上 下
144 / 296
夏は休み

タコ足と廃旅館

しおりを挟む
 今日は部活の活動日なんだけど、私と柚月は、水野から言いつかった用事で、山向こうの教習所と、向こうの学校へと何故か呼ばれたので、そっちに行かなくちゃならないんだよ。

 学校に来るなり、優子が明るい声で言ってきた。

 「あのね、みんな。この間の花火の件だけどね、なんと、近くのホテルで、2部屋取れました~」
 「おお~! さっすが優子~」

 柚月がそう言って、犬みたいに、優子にすり寄って喜んでるけど、私だってハイタッチして喜びたいくらい嬉しかったんだよ。柚月め、邪魔してからに!
 話によると、優子のお父さんの勤めている会社で、保養所扱いで、近くのホテルと契約してるから、平日の1日に限って、空いてるところがあったらしいよ。
 良かったよぉ~、これで、ゆったり温泉楽しみながら、花火眺められるよ~。ありがと~、優子ぉ~。

 「大丈夫、大丈夫、これくらいお安い御用だよ」

 じゃぁ、今日、私と柚月は遅くなるかも……だけど、夜、必ず連絡するからね。
 よし、柚月、向こうの学校に午後一だから、そろそろ出発しよう。
 え? どうしたの? 結衣。

 「今日、私の車の作業やっても良い?」

 特に作業予定はないから、やっても良いけど、一応今日の監督者は、水野だから、水野の許可取って、水野立会いの下でね。
 ちなみに、何の作業やるの? タコ足交換だって? 良いよ。
 じゃぁ、行こう柚月。

◇◆◇◆◇

 今日は、シルビアの運転を柚月に任せている。
 山道を順調に上りながら、柚月は言った。

 「マイさ~、今度の旅行の事なんだけど~」

 うん、どうしたの?

 「私ね、言っておきたいことがあるんだよ~」

 そうなんだ、それで、なに?

 「行き帰りの車ね、私とマイで出そうよ~」

 奇遇だね柚月、私も、そう言おうと思ってたところなんだよ。
 まぁ、私でなくとも悠梨の車でも良いかな……とも。

 「だってさ~、優子と結衣、なんか怖いんだよぉ~」

 なんかさ、あの2人、バチバチじゃね? 夏休み前の乗り比べの一件が尾を引いてるのかな?

 「あの2人、揃いも揃って、負けず嫌いだからな~」

 それは分かるんだけどさ、よりにもよって、2人でNAって、困った組み合わせだよね。
 どっちかがターボだったら、こんな面倒なことにならないのにさ。
 結衣は、バイクでは、速く走ろうという興味が無かったので、優子と同じビーノに乗っていても何ら問題なく過ごせていた。
 優子が排気量アップする時なんか、私と悠梨は軽音楽部で、柚月は、空手部の応援で忙しかった事もあって、エンジンの積み下ろしとかを、結衣が、つきっきりで手伝ったりして、むしろ、とても仲良くやっていたハズなのだ。

 その2人が、ここまで拗れるこじれるとは思ってもみなかった事だよぉ……。この間のファミレスでだって、優子ったら、明らかに結衣の事を、ほぼ名指しでディスってたしさ。

 「私らの中で、ブレーキがノーマルなのって、結衣の車だけだしね~」

 そんなに、あの2人が対抗意識をむき出しにするのを、私は見た記憶が無いんだよね……。
 でも、繰り返しだけど、2人とも負けず嫌いだからね。こうなると厄介だね。

 「しかも~、今日、結衣さ、タコ足の交換するって言ってたよね~」

 だね。
 しかも、アレって、海に行った時に買ったから、1ヶ月くらい前に買った物だよね。だってさ、あの時さ『熱中症になるとヤバいから、涼しくなってからつけるよ』って、言ってたのにさ、今日つけるってのも、ちょっとおかしいしさ。

 「間違いなく~、今回の花火に間に合わせようとしてるよね~」

 もう、困ったねぇ。
 さり気なく、私らが車出すとか言っても、結衣たちが引くように見えないんだけどさ、どうしたもんかなぁ……。

 なんか、このまま、あの2人になんか車出させたら、どうなるかなんて、一部始終が目の前に浮かんでくるようだよ。
 どうせ、どっちが前で、どっちが後ろ走ってても、峠道の下りに入ったところで、パッシングとか始めちゃってさ、そうなったら、ゴングが鳴り響いちゃうよ。

 そうなると、あの2人の性格だから、絶対に先に引きたくないって、2人で意地張り合っちゃうから、限界に来てても無理に頑張っちゃってさ、そうなると最後は、どっちかが、カーブを曲がり切れないでガードレールを突き破って、崖下にある廃旅館に向かって、真っ逆さまに落ちてdesireだよ、しかも、燃料タンクに引火して、炎のように燃えてdesireだよ。

 「イヤだ~~~~! しかも、真っ逆さまに『落ちて』じゃなくて、『堕ちて』だよ~」

 それは知ってるよ、1年の頃、軽音楽部で弾いたことあるし。
 あとは、ごく自然な流れで、あの2人に諦めるような流れに持ち込まないとダメだよね。

 「でもさ~、私らで先に車出しちゃえば、あの2人も諦めるじゃん~」

 いや、そんな事してもさ、アイツらが当日、車で勝手に来ちゃったら、どうしようもないじゃん。
 なんか、雰囲気的に、そうなりかねないから困ってるんだよ。

 「1人でなんか乗せたら、止め役がいないから、ますます危ないよね~」

 参ったなぁ……。

◇◆◇◆◇

 山向こうの学校には、校長と、生活指導担当の教師がいて、自動車部の活動について訊かれたり、意見の交換なんかをしてきたんだ。

 どうも、向こうの県でも、山間部に限って、バイクや車の通学を認めるべきではないか? という議論が、以前から起こっていて、この学校で、来年から、テストケースとして行うかを検討しているらしく、本来であれば、隣県の学校になるのであるけど、実際に行っている学校の現状を知りたくて、無理を言って今回の視察が実現したらしい。
 先週、ウチの学校に来て、校長と、安全運転管理の教師に会い、実際の運用について打ち合わせたらしいけど、自動車部の活動日と違う曜日に来ていて、活動についてを直接聞きたかったという事だそうだ。

 まぁ、車両の通学を採り入れようとしているところに、既に30年以上の実績を誇っていて、今まで通学時の事故というものはゼロで(兄貴のは、校内での自損事故だからノーカンだと、先もって校長から釘を刺されていた)、更には課外活動で、自動車部などというものがあるので、興味が湧いたとのも、無理はないところで、根掘り葉掘り色々な事を訊かれたのだった。

 私と柚月で、パンフを使いながら、免許のない部員の運転に対しては、教習車を使って、助手席ブレーキで止められるようにしているが、今まで使うような危険はなかった事、部車を使って基本整備なども勉強させ、実際の生活に役立てられるようにしている事、毎月行われる、交通安全講習においても、自動車部が主導的役割をしている事などを話して、終了となった。

 「マイ~、この学校来るの、初めてじゃないでしょ~」

 車の中で、柚月が言った。
 うん、私さ、軽音楽部で何回か行った事あるし、文化祭の時に合同コンサートで呼ばれた事もあるしね。
 なんで? え? 来客用の入口も知ってたし、入り方も慣れてるからだって? そんなこと言う柚月だって、ここに来るの、初めてじゃないだろ~?

 「そりゃぁね~、格闘技系の部の交流戦とか、そういうのの付き添いで、ちょくちょく、行ったからね~」

 そんな柚月も、今や自動車部の副部長と、マゾヒスト部の部長だもんな~。

 「私は、マゾヒスト部じゃないってば~!」

 そんなくだらない雑談をしている間に、もう何度目かになる、山向こうのシャレオツな教習所に到着した。

 私と柚月は、補充用のパンフを持つと、身だしなみをもう1度整えた。
 水野から言われているのは、どうやら、今日はここの偉い人と会うらしいという事だからだ。
 

 ──────────────────────────────────────
 ■あとがき■

 ★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
 毎回、創作の励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。

 次回は
 自動車部の用事で、自動車教習所にやって来た2人。
 そこでの用事と、帰り道で起こる出来事とは?

 お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!

いーじーしっくす
青春
 赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。  しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。  その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。  証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。  そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。 深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。  拓真の想いは届くのか? それとも……。 「ねぇ、拓真。好きって言って?」 「嫌だよ」 「お墓っていくらかしら?」 「なんで!?」  純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

処理中です...