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春は出会い……

テスト休みと工具箱

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 実感がなかったけど、テスト期間に突入した。
 中学生の頃までは、定期考査に結構ビビっていたけど、高校生になってからは、予習と復習を欠かさないようにしていた……というより、欠かすと授業についていけなくなるので……。

 だからもあるのだろうけど、以降は、テストに、さほど恐怖感が無くなっちゃったんだよね。
 なので、今度のテストも、できる事をしっかりやりましょー! しかないんだよね。
 もう3年だし、その先を考えないといけない時期なんだよ。

 テスト期間なので、2週間は、部活は休みになる。
 元々、今年の大会のうちのどれかに出られればいいなぁ……レベルで始めた部だし、インターハイに向けて必死になってる部とは違うので、影響はない。

 いつもの5人で、テストの範囲を予想しつつ、部室で軽く勉強してみる事を1週間続けて、テストに臨み、終了した。

 そんな土曜日、私たちは、何故かホームセンターの駐車場に集まっていた。
 そもそもは、柚月が、テストお疲れ様会兼、自分の車に関して、みんなに世話になったお礼がしたい、とファミレスに呼ばれて、お昼をご馳走になったのだ。

 気前よく、デザートまで良いというので、みんなで食べ終わったところで、柚月が

 「みんな、食べたよね~? 食べちゃったよね~」 

 と言って、柚月の家の道場の、模様替えの手伝いをさせられたのだった。
 1時間ほどで終わり、ホームセンターの駐車場まで移動してきたというわけだ。

 「柚月ー! よくも、私らを騙したなー!」

 駐車場の隅で、悠梨に羽交い絞めにされた柚月が、結衣に全身をくすぐられて悶絶していた。
 そこに、優子が、ペットボトル洗浄用のナイロンたわしを3本買ってきて、柚月と悠梨以外の、全員に渡した。

 「柚月~、どうなるか、分かってるでしょぉ~」
 
 目の色が変わった優子が、柚月に迫り、それを制した結衣が言った。

 「待って! オイ柚月、今のうちに『参りました』って言って、謝ったら、許してやる。どうだ?」
 「むむむむむ~!」

 柚月の口には、ガムテープが貼られているため、言えるわけがないのだ。
 すると、結衣はニヤリとして

 「ふ~ん! 分かったよぉ。柚月は、謝る気……ナシってことね!」

 と言うと同時に、私を含めた3人同時に、柄付きのナイロンたわしで、柚月をくすぐった。

 「ううー! んんー!」
 「えーい! 柚月! ジタバタするねぇ!」

 私は、柚月を怒鳴りつけると、柚月の上着を捲って、脇の下へと直接たわしを突っ込んだ。

 「うう~~~~~~~~!」
 「おい! 私にもやらせてよ、押さえてるの、疲れてきたよ!」

 悠梨が言って、結衣が交代しようとした時、隙を突いた柚月が、悠梨を振りほどいてダッシュした。

 「回り込めー!」
 「捕まってたまるかー!」

 結衣の号令で、挟み撃ちにされた柚月の逃走劇は、10秒で終了した。

 「うううーー!」

 折角剥がしたガムテープも、また新しいガムテープに貼り直された柚月は、今度は、結衣のGTS25の後席に押し込まれた。

 「今度は逃げられないぞ~!」
 「むううううー!」

 15分が経過して、ようやく柚月は解放された。
 柚月は上半身は下着で、靴下も両方脱げた状態で、脱力していた。

 柚月は、しばらく結衣のGTS25の中に放っておくとして、私は、他の3人と、この間の解体屋での話をしていた。
 
 「へぇ~、R32のスピーカーって、そんな秘密があったのか~」

 結衣がそう言って、私とアクティブアンプの配線をトランクの中から見ていた時、私は結衣に言った。

 「ねぇ、結衣のリアスピーカーさ、室内が透けて見えてるんだけど」
 「言うなよ!」
 「だって、見えるんだもん」
 「そんなこと言う、マイのはどうなんだよ?」

 私のR32のトランクを開けて中から見ると、結衣が言った。

 「人のこと、言えないじゃん!」
 「……だね」

 トランクから顔を出すと、互いの顔を見合わせて言った。

 「柚月のは?」

 柚月のGTS-4は、ロックされているため、結衣が言った。

 「柚月ー、出てきなよー!」
 「来るなー!」

 柚月は、まだ結衣にやられると思って、結衣のGTS25のドアを、内側からロックした。
 GTS25のキーは、イグニッションの位置に刺さったままだ。

 「あっ! 柚月! この野郎! 開けろー!」
 「やだー!」

 この調子で、約10分続いた。
 ようやく、柚月のGTS-4も見ることができたが、やはり室内が透けて見えていた。
 つまりは、私たち全員が、リアスピーカーのエッジが破れているという事だった。

 「参ったな……」

 結衣が言うと、柚月が言った。

 「リアスピーカーは、安いよ~。グレードを、スタンダードレベルにすれば、通販で5千円、お店でも6千円かな~」

 う~ん、今までの、カー用品の高価な設定に、慣れきっている私たちには、とてもお安い価格に思えてきた。
 特に、私はフロントを交換して、その変わりように、驚いた経験があるため、尚のこと、効果に対する価格は安く感じられた。

 「なんか、今日買って交換しちゃってもいいくらいだね」

 私が、漠然と思っていたことを、結衣に言われてしまった。
 すると、それを訊いた柚月がニヤッとして言った。

 「それは、どうかなぁ~?」
 「なに?」

 結衣が言うと、柚月が返した。

 「じゃぁ、訊くけどさ~。結衣は、どの工具を使って、リアスピーカーを外す気?」

 結衣は、トランクに入っていた、柄が、太くて長いドライバーを出した。
 それを見た柚月は、ニヤリとした表情はそのままに

 「ぶっぶ~、ハ・ズ・レ、それじゃぁ、入らないよぉ~」

 と、嫌味たっぷりに言った。
 それを見た結衣は、ムッとして

 「じゃぁ、こっちだ!」

 と言うと、スパナを出した。
 すると、それを見た柚月は、もっと意地悪い声で言った。

 「ぶっぶ~、ハ・ズ・レ、それじゃぁ、回らないし、そもそも先割れスパナを使おうという発想が、既にダメだよね」
 「じゃぁ、何で緩めるんだよぉ!」

 結衣が言うと、柚月がトランクの中にある工具箱から、3つ工具を出して言った。

 「ラチェットレンチか、板ラチェットか、若しくは、板型のプラスラチェットドライバーか、だね」

 結衣は、それを見ると言った。

 「う~ん、今のコイツから借りるのは、癪に障るしなぁ……よし、折角、ここにいるんだから、工具も見て行こう」

 確かに、いつも部内で作業をしているために、あまり工具の必要性を感じなかったが、外や、家で必要になった時のために、最低限の工具はあった方が良いような気がしてきたよ。

 柚月を先頭に、工具売り場を回ってみた。
 柚月曰く、まずは、しっかりとしたプラスとマイナスのドライバーが、理想を言うと、プラスは細、中、太の3種。そして、プライヤーとラジオペンチ、8mm~17mmサイズのメガネレンチ、それとラチェットレンチセット、ハンマーあたりを揃えて、以後は、必要なものを都度足していく……というスタイルでやっていけば良いかな……というものらしい。

 メガネレンチって、部では結構、蹴ったり叩いたりして、乱暴に扱ってるけど、1本で2500円とか、高いのね。……と、思いきや、こっちのは柚月の言ったサイズ全部で5本がセットになって、980円ってのもあるよ。
 え? 価格の違いは、精度の違いだから、初心者なら、ガンガン使い倒して、後に高い工具に買い替える前提で、安いセットっていう考え方でも、しっかりしたものを、長く使うって考えで、高い物を買うってのも、どっちも間違いじゃないよだって?

 ふーん、考え方次第って、選び方でOKなのね。今ので最低限のセットだから、最低限でも4~5千円はかかる訳か……まぁ、今日は、そもそも、そんなつもりで来てないから、お金もないし、今度で良いかなぁ。

 その後、みんなでカー用品店を回る事になった。
 思うんだけど、最近このメンバーで回るところが、ファストファッションの店や、イアンモールから、カー用品店や、ホームセンターに変わってきた気がするなぁ。

 なんか、私ら、JKっぽくなくね? 
 え? そもそも、3年生なんだから、そろそろJK気分から卒業しなきゃだって? 
 なんか、結衣、最近言う事が、マジ身も蓋もないんだけど……。
 なに柚月? 私は、JKよりJMの方が良いって? 何言ってんの? ……誰もティアナの中古車の話はしてない!

 そこで、結衣は、アクティブアンプ・バイパス配線と、リアスピーカーを買っていたが、私と柚月は、ターゲットになるスピーカーを聴き比べで選んでから、価格をスマホで撮った。
 やっぱり、学生さんはお金がないんだよ。

 そして、休み明けの月曜日、1限の授業終わりに、教室にやって来た水野に頼まれ、私は、放課後になると、みんなに部活を任せ、解体屋さんへと向かっていた。
 今日までに渡す、お金と書類があるのだが、水野は、職員会議で、出られなかった事を忘れていたそうだ。

 必要なものを渡して、おじさんの世間話につき合う中で、ふと、土曜日の工具の話に触れて、ここでは、どんな工具を使っているのか、とか、おススメなんかあるのか? とか、訊いてみたところ、おじさんは、ちょっと待つように言って、事務所の奥へと引っ込んでいくと、樹脂製の工具箱を持ってきた。

 中を見せてもらうと、柚月の言っていたセット以外にも、大きさの違うペンチやら、ハンマーも2本入っていたり……と、プロと言った感じの工具箱だった。
 参考にします。と言って、蓋を閉じようとすると、おじさんに止められた。

 おじさん曰く、その工具は、数年前に廃車で回ってきた、車屋さんのハイエースの荷室に入っていたもので、いくら連絡しても、全然取りに来ず、邪魔だから、私に、タダでくれるというのだ。
 さすがに、タダだと気が引ける……と言うと、おじさんは、事務所の表の自販機を指さして、缶コーヒー1本で売ってあげると言うので、私の愛すべき、初めての工具セットは、総額120円で手に入れることが出来たのだった。

 私の暗黒の歴史が、始まった瞬間だった。

 
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