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春は出会い……
納屋の奥の赤いクーペ
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電光表示板に、出た番号を、受験票の番号を見比べる。
485番。良かった、1回で合格だ。
写真は制服で撮る。
一応、校則で決まっているというのと、今後の思い出として残るというのもあって、張り切ってアイロンがけをし、用意してきた。
化粧はするが、ナチュラルメイクにしないと、写真に写った時に変な顔になってしまうので、ナチュラルの範囲内で、しっかりとやる。
前にバイトの面接をした時、履歴書に貼った写真が、メイクのし過ぎで失敗し、面接した店長からマジで笑われた事があるので、今回は、事前に最寄りのイアンモールにある証明写真機で、ベストになるポイントを押さえた。抜かりはない。
こうして、私、沢渡舞華は免許証を手にした。
進級早々、年齢が上がる事と、小学校の頃、出席番号が早い事がコンプレックスだったが、今だけは、4月の誕生日を嬉しく思った。
そのおかげで免許が誰よりも早く手にできたのだから。
私の住むのは、とある山間部にある街だ。
私が生まれる遥か昔、バブルの頃は、別荘やら、ペンション、ディスコの建設ラッシュで、『リトル原宿』なんて呼ばれたそうだが、バブル崩壊とともに、それらは廃墟化し、元の小さな街に逆戻りした。
山間部なので、なにせ都会とはワケが違う。
家から歩いて行ける範囲にコンビニなんて無いし、昔から、ちょっとした買い物でも、母さんの車か、爺ちゃんの軽トラに乗せて貰って行っていた。
え? さっき、イアンモールに写真撮りに行ったって言わなかったかって?
それは、この地域の高校生の必需品である原付で行った訳です。
山間部にあって、公共交通のインフラが整っていないこの地域では、高校生になったら原付に乗るのは当たり前で、そうでないのは、親か祖父母が毎日送り迎えをしてくれるようなセレブ(?)だけなのである。
高校も、自転車置き場は、自転車でなく大半が原付が置かれていて、授業でも、月に1限は、安全運転講習の時間が取られている。
そして、3年生になると、4輪免許の取得が推奨されていて、2輪通学者は、早めの4輪通学への切り替えを促される。
私も、女子という事もあって、学校側から切り替えを強く勧められ、今回免許を取った。
それでなくても、取りたかった理由があった。
まず、バイクは冬場死ぬほど寒い、そして、冬場の凍結でコケる。更に、原付はヘッドホンで音楽聞いてると捕まるとか、2段階右折が面倒など、ややこしいルールが多くて、早く4輪へと切り替えたいと思っていたのだ。
学校へと寄って、免許取得の報告と、通学及び駐車スペースの許可を、車が決まっていない段階で申請して受理されたため、必要書類を受け取って家へと戻った。
リビングにはお母さんがいた。
「ただいま~」
「おかえり。舞華、免許取れたんだってね、おめでとう」
「ありがと。さっき学校に寄って、報告と駐車スペースの申請してきたよ」
「そう」
「それで、車の事なんだけど」
私の家には車が3台ある。
お父さんのエルグランドと、お母さんのマーチ、そして、離れに住んでいる爺ちゃんの軽トラック。
しかし、そのどれもが、平日の昼は使われているため、私の通学には使えないのだ。
そんな事をバイト先で話したところ、先輩からいい話があった。先輩は、来月辞めて東京に引っ越すため、使っていた車を処分するから、くれるというのだ。
古いけど、タント・カスタム。まぁ、イケているし、室内も広いから、使い勝手良いと思うし、燃費も良いし、申し分ない車だと思えたので、それを切り出そうとした。
すると、お母さんは次の瞬間
「ああ、車はね、お兄ちゃんが置いていったやつ、使いなさい」
と、言った。
「ええ~……ヤダよぉ、兄貴が置いていったやつなんて」
「最初は、中古車の方が良いの。お兄ちゃん、この間連絡したら、もう使わないって言ってたから、舞華が使いなさい! 」
私には、歳の離れた兄貴がいる。名前は沢渡遊馬。
今は、東京に暮らし、結婚もして子供もいるのだが、この兄貴が車道楽で困ったものだった。
私が小学生の頃から、夜になると、車でどこかへと出かけていき、翌朝ボコボコにして戻って来たり、戻って来ない車も多々あった。
1週間で、3回車が変わったこともあるくらい、しょっちゅう車が入れ替わっていたのだ。
私の学校には、大きな桜の木が3本あったそうなのだが、うち1本を、ウチの兄貴が、RX-7という車で衝突して、倒してしまったそうだ。
なので、さっき免許取得の報告に行った際も、古株の先生から
「沢渡~、兄貴みたいに桜の木、倒すなよ」
と、言われてしまったのだ。
確かに、その兄貴が、数年前に東京に行く際に、車庫が確保できなかったと言って、当時乗っていた赤い車を納屋に入れていったのを思い出した。
あの兄貴のクルマなど、まっぴらごめんなので、私は言った。
「ヤダよ~。バイト先の先輩が車くれるって言うから、そっち貰う~」
「車は何? 」
「タント」
「軽はダメ! 」
即答でバッサリ斬られた。
「なんで~? 」
「軽で運転慣れると、軽しか運転できなくなるから。それに、軽は危ないからダメ! 」
「私、オートマで、広い車がいい~! 」
「舞華、あんた、何のために普通免許取ったの! 最初にマニュアル運転して慣らしておかないと、ただ免許だけ持ってる人になるわよ! それにオートマのワゴンなんて、子供が出来てから嫌って程、乗れます! 今の舞華に必要ありません! 」
確かに、私は限定ではなく、普通免許を取った。
しかし、それはお母さんのマーチと、爺ちゃんの軽トラが、マニュアル車だったからで、深い意味はない。
ただ、こうなったお母さんの意見を覆すことは、私だけでは不可能なので、私は夕食会議を待った。
……結果、満場一致で、兄貴の置いていった車を使う事で決定した。
お父さんも、爺ちゃんも、婆ちゃんも、軽は危ないからやめろという点で一致していた。爺ちゃんは軽トラに乗っているのに……だ。
夕食が終わると、お父さんと、爺ちゃんと3人で、納屋の中を確認しておく事になった。
納屋は、爺ちゃんたちが農業をやっていた頃は、農機具などを入れて使っていたが、やめて以降は、兄貴が、車やバイクの部品などを、仕舞っておく場所になっていた。
ここまでみんなに否定された以上、諦めて兄貴の置いていった車を使うしかない。卒業まで我慢して乗ればいいんだ。
卒業して大学に入ったら、他の車にすればいい。その時は、そう思っていた。
目指す納屋の奥には、埃を被って白っぽくなった赤い色の車があった。
見てみると、赤とは言っても、真っ赤ではなくて、ワインレッドというのだろうか、ちょっと暗めの赤のメタリックだった。
車体の大きさは、軽よりは遥かに大きいが、お父さんのエルグランドを見慣れていると、小さめで、『大きすぎず、小さすぎず』と、いうやつだろう。
横に回ると2ドアで、ドアが長いなー……という印象の強いものだった。屋根には天窓が付いていて、トランクには羽がついている。
見た感じ、カッコ良い感じで、決して見た目は悪くないが、私は、こういう2ドアのスポーツタイプのような車は好みではないので、正直、どうでもよかった。
受け取った鍵で、ドアのロックを外す。今時、鍵を挿して開ける車なんて、爺ちゃんの軽トラくらいしか見た事ない。この段階で古臭さが満点で、私は好きになれなかった。
ドアのノブを引いて開けると、大きくて重い印象を受けた。
室内に入ると、芳香剤の匂いと、カビの臭いがミックスされた、何とも言えない臭いが漂っていた。
ハンドルの右下にあるイグニッションにキーを挿し込み、右に回した。
“カチッ”
もう1度回してみるが
“カチッ”
エンジンがかからない。
その瞬間、私は思った。
「やったぁ、この車、壊れてるんだぁ」
485番。良かった、1回で合格だ。
写真は制服で撮る。
一応、校則で決まっているというのと、今後の思い出として残るというのもあって、張り切ってアイロンがけをし、用意してきた。
化粧はするが、ナチュラルメイクにしないと、写真に写った時に変な顔になってしまうので、ナチュラルの範囲内で、しっかりとやる。
前にバイトの面接をした時、履歴書に貼った写真が、メイクのし過ぎで失敗し、面接した店長からマジで笑われた事があるので、今回は、事前に最寄りのイアンモールにある証明写真機で、ベストになるポイントを押さえた。抜かりはない。
こうして、私、沢渡舞華は免許証を手にした。
進級早々、年齢が上がる事と、小学校の頃、出席番号が早い事がコンプレックスだったが、今だけは、4月の誕生日を嬉しく思った。
そのおかげで免許が誰よりも早く手にできたのだから。
私の住むのは、とある山間部にある街だ。
私が生まれる遥か昔、バブルの頃は、別荘やら、ペンション、ディスコの建設ラッシュで、『リトル原宿』なんて呼ばれたそうだが、バブル崩壊とともに、それらは廃墟化し、元の小さな街に逆戻りした。
山間部なので、なにせ都会とはワケが違う。
家から歩いて行ける範囲にコンビニなんて無いし、昔から、ちょっとした買い物でも、母さんの車か、爺ちゃんの軽トラに乗せて貰って行っていた。
え? さっき、イアンモールに写真撮りに行ったって言わなかったかって?
それは、この地域の高校生の必需品である原付で行った訳です。
山間部にあって、公共交通のインフラが整っていないこの地域では、高校生になったら原付に乗るのは当たり前で、そうでないのは、親か祖父母が毎日送り迎えをしてくれるようなセレブ(?)だけなのである。
高校も、自転車置き場は、自転車でなく大半が原付が置かれていて、授業でも、月に1限は、安全運転講習の時間が取られている。
そして、3年生になると、4輪免許の取得が推奨されていて、2輪通学者は、早めの4輪通学への切り替えを促される。
私も、女子という事もあって、学校側から切り替えを強く勧められ、今回免許を取った。
それでなくても、取りたかった理由があった。
まず、バイクは冬場死ぬほど寒い、そして、冬場の凍結でコケる。更に、原付はヘッドホンで音楽聞いてると捕まるとか、2段階右折が面倒など、ややこしいルールが多くて、早く4輪へと切り替えたいと思っていたのだ。
学校へと寄って、免許取得の報告と、通学及び駐車スペースの許可を、車が決まっていない段階で申請して受理されたため、必要書類を受け取って家へと戻った。
リビングにはお母さんがいた。
「ただいま~」
「おかえり。舞華、免許取れたんだってね、おめでとう」
「ありがと。さっき学校に寄って、報告と駐車スペースの申請してきたよ」
「そう」
「それで、車の事なんだけど」
私の家には車が3台ある。
お父さんのエルグランドと、お母さんのマーチ、そして、離れに住んでいる爺ちゃんの軽トラック。
しかし、そのどれもが、平日の昼は使われているため、私の通学には使えないのだ。
そんな事をバイト先で話したところ、先輩からいい話があった。先輩は、来月辞めて東京に引っ越すため、使っていた車を処分するから、くれるというのだ。
古いけど、タント・カスタム。まぁ、イケているし、室内も広いから、使い勝手良いと思うし、燃費も良いし、申し分ない車だと思えたので、それを切り出そうとした。
すると、お母さんは次の瞬間
「ああ、車はね、お兄ちゃんが置いていったやつ、使いなさい」
と、言った。
「ええ~……ヤダよぉ、兄貴が置いていったやつなんて」
「最初は、中古車の方が良いの。お兄ちゃん、この間連絡したら、もう使わないって言ってたから、舞華が使いなさい! 」
私には、歳の離れた兄貴がいる。名前は沢渡遊馬。
今は、東京に暮らし、結婚もして子供もいるのだが、この兄貴が車道楽で困ったものだった。
私が小学生の頃から、夜になると、車でどこかへと出かけていき、翌朝ボコボコにして戻って来たり、戻って来ない車も多々あった。
1週間で、3回車が変わったこともあるくらい、しょっちゅう車が入れ替わっていたのだ。
私の学校には、大きな桜の木が3本あったそうなのだが、うち1本を、ウチの兄貴が、RX-7という車で衝突して、倒してしまったそうだ。
なので、さっき免許取得の報告に行った際も、古株の先生から
「沢渡~、兄貴みたいに桜の木、倒すなよ」
と、言われてしまったのだ。
確かに、その兄貴が、数年前に東京に行く際に、車庫が確保できなかったと言って、当時乗っていた赤い車を納屋に入れていったのを思い出した。
あの兄貴のクルマなど、まっぴらごめんなので、私は言った。
「ヤダよ~。バイト先の先輩が車くれるって言うから、そっち貰う~」
「車は何? 」
「タント」
「軽はダメ! 」
即答でバッサリ斬られた。
「なんで~? 」
「軽で運転慣れると、軽しか運転できなくなるから。それに、軽は危ないからダメ! 」
「私、オートマで、広い車がいい~! 」
「舞華、あんた、何のために普通免許取ったの! 最初にマニュアル運転して慣らしておかないと、ただ免許だけ持ってる人になるわよ! それにオートマのワゴンなんて、子供が出来てから嫌って程、乗れます! 今の舞華に必要ありません! 」
確かに、私は限定ではなく、普通免許を取った。
しかし、それはお母さんのマーチと、爺ちゃんの軽トラが、マニュアル車だったからで、深い意味はない。
ただ、こうなったお母さんの意見を覆すことは、私だけでは不可能なので、私は夕食会議を待った。
……結果、満場一致で、兄貴の置いていった車を使う事で決定した。
お父さんも、爺ちゃんも、婆ちゃんも、軽は危ないからやめろという点で一致していた。爺ちゃんは軽トラに乗っているのに……だ。
夕食が終わると、お父さんと、爺ちゃんと3人で、納屋の中を確認しておく事になった。
納屋は、爺ちゃんたちが農業をやっていた頃は、農機具などを入れて使っていたが、やめて以降は、兄貴が、車やバイクの部品などを、仕舞っておく場所になっていた。
ここまでみんなに否定された以上、諦めて兄貴の置いていった車を使うしかない。卒業まで我慢して乗ればいいんだ。
卒業して大学に入ったら、他の車にすればいい。その時は、そう思っていた。
目指す納屋の奥には、埃を被って白っぽくなった赤い色の車があった。
見てみると、赤とは言っても、真っ赤ではなくて、ワインレッドというのだろうか、ちょっと暗めの赤のメタリックだった。
車体の大きさは、軽よりは遥かに大きいが、お父さんのエルグランドを見慣れていると、小さめで、『大きすぎず、小さすぎず』と、いうやつだろう。
横に回ると2ドアで、ドアが長いなー……という印象の強いものだった。屋根には天窓が付いていて、トランクには羽がついている。
見た感じ、カッコ良い感じで、決して見た目は悪くないが、私は、こういう2ドアのスポーツタイプのような車は好みではないので、正直、どうでもよかった。
受け取った鍵で、ドアのロックを外す。今時、鍵を挿して開ける車なんて、爺ちゃんの軽トラくらいしか見た事ない。この段階で古臭さが満点で、私は好きになれなかった。
ドアのノブを引いて開けると、大きくて重い印象を受けた。
室内に入ると、芳香剤の匂いと、カビの臭いがミックスされた、何とも言えない臭いが漂っていた。
ハンドルの右下にあるイグニッションにキーを挿し込み、右に回した。
“カチッ”
もう1度回してみるが
“カチッ”
エンジンがかからない。
その瞬間、私は思った。
「やったぁ、この車、壊れてるんだぁ」
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