要とする魔獣兵には、戦列を司る「兵士」としては、見落とすことのできない欠点があった。
そのことを、ガローはすでに看破していた。
彼らはもっぱら、「振り下ろし」「薙ぎ払う」武器を使用する。
その破壊衝動が、自身の腕力と巨体とを利した大味な戦闘を好むからだ。
それは獰猛というよりも、むしろ野蛮と表して構わない戦法であった。
そして、身軽さを身上とする剣士ガローにとって、それこそが付け入る隙にほかならなかった。
振り回す武器を有効に活用するには、そのために必要な「空間」が、使用者の周囲に存在しなくてはならない。
そうでなければ、自身の攻撃が、隣接する味方を巻き添えにしてしまうからだ。
さすがの魔獣兵も、味方殺しを覚悟してまで、その暴挙を行おうとはしなかった。
彼らの構成する戦列密度が薄くなるのは、それにともなう必然だったと断言していい。
そして、敵が槍隊のような密集隊形を採らないのであれば、その内側へと斬り込むこと自体は、決して不可能なこととは言えなかった。
先手の一撃をかいくぐりさえすれば、おのれの身体を押し込むことの出来る空間が、そこに用意されているからだった。
歴戦の剣士たるガローは、そのことを経験則で知っていた。
結果、魔獣兵たちはガローの身体に指一本触れること叶わず、続々と物言わぬ屍となっていった。
相互支援のできていない数の優位は、個人技量の圧倒的優位を覆すまでに至らなかった。
静けさを取り戻した峡谷の中を、一陣の風が音を立てて吹き抜けていく。
「いいかげん姿を見せたらどうだ」
当面の敵を粉砕したガローが、大声でそう怒鳴った。
彼は、わかっていた。
たとえ捨て駒として扱われていたのだとしても、あくまで魔族の兵士であることを求められている魔獣兵が、自らの意志のみをもって独自行動を取るはずがないということを、だ。
つまり、彼らを指揮・統率している魔族が必ず近くに潜んでいる。
ガローはそれを確信し、そして、その身に備わった剣士としてのセンサーもまた、その事実をはっきり裏付けるデータをもたらし始めていた。
「やはり魔獣兵ごときでは相手にならぬか」
覇気のある声が頭上からガローめがけて降り注いだのは、その時のことであった。
声の主を振り仰いだガローは、断崖の上、ちょうど天空の太陽を背にするような位置に立つ、一体の人影を見出した。
女だ。
黒い頭髪を短めに刈りそろえた妖艶な美女。
仮にも性欲を有する男であるなら誰もがむしゃぶりつきたくなるような、そんな「牝の香り」を、その女は全身から強烈に発散していた。
とても人間の発し得るそれではない。
明らかに魔族、それも相当の「上級魔族」によってのみ醸し出せる、圧倒的なまでの性フェロモンだった。
黒光りする革の衣装で申しわけ程度に身を覆ったその女は、吹き抜ける風に裏地の紅い漆黒のマントをなびかせながら、轟然と胸を張り、眼下にいるガローの姿を見下ろしていた。
それは、一見して戦士とは思えない容貌だった。
どちらかと言えば、むしろ勝ち気な高級娼婦に見えるだろう。
しかし、それがあくまでも上辺だけの印象であることを、ガローは、はっきり感じ取っていた。
その華奢な体幹からほとばしる膨大な威圧感と殺意。
鋭剣を握る左右の掌がじんわりと汗ばむのを彼は感じた。
手強い。
強敵の出現に、剣士としての矜持がガローの背骨を震わせた。
武者震いだ。
「何者だ、貴様」
型どおりの誰何を放つガローに向け、その美女は血のように紅く塗られた唇を不敵に吊り上げ、明朗極まるハスキーボイスで悠然とこれに応じた。
「我が名はカオルゥ。魔戦将姫『カオルゥ=コー』だ。魔族の血を引く者でありながら魔族を狩る剣士ガロー。魔王ベールゼバブさまの命により、その首をもらい受ける。覚悟!」
口上が終わるか終わらぬかのうちに、カオルゥと名乗ったその女魔族は、漆黒のマントを翼のように翻し、一気に断崖を飛び降りた。
その背中から抜き放たれたのは、彼女の身の丈以上の刀身を持つ、鉄塊のごとき斬馬刀だ。
真っ向正面から叩き付けられたその刃が、ガローの双剣と激突して閃光のごとき火花を散らす。
「よくぞ、この一撃を堪えた」
鈍い金属音を発生させつつ、カオルゥは、ガローを力尽くで押し込んでいった。
細身の、それも女の身が発揮するものとは考えられない、怒濤のごとき圧力だ。
猛牛の突進を素手であしらう剣士ガローが、じりじりと後退を強いられているのである。
あり得ないほどの腕力と言えた。
「噂に違わぬいい腕だ。剣士ガロー。それゆえに仕留め甲斐がある!」
カオルゥの顔付きがみるみる喜色に満たされていくのを、ガローは、はっきり見て取った。
◆◆◆
「双刃のガロー」
その次回分の絵コンテを編集部あてにFAXしたのは、週末の午後のことであった。
前回の掲載分について岡部のオヤジから苦言を呈された俺だったが、だからといって一朝一夕に変わった作風を手に入れることなんてできるはずもない。
とはいえ、いままでの展開を改めて繰り返すってのも、なんだか自分に負けたような気がしてしゃくに障る。
そこで俺は、新しい展開に至る前段階として、「魔王ベールゼバブ」というラスボス的存在を作中で臭わせることに決めた。
もちろん、そんな大物をいきなり登場させるほど野暮な感性は持ってないつもりだ。
特撮ヒーローものだって、「悪の首領」に辿り着く前には「悪の大幹部」と戦うっていうのが、お約束中のお約束じゃないか。
そして悪の組織には、やはり悪の女幹部がよく似合う。
当然そいつは、異常なまでにセクシーダイナマイトな「お姉さんキャラ」で決まりだろう。
上手い具合と言うべきか、イメージ面で参考とする人物にはあてがあった。
薫子だ。
思えば、あれほどあからさまに尊大で口が悪く、かつスタイルのいい美女なんて、二次元の世界にだって滅多にいない。
あいつに「お~ほっほっほ」なんて高笑いされつつ罵られた日には、ドMじゃなくても、つい感謝の意を表明してしまうんじゃないだろうか。
白状すると、絵になりすぎて怖いくらいだ。
だから、ネーミングも安直なレベルで決定した。
どうせ薫子本人が俺の作品を読むことなんてないだろうから、少しぐらいのお遊びを入れても問題ないと俺は判断した。
ただ、ストーリー自体はこれまでのものとあんまり変わり映えしなかった。
派手な剣劇で登場したカオルゥも、結局はセックスシーンを盛り上げる舞台装置でしかなかったのだからだ。
あえてほかのヒロインたちとの相違点をあげるとすれば、そいつは彼女が力尽くでガローに抱かれるというところだろうか。
一応、理由はこじつけた。
◆◆◆
おのれも魔の血を引きながら、それでも魔族を憎む剣士ガロー。
彼は、女を手にかけることのできない男だった。
だから、倒した魔戦将姫の命を取ることはしない。
代わりにその肉体と精神とを蹂躙することで、おのれの憎しみを晴らそうとした。
◆◆◆
はっきり言うが、取って付けたような逃げ口上だと自分でも思う。
でもそうしないと積み重ねてきた「剣士ガロー」というキャラクターが崩れてしまうし、俺自身にも、そうしなければならない葛藤があった。
これまで俺の作中に登場した女性の凌辱シーンは、ヒーローが助けにくる前振り以外の何物でもなかった。
要するに、そのキャラが救われる展開を強調する物語の谷として、そういった場面は定められてたっていうわけだ。
今回みたいに、純粋に女性キャラを押し潰すための暴力的な性行為を描いたのは、俺にとって初めての試みだった。
葛藤があるのも至極当然の成り行きだった。
言っとくが、俺はそもそもハッピーエンド至上主義の人間だ。
この世の中がバッドエンドで埋めつくされているのだから、せめてフィクションの中でぐらいは幸せ万歳を三唱していいじゃないかと思っている。
特に、素敵な女性が悪い奴の手にかかって不幸になるような話は、本当に反吐が出るほど大嫌いだった。
かつてそういったジャンルの官能小説を読んでしまい本気で焚書坑儒したくなっちまったことを、いまでも克明におぼえている。
ただ不本意ながら、今回ネームを切るにあたり、これまでになく筆が走ったことだけはここで告白しておこう。
自分自身にそんな性癖があったのかと思うと、じわじわと嫌悪の情が湧き出してくる。
送信ボタンを押した直後、全面的なネームの描き直しを考えたほどだった。
ところが、である。
そんな今回のネームを、なんと岡部のオヤジは強く賞賛してくれたのだ。
「これは、なかなかに面白い展開ですよ」
テレビ電話の向こう側で、岡部のオヤジは、そんな感じに切り出してきた。
「いままでの先生とは明らかに違う、前向きな変化が見られます」
そう言われても、俺はてんで嬉しくなかった。
何よりも、どこを理由にそんな評価が下されたのか、さっぱり理解できなかった。
だから俺は、素直にその根拠を尋ねた。
それを聞いた岡部のオヤジは、どこか楽しそうに苦笑いすると、前回と同じく、淡々とした口振りで自説を語り出したのだった。
「ひと言で言えば、『心情の方向性』が出たことです」
これまでの「双刃のガロー」で主人公と肌を重ねたヒロインたちは、いわゆる「ゲームの景品」に近い存在だった、と、奴は言う。
要するに、ヒロインたちの背景が、余りにも薄っぺらに過ぎるのだ、と。
旅の途中でトラブルに遭遇したガローが鮮やかにそれを解決し、美しいヒロインたちがその報酬とばかりに身体を開く展開。
その中での彼女らは、主人公との情事、ただそれのみを目的として用意された「お人形さん」みたいに見えるのだ、と。
それは、RPGにおけるイベントシーンと何も変わるところがない。
そもそも当の主人公ガローが、自分にその身を捧げてくる女性たちを、なんとなく、もっと言うならご褒美的な感覚で抱いているのだから、そんな感想が読み手の側から提出されるのは仕方がない。
だが、今回のガローは、はっきりと自らの意志でヒロインを抱いた。
というより、自ら望んで彼女を犯した。
しかも、憎むべき敵の心を折るため、という、明確な目的がそこにあった。
「もちろん、それがセックスシーンを描くためにこじつけた、かなり苦しい動機であることを、あえて私は否定しません。ですが──」
「ですが?」
「これまでの作中にはなかった主人公の生の感情というものが現れ出たという点で、私自身はいいひとコマであると思っています」
生の感情。
その単語を耳にした時、俺は、短い間ではあるが本当に深々と考え込んでしまった。
思えば俺は、「ガロー」というキャラクターの内面をいったいどんな風に設定していたんだろう。
俺の中で彼は、ただひたすらに強く、クールで、絶対に挫折などしない英雄的な男性として確立されていた。
その行く手には、常に「成功」と「勝利」の結果しかない。
すべての女性を魅了し、すべての男性に憧憬を抱かせる、短所を持たない最強の剣士。
だけどそれは、ガローというキャラクターを外側から一方的に評価した場合における表現だ。
俺は思った。
当のガロー本人は、自分自身をどんな風に見ているんだろうか、と。
残念ながら、長く思索にふけることはできなかった。
岡部のオヤジがふたたび語りだし、俺の意識がそっちのほうに引き戻されたからだ。
「あと、今回登場した魔戦将姫カオルゥ=コーというキャラクターですが、先生は、彼女をこの先も続けて登場させてみる気はありませんか?」
唐突に奴は提案した。
驚いた俺が、思わず「えっ?」と声をあげる。
実のところ俺は、カオルゥの出番をここまでにするつもりだった。
ガローに敗れたことで、「敵」としての彼女はその存在価値をなくしたものと考えたからだ。
今回提出したネームでも、筋書きはそんな感じで締めていた。
もとより深い意味を込めて登場させたキャラクターじゃなかったので、それも当然の扱いだと思っていた。
だが岡部のオヤジは、そんな作者側の意図とは別角度から、この「カオルゥ」というキャラクターを評価していた。
その言い分はこうだった。
これまでのヒロインたちとは異なり、カオルゥはガローに初めて「生の感情」を叩き付けられた女性である。
ましてや、それが「力尽くで身体を奪われる」という女性の立場からすると決して容認できない屈辱なればこそ、彼女もまたガローに対して「生の感情」、この場合は「復讐心」を表明させるのに相応しいキャラクターなのではあるまいか。
ひととひととの接触は、たとえそれが創作物の中におけるそれであったとしても、物理的なレベルに終始するだけでは余りにももったいなさ過ぎる。
「ひとという生きものはですね、その感情をひと以外のものには決してぶつけられない生き物なのですよ」
岡部のオヤジは、感慨深げにそう言った。
「もし何者かが、ひとでないものを相手に自分の感情をぶつけようとする場合、そのひとは必ずや、心の中でその対象物を擬人化していることでしょう。それは多かれ少なかれ、誰にでも発生し得る事象です」
言われて俺もそうだと思った。
確かにひとでない物体は、賞賛されたり暴言を吐かれたりしたところでなんということはない。
にもかかわらず、ひとがひとでないものを時に誉め、叱り、罵るのは、心のどこかでそれらをひとの代用品として認めているからにほかならなかった。
頷ける意見だ。
少なくとも反論する要素はない。
しばしの沈黙を肯定の証として受け止めたのか、岡部のオヤジは、なおも俺に向けての言葉を紡いだ。
積み重ねるように奴は言う。
「だから先生。このガローというキャラクターを今後も大事にしていくなら、彼に別のキャラクターを寄り添わせてみませんか? 互いに押し付けられたわけではない感情の発露を描いていけば、ドラマというものはそこに自然と生じてくるはずです。
先生は今回、魔王ベールゼバブという存在を読者に提示することで、物語に明確な終着点を設定なされました。そのことは、先生のドラマに豊かな奥行きを、いわゆるリアリティーを与える一助になるはずだと、私は信じていますから」
ひととおりその発言を聞いた俺は、その提案を受け入れることに同意した。
テレビ電話の回線を切り、そのまま仕事机に着くと、俺はネームの修正作業へと取りかかった。
妙にわくわくした胸のうちが、これまでになく俺の創作意欲をあと押ししていた。
信じられない速度で筆が進んだ。
俺の中で「魔戦将姫カオルゥ=コー」が「双刃のガロー」のメインヒロインへと昇格した、それは明確な証であった。
甲冑を着込んだ装甲兵とはいえ、そのすべての箇所が重防御というわけではない。
鋼の刃は、そんな敵兵の比較的脆弱な──いわゆる急所と言える部分を的確に捉え、そこに施されてある軽微な防御を完膚なきまでに凌駕した。
剣士の発揮した圧倒的な速度と桁外れの膂力。
その双方によってもたらされた凄まじい斬撃は、敵兵の肉と骨とを次々と断ち切りつつ、致命の部位へと到達した。
断末魔の悲鳴をあげる間もなく、敵兵は絶命する。
真っ赤な血飛沫が、噴水のように吹き上がった。
魂を失った肉体が、剣士に向かってぐらりと傾く。
彼の背後から別の敵兵が打ちかかってきたのは、その時だった。
奇声を発しながら猛然と突進してきたその兵は、高々と頭上に掲げた巨大な戦斧を、剣士めがけて力の限り振り下ろした。
返り血で身を汚した剣士は、だがそのことを厭う素振りすら見せず、いま彼自身が絶命させた敵兵の亡骸を力強く足蹴にする。
死体が後方へ蹴り倒されるのと同時に、彼が右手に持つ鋭剣が、その肉体からするりと抜けた。
剣士は、それによって生じた反動を利用し、振り向きざま、左手に持つ別の鋭剣を襲いかかる戦斧に対して差し向けた。
鋭剣の軌道が、戦斧のそれと交差する。
敵兵が握る戦斧の柄が側面からの打撃を受け、拳ひとつだけだが外に向かって弾かれた。
それは、一分の隙も見られない、流れるように優雅な動きだ。
まっしぐらに落下してきた戦斧の軌道がねじ曲げられ、剣士の頭部を打撃するはずだった刃が、空しく地表に突き刺ささった。
どすん、という鈍い音があたりに響き、石と土とが周囲に向かって撒き散らされる。
剣士の鋭剣が水平に煌めいたのは、まさにその直後のことだった。
それは、刀身からはがれた血糊でもって虚空に線を形成しながら、敵兵の首へ真一文字に吸い込まれていく。
動脈と頸骨とを一撃で分断され、敵兵は崩れ落ちるようにして大地に伏した。
金属製の兜がその頭部からこぼれ落ち、光を失った目が恨めしそうに剣士を見上げる。
だがそれは、間違いなく「人間」という種が持つべき代物でありはしなかった。
奇妙に人類めいてはいるものの、その外見は、昆虫類と爬虫類とを不完全にミックスさせた忌まわしいものだ。
到底、この世の生きものであるとは思えなかった。
「やはり、魔獣兵か」
最後の兵士を倒したことを確認したその剣士、「魔剣士」という異名で知られる双剣の使い手・ガローは、眉ひとつ動かすことなくそう呟いた。
足下の死体を見下ろしながら、端正な口元をわずかに歪める。
「魔獣兵」
それは、「魔族」と呼ばれる存在が、生きた人間そのものを依り代として作り出した、邪悪極まる異界の兵士だ。
いまガローの周囲に転がっている十を超える屍たちも、もとはといえば普通に暮らしていた市井の人々であったのだろう。
魔族はそうした人々を、ある時は甘言を用い、そしてある時は武力に訴えてまで、魔獣兵に至る道へと向かわせる。
もっとも、好んで我が身を「化け物」とする人間などはほぼ皆無であったろうから、これら魔獣兵どももまた、魔族によって人生を狂わされた犠牲者であることに疑いはなかった。
しかし、人としての理性や感情を失い、ただ暴力の行使のみをその存在価値とする彼ら魔獣兵を元の人間に戻す方法は、いまだに発見されていない。
当の魔族ですらがそんな術策を持たないのだから、その手段は、人間ごときの辿り着ける場所には存在しないのかもしれなかった。
だからこそ、速やかにその生命を絶つことこそが彼らに対する唯一の慈悲である、と、考える戦士は数多かった。
少なくとも、ガローはそう信じる者のひとりであった。
鴉羽色の長髪を持つ、この美しくも精悍な剣士が突如としてこれら魔獣兵に襲われたのは、彼が辺境の荒野を次の目的地へと向かっていた、そんなおりでの出来事だった。
左右に断崖がそびえ立つ峡谷地帯。
まるで待ち伏せでもしていたかのような見事さで、魔獣兵どもは、前後から一斉にガローめがけて突っ込んできたのである。
彼らの放つ轟吼が、草木も生えぬ荒れた大地を地鳴りのように振動させる。
並の戦士ならそれだけで戦意を喪失させかねない、まるで山崩れのような雄叫びだ。
だがそれに対するガローの行動は、見事なまでに冷静沈着そのものだった。
場慣れというには余りにも重厚過ぎる、文字どおり鉄のごとき精神力だ。
わずかな迷いも見せることなく、彼は前方の一隊へと突入する。
左右に流れる鋭剣が、一閃ごとに魔獣兵どもを斬り倒していった。
それはまさしく、鋼の舞いとでも評すべき、疾風迅雷の剣技であった。
旺盛な闘争心をもってその要とする魔獣兵には、戦列を司る「兵士」としては、見落とすことのできない欠点があった。
そのことを、ガローはすでに看破していた。
彼らはもっぱら、「振り下ろし」「薙ぎ払う」武器を使用する。
その破壊衝動が、自身の腕力と巨体とを利した大味な戦闘を好むからだ。
それは獰猛というよりも、むしろ野蛮と表して構わない戦法であった。
そして、身軽さを身上とする剣士ガローにとって、それこそが付け入る隙にほかならなかった。
振り回す武器を有効に活用するには、そのために必要な「空間」が、使用者の周囲に存在しなくてはならない。
そうでなければ、自身の攻撃が、隣接する味方を巻き添えにしてしまうからだ。
さすがの魔獣兵も、味方殺しを覚悟してまで、その暴挙を行おうとはしなかった。
彼らの構成する戦列密度が薄くなるのは、それにともなう必然だったと断言していい。
そして、敵が槍隊のような密集隊形を採らないのであれば、その内側へと斬り込むこと自体は、決して不可能なこととは言えなかった。
先手の一撃をかいくぐりさえすれば、おのれの身体を押し込むことの出来る空間が、そこに用意されているからだった。
歴戦の剣士たるガローは、そのことを経験則で知っていた。
結果、魔獣兵たちはガローの身体に指一本触れること叶わず、続々と物言わぬ屍となっていった。
相互支援のできていない数の優位は、個人技量の圧倒的優位を覆すまでに至らなかった。
静けさを取り戻した峡谷の中を、一陣の風が音を立てて吹き抜けていく。
「いいかげん姿を見せたらどうだ」
当面の敵を粉砕したガローが、大声でそう怒鳴った。
彼は、わかっていた。
たとえ捨て駒として扱われていたのだとしても、あくまで魔族の兵士であることを求められている魔獣兵が、自らの意志のみをもって独自行動を取るはずがないということを、だ。
つまり、彼らを指揮・統率している魔族が必ず近くに潜んでいる。
ガローはそれを確信し、そして、その身に備わった剣士としてのセンサーもまた、その事実をはっきり裏付けるデータをもたらし始めていた。
「やはり魔獣兵ごときでは相手にならぬか」
覇気のある声が頭上からガローめがけて降り注いだのは、その時のことであった。
声の主を振り仰いだガローは、断崖の上、ちょうど天空の太陽を背にするような位置に立つ、一体の人影を見出した。
女だ。
黒い頭髪を短めに刈りそろえた妖艶な美女。
仮にも性欲を有する男であるなら誰もがむしゃぶりつきたくなるような、そんな「牝の香り」を、その女は全身から強烈に発散していた。
とても人間の発し得るそれではない。
明らかに魔族、それも相当の「上級魔族」によってのみ醸し出せる、圧倒的なまでの性フェロモンだった。
黒光りする革の衣装で申しわけ程度に身を覆ったその女は、吹き抜ける風に裏地の紅い漆黒のマントをなびかせながら、轟然と胸を張り、眼下にいるガローの姿を見下ろしていた。
それは、一見して戦士とは思えない容貌だった。
どちらかと言えば、むしろ勝ち気な高級娼婦に見えるだろう。
しかし、それがあくまでも上辺だけの印象であることを、ガローは、はっきり感じ取っていた。
その華奢な体幹からほとばしる膨大な威圧感と殺意。
鋭剣を握る左右の掌がじんわりと汗ばむのを彼は感じた。
手強い。
強敵の出現に、剣士としての矜持がガローの背骨を震わせた。
武者震いだ。
「何者だ、貴様」
型どおりの誰何を放つガローに向け、その美女は血のように紅く塗られた唇を不敵に吊り上げ、明朗極まるハスキーボイスで悠然とこれに応じた。
「我が名はカオルゥ。魔戦将姫『カオルゥ=コー』だ。魔族の血を引く者でありながら魔族を狩る剣士ガロー。魔王ベールゼバブさまの命により、その首をもらい受ける。覚悟!」
口上が終わるか終わらぬかのうちに、カオルゥと名乗ったその女魔族は、漆黒のマントを翼のように翻し、一気に断崖を飛び降りた。
その背中から抜き放たれたのは、彼女の身の丈以上の刀身を持つ、鉄塊のごとき斬馬刀だ。
真っ向正面から叩き付けられたその刃が、ガローの双剣と激突して閃光のごとき火花を散らす。
「よくぞ、この一撃を堪えた」
鈍い金属音を発生させつつ、カオルゥは、ガローを力尽くで押し込んでいった。
細身の、それも女の身が発揮するものとは考えられない、怒濤のごとき圧力だ。
猛牛の突進を素手であしらう剣士ガローが、じりじりと後退を強いられているのである。
あり得ないほどの腕力と言えた。
「噂に違わぬいい腕だ。剣士ガロー。それゆえに仕留め甲斐がある!」
カオルゥの顔付きがみるみる喜色に満たされていくのを、ガローは、はっきり見て取った。
◆◆◆
「双刃のガロー」
その次回分の絵コンテを編集部あてにFAXしたのは、週末の午後のことであった。
前回の掲載分について岡部のオヤジから苦言を呈された俺だったが、だからといって一朝一夕に変わった作風を手に入れることなんてできるはずもない。
とはいえ、いままでの展開を改めて繰り返すってのも、なんだか自分に負けたような気がしてしゃくに障る。
そこで俺は、新しい展開に至る前段階として、「魔王ベールゼバブ」というラスボス的存在を作中で臭わせることに決めた。
もちろん、そんな大物をいきなり登場させるほど野暮な感性は持ってないつもりだ。
特撮ヒーローものだって、「悪の首領」に辿り着く前には「悪の大幹部」と戦うっていうのが、お約束中のお約束じゃないか。
そして悪の組織には、やはり悪の女幹部がよく似合う。
当然そいつは、異常なまでにセクシーダイナマイトな「お姉さんキャラ」で決まりだろう。
上手い具合と言うべきか、イメージ面で参考とする人物にはあてがあった。
薫子だ。
思えば、あれほどあからさまに尊大で口が悪く、かつスタイルのいい美女なんて、二次元の世界にだって滅多にいない。
あいつに「お~ほっほっほ」なんて高笑いされつつ罵られた日には、ドMじゃなくても、つい感謝の意を表明してしまうんじゃないだろうか。
白状すると、絵になりすぎて怖いくらいだ。
だから、ネーミングも安直なレベルで決定した。
どうせ薫子本人が俺の作品を読むことなんてないだろうから、少しぐらいのお遊びを入れても問題ないと俺は判断した。
ただ、ストーリー自体はこれまでのものとあんまり変わり映えしなかった。
派手な剣劇で登場したカオルゥも、結局はセックスシーンを盛り上げる舞台装置でしかなかったのだからだ。
あえてほかのヒロインたちとの相違点をあげるとすれば、そいつは彼女が力尽くでガローに抱かれるというところだろうか。
一応、理由はこじつけた。
◆◆◆
おのれも魔の血を引きながら、それでも魔族を憎む剣士ガロー。
彼は、女を手にかけることのできない男だった。
だから、倒した魔戦将姫の命を取ることはしない。
代わりにその肉体と精神とを蹂躙することで、おのれの憎しみを晴らそうとした。
◆◆◆
はっきり言うが、取って付けたような逃げ口上だと自分でも思う。
でもそうしないと積み重ねてきた「剣士ガロー」というキャラクターが崩れてしまうし、俺自身にも、そうしなければならない葛藤があった。
これまで俺の作中に登場した女性の凌辱シーンは、ヒーローが助けにくる前振り以外の何物でもなかった。
要するに、そのキャラが救われる展開を強調する物語の谷として、そういった場面は定められてたっていうわけだ。
今回みたいに、純粋に女性キャラを押し潰すための暴力的な性行為を描いたのは、俺にとって初めての試みだった。
葛藤があるのも至極当然の成り行きだった。
言っとくが、俺はそもそもハッピーエンド至上主義の人間だ。
この世の中がバッドエンドで埋めつくされているのだから、せめてフィクションの中でぐらいは幸せ万歳を三唱していいじゃないかと思っている。
特に、素敵な女性が悪い奴の手にかかって不幸になるような話は、本当に反吐が出るほど大嫌いだった。
かつてそういったジャンルの官能小説を読んでしまい本気で焚書坑儒したくなっちまったことを、いまでも克明におぼえている。
ただ不本意ながら、今回ネームを切るにあたり、これまでになく筆が走ったことだけはここで告白しておこう。
自分自身にそんな性癖があったのかと思うと、じわじわと嫌悪の情が湧き出してくる。
送信ボタンを押した直後、全面的なネームの描き直しを考えたほどだった。
ところが、である。
そんな今回のネームを、なんと岡部のオヤジは強く賞賛してくれたのだ。
「これは、なかなかに面白い展開ですよ」
テレビ電話の向こう側で、岡部のオヤジは、そんな感じに切り出してきた。
「いままでの先生とは明らかに違う、前向きな変化が見られます」
そう言われても、俺はてんで嬉しくなかった。
何よりも、どこを理由にそんな評価が下されたのか、さっぱり理解できなかった。
だから俺は、素直にその根拠を尋ねた。
それを聞いた岡部のオヤジは、どこか楽しそうに苦笑いすると、前回と同じく、淡々とした口振りで自説を語り出したのだった。
「ひと言で言えば、『心情の方向性』が出たことです」
これまでの「双刃のガロー」で主人公と肌を重ねたヒロインたちは、いわゆる「ゲームの景品」に近い存在だった、と、奴は言う。
要するに、ヒロインたちの背景が、余りにも薄っぺらに過ぎるのだ、と。
旅の途中でトラブルに遭遇したガローが鮮やかにそれを解決し、美しいヒロインたちがその報酬とばかりに身体を開く展開。
その中での彼女らは、主人公との情事、ただそれのみを目的として用意された「お人形さん」みたいに見えるのだ、と。
それは、RPGにおけるイベントシーンと何も変わるところがない。
そもそも当の主人公ガローが、自分にその身を捧げてくる女性たちを、なんとなく、もっと言うならご褒美的な感覚で抱いているのだから、そんな感想が読み手の側から提出されるのは仕方がない。
だが、今回のガローは、はっきりと自らの意志でヒロインを抱いた。
というより、自ら望んで彼女を犯した。
しかも、憎むべき敵の心を折るため、という、明確な目的がそこにあった。
「もちろん、それがセックスシーンを描くためにこじつけた、かなり苦しい動機であることを、あえて私は否定しません。ですが──」
「ですが?」
「これまでの作中にはなかった主人公の生の感情というものが現れ出たという点で、私自身はいいひとコマであると思っています」
生の感情。
その単語を耳にした時、俺は、短い間ではあるが本当に深々と考え込んでしまった。
思えば俺は、「ガロー」というキャラクターの内面をいったいどんな風に設定していたんだろう。
俺の中で彼は、ただひたすらに強く、クールで、絶対に挫折などしない英雄的な男性として確立されていた。
その行く手には、常に「成功」と「勝利」の結果しかない。
すべての女性を魅了し、すべての男性に憧憬を抱かせる、短所を持たない最強の剣士。
だけどそれは、ガローというキャラクターを外側から一方的に評価した場合における表現だ。
俺は思った。
当のガロー本人は、自分自身をどんな風に見ているんだろうか、と。
残念ながら、長く思索にふけることはできなかった。
岡部のオヤジがふたたび語りだし、俺の意識がそっちのほうに引き戻されたからだ。
「あと、今回登場した魔戦将姫カオルゥ=コーというキャラクターですが、先生は、彼女をこの先も続けて登場させてみる気はありませんか?」
唐突に奴は提案した。
驚いた俺が、思わず「えっ?」と声をあげる。
実のところ俺は、カオルゥの出番をここまでにするつもりだった。
ガローに敗れたことで、「敵」としての彼女はその存在価値をなくしたものと考えたからだ。
今回提出したネームでも、筋書きはそんな感じで締めていた。
もとより深い意味を込めて登場させたキャラクターじゃなかったので、それも当然の扱いだと思っていた。
だが岡部のオヤジは、そんな作者側の意図とは別角度から、この「カオルゥ」というキャラクターを評価していた。
その言い分はこうだった。
これまでのヒロインたちとは異なり、カオルゥはガローに初めて「生の感情」を叩き付けられた女性である。
ましてや、それが「力尽くで身体を奪われる」という女性の立場からすると決して容認できない屈辱なればこそ、彼女もまたガローに対して「生の感情」、この場合は「復讐心」を表明させるのに相応しいキャラクターなのではあるまいか。
ひととひととの接触は、たとえそれが創作物の中におけるそれであったとしても、物理的なレベルに終始するだけでは余りにももったいなさ過ぎる。
「ひとという生きものはですね、その感情をひと以外のものには決してぶつけられない生き物なのですよ」
岡部のオヤジは、感慨深げにそう言った。
「もし何者かが、ひとでないものを相手に自分の感情をぶつけようとする場合、そのひとは必ずや、心の中でその対象物を擬人化していることでしょう。それは多かれ少なかれ、誰にでも発生し得る事象です」
言われて俺もそうだと思った。
確かにひとでない物体は、賞賛されたり暴言を吐かれたりしたところでなんということはない。
にもかかわらず、ひとがひとでないものを時に誉め、叱り、罵るのは、心のどこかでそれらをひとの代用品として認めているからにほかならなかった。
頷ける意見だ。
少なくとも反論する要素はない。
しばしの沈黙を肯定の証として受け止めたのか、岡部のオヤジは、なおも俺に向けての言葉を紡いだ。
積み重ねるように奴は言う。
「だから先生。このガローというキャラクターを今後も大事にしていくなら、彼に別のキャラクターを寄り添わせてみませんか? 互いに押し付けられたわけではない感情の発露を描いていけば、ドラマというものはそこに自然と生じてくるはずです。
先生は今回、魔王ベールゼバブという存在を読者に提示することで、物語に明確な終着点を設定なされました。そのことは、先生のドラマに豊かな奥行きを、いわゆるリアリティーを与える一助になるはずだと、私は信じていますから」
ひととおりその発言を聞いた俺は、その提案を受け入れることに同意した。
テレビ電話の回線を切り、そのまま仕事机に着くと、俺はネームの修正作業へと取りかかった。
妙にわくわくした胸のうちが、これまでになく俺の創作意欲をあと押ししていた。
信じられない速度で筆が進んだ。
俺の中で「魔戦将姫カオルゥ=コー」が「双刃のガロー」のメインヒロインへと昇格した、それは明確な証であった。
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