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春は出会い……

ブヒンドリシャ

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 翌日の放課後、私は柚月に捕まって、第2体育館の準備室に連行された。
 柚月のバカ力で押さえられ、叫び声を上げようとした口に、あんパンを突っ込まれてしまった。

 「マイ~。食べ歩きはよくないよ~」
 「むむー! むうー!」

 まるで私が悪者のようなシチュエーションで、市中引き回しをされながら、準備室に行くと、既に悠梨がいた。

 「マイを捕獲してきたよ~」

 柚月が言うと、悠梨が

 「おー舞華……って言うと、オーマイガーみたいでウケるな。部長のくせに逃げるなよー! さっさと活動しようぜー」

 と1人でウケながら私を受け取ると、パイプ椅子に座らせた。

 「むむー! むぐー! 」

 私が言うと、柚月が

 「まぁまぁ、悠梨やん。マイにおやつ食べさせてあげよ~やぁ~」

 と言って、悠梨が

 「誰がレトリィバァやねん! 」

 と、ツッコんでいた。
 
 コイツは、渡邉悠梨《わたなべゆり》。高校からのクラスメイトだが、柚月と気が合うので、柚月とのコンビネーションでの悪だくみが多い。
 なるほど、部の件は、このコンビの仕業だったのか……。

 あんパンをすっかり片付けると、私は立ち上がって外に出ようとしたが、2人に入り口前に立たれて、ブロックされてしまった。

 「マイ、どこ行くん? 」

 けったいな京都訛りでとぼける柚月をかわすべく

 「トイレ」

 と言うと、2人は

 「じゃぁ、私らも行こ~」

 と一緒に来た。

 「なんでトイレに一緒に来るのよ! 」
 「なんで~、私らいつも一緒じゃん! 」
 「競合校のスパイに、創部直後の部長を亡き者にされたら困るやん? ガードやで」

 こんな、部の体も成してない弱小部をマークする学校なんてあるか! それに部長を亡き者って、どんだけ物騒な部活動だよ。
 結局、トイレも見張られて逃げることは叶わず、3人で部室に戻った。

 「まだ来ぉへんのぉ~」

 柚月のエセ京都人はいつまで続くのだろう? そして、何を待っているんだろう? と思いつつも、柚月の目が窓に向いた瞬間に、足を入口の方にぴくっと向けたところ

 「マイ、逃げられへんでぇ~」

 柚月が言うと、悠梨が言った。

 「縛っちゃう? それか、あそこのロッカーに入れて鍵かけちゃうとか」

 オイオイ、部長の扱い雑だな。
 縄跳びの縄を持って、私に襲い掛かろうとしている悠梨を、蹴りでかわしていると

 「来た!」

 柚月が言ったので、私たちは後を追っていった。
 第2体育館脇の部車スペースには、以前の2台が押し込められていたが、そこに、白い色のR32がバックで入ろうとしていた。

 第一印象は、なんかボロい。
 なんか全体的にくたびれてる感が凄いし、トランクの両端に白いテープが貼ってあるのも、それを加速させている。更に、前から見ると左右でライトが違うようにも見える。

 車が止まると、運転席から水野が降りて来た。
 すると、柚月が言った。

 「せぇ~んせぇ。用意してくれたんですねぇ。さっすがぁです。お約束通り、残りの部員は、再来週までに」

 そう言えば、部員を集めた時、柚月は交換条件としてR32を部車に用意しろと言っていた。
 水野は、頭をボリボリと掻きながら言った。

 「一応、用意はしたが、こんなもんしか用意できなかった。これは、部品取り車だったものだ」

 ブヒンドリシャ? 私が意味が分からずにフリーズしていると、柚月が耳打ちした。

 「部品取り車ってのは、他の同型車を生かすために、部品を提供するドナー車のこと。つまりは、廃車後の第2の人生ってとこやな」

 なるほど、他の車を生かすための犠牲になったのね。だから、ライトが左右で違うのか。
 ……でもって、なんで同じ車でライトが2種類あるんだろうね?
 私が不思議そうに見ているのを察した水野が言った。

 「それは、オプションのプロジェクターライトと、標準のライトの違いだな」

 訊くと、R32スカイラインは、通常だとフォグランプ内蔵の普通のライトがつくけど、オプションでプロジェクターライトになるそうだ。ちなみにGT-Rというグレードは、標準がプロジェクターライトらしい。
 私的には、目みたいに丸い眼球のあるプロジェクターライトに親しみを感じて良いと思うのだが、世の中には標準が好きな人も相当数いるらしい。

 室内を覗くと結構バラバラだよ。
 後ろの席は無いし、コンソールボックスのところがごっそりと外れて無くなってるし、ラジオもないよ。

 どうしよう? って訊いたら、柚月と水野は呆れてこっちを見てる。

 「マイ~。部車に後席とかオーディオは、あってもしょうがないから~」
 「なんで? これじゃ、みんなでドライブに行けないよ」
 
 柚月は、はぁ~っとため息をつくと言った。

 「マイ、部長なんだからしっかりしようや。この間、訊いたやろ? それじゃ、遊び要素の強いサークル活動になって、お取り潰しになるって。この車をバチッと整備して、練習して、競技に勝てる部にするのが目標や。それには、そういう装備は必要ないで~」

 すると、水野がやって来て言った。

 「最初の活動は、この車のブレーキの整備だ」
 「えっ!? 」

 私と柚月が同時に言った。
 どういうこと? いきなりブレーキの整備とはヘビー級ですな。
 それは一体全体? と思っていると柚月が言った。

 「どういうことですか~? 」
 「見たまえ」

 と言った水野が、前輪の隙間を指さした。
 私にはさっぱり分からなかったが、柚月がばっと屈みこんで覗くと

 「キャリパーがない! 」
 「その通りだ。定番のタイプMキャリパーを持っていかれている。リアもだ」
 
 私にも理解できるのは、どうやらブレーキの部品が無くて、恐らくこの車は止まらないので、整備が必要なのではないか? ということだ。
 恐らくサイドブレーキは効くのだろう。サイドブレーキは引かれ、ギアがバックに入れられている。

 水野は言った。
 
 「キャリパーはネットにて入手済みだから、数日後に届きはするが、オーバーホールの上で取り付けるのが望ましいので、最初の活動に相応しい、やりがいのあるものになったぞ」

 柚月は、ちょっと当てが外れた……という表情をしていたが、私に見られていることに気がつくと、シャキッとして

 「さあ~、やろかぁ~」

 と言って誤魔化していた。

 水野は、このR32を運んできたトラックの返却に行くというので、出かけていき、私たち3人は、この怪しさ満点のR32を見てみることにした。
 受け取った鍵を回すが、凄く引っ掛かりがあって、一度逆に回さないと動かない程、渋かった。

 「動きが悪すぎだよー」

 悠梨が言うので、どれどれ……と鍵を受け取って、私は驚いて思わず言った。

 「この鍵、全然違う鍵じゃん! 」
 「えっ!? マイ、私にも見せて~」

 柚月に2本の鍵を見せた。
 私の鍵は、握りの部分が黒いゴムっぽい感じで、そこにボンネットについているのと同じマークが彫られていた。
 それに対して、水野が持ってきたR32のは、握りの部分が一回り小さく、握りに馬の絵が描かれているものだった。

 「この車の、合鍵だよ~」

 柚月が言って、私と悠梨は驚いた。

 「でもさ、合鍵でも問題なくね? 」
 「ちゃんとした鍵屋さんのだったらね。でも、ホームセンターとか、カー用品店とかの合鍵って、元の鍵に対して誤差が大きいんだよ。しかも、恐らく、この鍵は合鍵から作った合鍵とかだよ。悠梨さ、これで助手席の鍵やってみて」

 悠梨が助手席に回って鍵を挿すが

 「回らないー! 」

 と言うので、柚月が言った。

 「まずは、正しい鍵を買うところからだね」
 「えっ!? 」

 私と悠梨が、再び言った。
 すると柚月はニコッとして

 「大丈夫、大丈夫、運転席ドアの内張り剥がして、鍵穴を出して、番号控えてディーラーに行くだけだから~」

 と言ったが、私にはその作業がなほど軽作業には、その当時は思えなかった。

 室内を見ると、走行距離は14万キロ台後半を刻んでいた。

 「信用できないけどね~」

 柚月は言ったが、何がだろう。
 コンソールボックスは、後席があった辺りに転がっていた。
 それを元通りに取り付けようとしたところ、柚月に止められた。

 「つけなくていいよ~」
 「えっ!? 」
 「別に、みんなで使う部車だから、小物を入れておく必要ないし、サイドブレーキの調整の邪魔になるから。マイがスペアに持っておけばいいんじゃないかな~」

 グローブボックスを開けると、物がたくさん入っていた。
 車検証入れと、懐中電灯と、昨日ホームセンターで購入を断念したUSBポート付き電源ソケットも入っていた。

 「貰っておけばいいと思うよ~。使えればラッキーくらいの気持ちでさ~」

 柚月が言ったので取り敢えず貰っておいた。車検証入れと、懐中電灯は部室に置くとして取り出すと、グローブボックスの奥底に、未開封のあんパンが入っていた。……賞味期限は、4年前だった。

 「こういう車の中って、大抵小銭か、食べ物が出てくるものなんだよね~」

 と言う柚月は、ダッシュボードの周辺にある配線を手早く外していた。
 
 「何の配線? 」
 「ナビがついてたんだろうね~。GPSアンテナと、テレビのアンテナの残骸だよ~」

 車内の捜索を終えて外に出ると、柚月はボンネットを開けて一瞥すると言った。

 「やっぱり黒だ~」
 「えっ!? 私今日黒じゃないよ! 」

 私は、柚月に覗かれたのかと思って、反論すると柚月は笑いながら言った。

 「マイの下着の色じゃなくて、この車の元の色。前期型2ドアに白の設定は無いの。だから、ボンネットを開ければ元の色が分かるの」

 確かに、エンジンルーム周りの隔壁等は黒い色になっていた。
 昨日見た私の車は、外と同じ赤になっていたので、そこは車体と同じ色なのだろう。
 更に柚月が隔壁にある青いプレートを指さして言った。

 「ここに、新車時の色や、積んでたエンジンの種類、MTかATかも打刻されてるんだよ~。
 だから、ここを見ると一目瞭然だからね~」

 ふーん、なるほど、これがその車の素性を示すプレートなのね……と感心して眺めていると、背後に奇妙な気配を感じて振り向いた。
 すると、悠梨と、柚月が私を囲むように立っていて

 「じゃあ、マイの今日の下着の色、確認しよかぁ~」
 「柚月、グッジョブ! 」

 と言うと、柚月が私を羽交い絞めにして、悠梨が屈み込もうとしているので、私は蹴りを入れながら言った。

 「やめろー! 変態どもー!! 」

 すると、背後の柚月に口を押えられてしまった。
 更に柚月は言った。

 「悠梨~。早くさっきの縄跳び持って来て~!」
 「ラジャー! 」
 「むむむー! うむー!」

 私は思った。
 この2人以外の人間がいない時は、活動を休もう……と。


 
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