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しおりを挟む後ろを振り返ると、爽やかな笑みを浮かべた男が立っている。同じ制服のはずなのに彼が着るだけで何倍もカッコよく見えた。
そして、周りの男たちとは天と地ほどの差がありそうなほどのオーラを放っていた。
「ごめんね、今日は遅くなった」
静は無言で首を横に振る。
男は静の目の前に立つと頭を撫でる。
「き、汚いから触らないほうがいいっ」
静は男の手をやんわりと払い除けるも、男は気にせずなぜ続ける。
「いいよ、静なら汚くない」
その言葉だけで静は涙が出そうになった。
こんなかっこいい自分とは全く違う世界を歩んできたような人が優しくしてくれる。そんな現実が自分にあるなんて思っていなかった。
「…っありがと」
「あれ?静泣きそうになってる??」
静より頭一個分身長の高い男は腰を屈めて笑みを浮かべながら静の顔を覗き込む。
「な、泣きそうになんかなってないよ!」
「そっか」
向井宗介ははにかんで、地べたに腰をかける。
静も人1人分くらいのスペースを空けて隣に腰をかけた。
静と宗介が出会ったのは1年ほど前。
クラスメイトに上履きを隠され、探す気力も起こらず裸足のまま屋上に立っていた。
遠くを眺め、ひたすら今という現実を記憶から消したかった。
いっそのことこの場からも消えてしまいたい。
だけど、自殺なんて怖くてできない自分が情けなくなる。静はそんな気持ちを抱えながら何気なく、柵に身を乗り出した。
その時、突然後ろから温かい何かに包み込まれた。
「大丈夫??」
静は振り返り男の顔を見て言葉を失う。夕日に照らされて艶やかに光る黒い髪。目尻が少しだけ下がったアーモンド型の大きい目、真っ直ぐと通った鼻筋、薄い唇。まるで芸能人にでも会ったかのような気持ちになった。
胸がうるさいくらいに高鳴る。
「だ、だ、だ、だだ大丈夫」
緊張のあまり舌がもつれて、うまく話せない。
静はバカにされるかと思ったが、男は一切笑わず落ち着いてとだけ静に声をかけた。
しばらくして話を聞くと、宗介は友達と待ち合わせをしていたが時間が余っていた。
そのため、屋上で暇を潰そうとしていたところ、裸足の静が柵に手をかけて身を乗り出していたので、そこから飛び降りるかと感じて慌てて止めに入ったということが話された。
そして、その時になって宗介がひとつ年上の先輩であることに気づいた。
自分はこの人から見ると、今にでも屋上から飛び降りそうなほど惨めで可哀想に見られていたのかと思うと悲しみより恥ずかしさの方が勝った。
それ以来、2人は約束はしていないが時々屋上で会うようになった。自分が阻害される世界で唯一存在を認めてくれる眩しい人。
静が宗介を好きになるのには時間はかからなかった。
「静、昼食べないの?
そんなにいっぱいあるのに」
「う、うん…
早弁したんだ
これはあとで食べようかなって」
静は咄嗟に嘘をつく。
自分がいじめに遭っていると知ったら、宗介まで軽蔑して離れていくかもしれないと考えていたからだ。
「じゃあ、これ一口食べる?」
宗介はジャムパンの袋を開けると、静の口元に差し出した。そのパンに口をつけたら豚のような自分と宗介が間接キスになってしまう。そんなことは許されない。そう思い静は首を横に振った。
「だ、大丈夫!俺が食べたら汚いから」
静はハハッと苦笑いを浮かべるも、宗介はつられて笑うことなく不思議そうに静を見る。
「静のどこが汚いの?」
「え?」
「静はいつも自分は汚い、汚いっていうけど静は全然汚くないよ
どこが汚いのかわからない」
宗介は静から視線を外すと、目の前を真っ直ぐ見つめる。暴言の数々を受けて尖っていた心が宗介の言葉によって溶かされていき、それが涙となって流れる。
「…そっ、そんなこという人、そうくんくらいだっ…ありがとうっ…」
「うん、ありがとうもちゃんと言える
静は優しい人だ」
宗介は静のニキビだらけの頬を指でひと撫でする。
静は泣いていることがバレないように、三角座りをしていた膝に顔を埋めて鼻を啜った。
それに対して、宗介は特に何もいうことなくただ隣に座っていた。
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