43 / 98
3
しおりを挟むそれからさらに1か月ほどが経った。
赤の他人同士でも隣に住んでいれば時々、顔を合わすことくらいあるはずなのにそれすらもない。それは菫が蒴たちと顔を合わせないように意識しているのも理由にあった。
何をするにもやる気が起こらず、食欲も湧かないため体重は少しずつ減っていく。
大学にもなんとか通っているが、講義なんて全くと言っていいほど頭に入ってこない。
蒴と一緒にいる時は食事も食べて、さらにはデザートも食べてなんて無限に沸き立つ食欲に悩んでいたくらいだったのに。なんなら勉強も蒴に褒めてもらえるから頑張っていた。見た目も蒴が可愛いと思ってくれることが嬉しくて磨いていた。蒴中心で動く生活。
恋愛に依存しすぎて生活が乱れるなんて他人事だと思っていたのに。
蒴に依存しすぎていた自分に驚いたと同時に、そんな自分が蒴に依存をして束縛するなんて、嫌気が指して当たり前だという考えにいきついて涙をこぼすということが繰り返された。
夜になり暗い部屋の中で映画を見ていると、突然インターホンが鳴ってビクンと体を震わせる。
部屋の明かりをつけてインターホンを確認すると、蒴の彼女の姿があった。
なぜこの家に来たのか分からず困惑しながらも、インターホン越しに話した。
「…はい」
「あ!どうも、こんばんわ
突然すいません!この前お会いしたあの…蒴くんと付き合わせてもらってる…」
恥ずかしそうにしながらも口元には笑みを浮かべる彼女。その幸せそうな顔が菫をイラつかせる。
「あ、はい…」
蒴の彼女、菫が一番欲しかった肩書きだ。
彼女を見た途端、顔が引き攣っていくのが自分でもわかった。
「あのケーキ作ったのでよかったらお裾分けに」
蒴の彼女が作ったケーキなんていらないと断りたかったけど、蒴から彼女にはひどいことを言わないでと言われた。
そんな約束を忠実に守る必要もないのに追い返すこともできず、菫は扉を開ける。
「こんばんは、突然きてすいません
この前は挨拶もあまりできなかったので」
彼女の口角をあげて綺麗な微笑みを浮かべる。
「気にしてないです」
「あ…ならよかったです」
菫のあまりに無愛想な対応に彼女は戸惑った様子で菫を見ると、手元にあった紙袋を菫に差し出す。
「これよかったらどうぞ」
「…ありがとうございます」
素直にその紙袋を受け取り中を覗き込むと、パウンドケーキが入っていた。
店で並べられている商品のように綺麗なラッピングがほどこされていて、見た目も美味しそうだ。本当に手作りかと疑ってしまいたくなる。
「すいません、手作りなんかで…買ったものの方がよかったですよね??」
「いえ、綺麗すぎて売り物かと思いました」
「本当ですか?ありがとうございます」
菫はできるだけ感情を込めずに言ったが、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。
その顔を見て素直に綺麗だなと感じてしまう。
人間は人の顔を見て数秒で性格が判断できるなんて言うけれど、ふわっとした空気を纏った優しそうな女性だった。
小柄な体で守ってあげたくなるような女性。
0
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる