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第四章:仮面魔闘会
仮面魔闘会―予選―2
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合図と共に仮想戦場の術式が完成し、見えない魔力の膜が身体を包み込みます。
同時に時間制限を掛けられたわたしは、一刻も早く勝敗を決めるべく前へと駆け出した。
――一撃貰えば終わり
一々言われなくてもわかるような、それも聞きたくない事実でさえヴェルターはあえて口にします。
それは無知で遭う事故より、対策までした既知での失敗を望んでいるから……だと、思います。
当然、対策で事足りるならきっとそれに越したことはないのでしょうが。
距離を詰めるわたしを見て、十メートル先の相手は悠々と詠唱を始めました。
魔法士の対決は、いかに早く詠唱を終えるか、いかに先に魔法を当てるかがカギになります。
初撃を入れて主導権を握ることができれば、詠唱を含む準備が必要な魔法はひっくり返すのが難しいからです。
「真正面から来るなんて何考えてるんだか!」
楽団を操るかのように、得意気に「ふふん」と指揮棒のような細い杖をヤトが振りました。
すると周囲にボ、ボ、ボと第三位階魔法の《火炎弾》が周囲に五つも灯ります。
それは一般的な魔法士の半分もの数で、学生のヤトなら十分な評価がもらえるでしょう。
その内のひとつをわたしへ差し向けてきました。
魔法が発動しないほど魔力の少ないわたしでは、掠めただけでも終わり。
けれど――
えぇ、だから、どうしたのでしょうか。
魔法の使えないわたしは、相手の詠唱を見て自分が傷つくことよりも、賢者の期待に応えられない恐怖に身が竦んでしまう。
初めて認められた喜びをもう一度味わうため、刻まれた『敗北の恐れ』を断ち切り、さらに前を目指して足を踏み出します。
単発で迫る《火炎弾》をわずかに身体を傾けて射線からズレます。
すぐ近くを飛んで行った魔法に少し熱さを感じますが、魔力の膜を掠めてすらいません。
「――なっ!?」
この至近で避けられるとは思っていなかったのでしょう。
前進を止めないわたしとの距離はもう残り二メートル……あと一発撃てれば良い方でしょうね!
「このっ!!」
そんなわたしの甘い予想を外し、同時に二発も飛んできたのには驚きました。
けれどそんな見え透いた攻撃に当たってあげるわけにはいきません。
両膝を畳んで仰向けに滑ってやり過ごし、そのままヤトの元に到達したわたしは身体を起こして足を両腕で抱き締めました。
「んなっ?!」
魔力をちゃんと使えないわたしに攻撃手段はありません。
けれどこれだけ近付けば、《火炎弾》が二つ残っていても、放つ度胸はないでしょう?
そのためらいが命取り……ヤトの膝裏を優しく押して姿勢を崩します。
仰向けになって慌てている相手が混乱している間に下から抜け出した。
ヤトを地面に転がし腹ばいにさせ、膝を畳ませた足の間にわたしの足を差し込めば、人体の構造上簡単には抜け出せません。
全部攻撃じゃありませんし、魔力の消費はもちろんゼロですよ?
「なっ、何をする気?!」
集中力が切れたのか、宙に浮かんでいた残り二つの《火炎弾》が消えています。
余裕があれば一つ実験したかったのに残念ですね……。
ジタバタ暴れるヤトの右腕を無言で掴んで背中に回し固め、覆い被さるように頭を押さえて固定します。
後はヴェルターが施してくれた術式を信じるだけ、です。
「――解放、《神気剥奪》」
とても短い詠唱を小さく囁くと、バスタブの栓を開けたようにヤトの魔力に流れが生まれました。
抜け出そうと足掻くヤトを、わたしは技と力を総動員して抑えつけ、制圧状態を維持し続けます。
そうしてヤトの魔力はわたしの右腕を伝い、あちこちから溢れ出しながら身体の中心へ流れ込み始めました。
「ぐ、ぐぅ……ッ!!」
流れ込む魔力に右半身が内側から焼かれているような錯覚に陥るほど熱く感じる。
今すぐにでも右腕を離してしまいたい衝動に駆られながらも、わたしは小さく呻くだけで堪え忍びます。
派手な魔法戦を期待した周囲から見れば、恐ろしく地味な接近戦に映っていることでしょう。
ですがこれでもわたしにとっては劇的なのですよ!
「え……ちょっと、何、何、何!? 何をしてるの!?」
真意を知るのはわたしとヴェルターだけで、他の誰もが何が起きているか分からないと思います。
そしてわたしに組み伏せられているヤトは、理由もわからずにゆっくりと身体の力の抜けていくことに恐怖を感じている様子。
わかりますよ、その気持ち。
ヴェルターから『肉体は魔力に支えられている』と教えてもらった、わたしも体験済みの『魔力欠乏』のつらさはねっ!
「何をしていても魔法で何とかすれば……出ない!? どうして!!」
魔法は構築式に魔力を流すことで成立し、どちらが欠けても形になりません。
ヤトの精度では、わたしが掻き乱している魔力を上手く扱えないのでしょうね。
「どけっ! 金……獅子っ!!」
魔法が使えないことに焦るのは良いですが、わたしをその名で呼ばないで!?
魔力を吸い上げて制限時間を延ばしているものの、逃げられたら終わりなのは変わりません。
手を放してしまえばもう二度と捕まってなどくれないでしょうから、力をさらに込めて抑えます。
「な、にこれ……飛び入、りの変なの、に負け、るの?」
ヤトの身体から魔力と共に力も抜け、呂律も回らなくなってきました。
もうすぐ、です……よね?
暗転したがる意識と抵抗を続けるヤトの身体を抑え込み続け、ただ時間が過ぎ去るのを待ち望む。
どれだけ待ったでしょうか。
頭を掴んでいた右手が空を切り、前のめりに倒れそうになります。
抜けられたっ!!
ハッとぼんやりしてしまっていた意識を取り戻す。
すり抜け視界にも居ないヤトを探し、背後へ向き直って――
――勝者、金獅子!!
緊張の糸が切れ、がくん、と膝が崩れました。
身体を支えるだけの力はなく、四つんばいになって荒い息を上げてしまう。
そこでようやく……ザワザワと騒がしい周囲の音が耳に入ってきました。
『集中すると周りが見えなくなる』
ヴェルターに何度も窘められていて、未だ克服のできない課題です。
けれど今回はいい方向に転がったみたいでよかったですね。
「おめでとう。私の可愛い金獅子さん。君の勝利を素直に祝福するよ」
ゴーグルとマフラーで隠れた顔を上げると、目の前には異界の賢者が立っていて。
力の入らないわたしは思わず「え゛……?」とすごい声まで出してしまう。
仰向けに倒れていくのを拾い上げられるように抱きかかえられ、次の瞬間には――借家へと帰ってきていました。
――まさか反則とか棄権とかにならないですよね?
最後に考えたのはそんなことでした。
同時に時間制限を掛けられたわたしは、一刻も早く勝敗を決めるべく前へと駆け出した。
――一撃貰えば終わり
一々言われなくてもわかるような、それも聞きたくない事実でさえヴェルターはあえて口にします。
それは無知で遭う事故より、対策までした既知での失敗を望んでいるから……だと、思います。
当然、対策で事足りるならきっとそれに越したことはないのでしょうが。
距離を詰めるわたしを見て、十メートル先の相手は悠々と詠唱を始めました。
魔法士の対決は、いかに早く詠唱を終えるか、いかに先に魔法を当てるかがカギになります。
初撃を入れて主導権を握ることができれば、詠唱を含む準備が必要な魔法はひっくり返すのが難しいからです。
「真正面から来るなんて何考えてるんだか!」
楽団を操るかのように、得意気に「ふふん」と指揮棒のような細い杖をヤトが振りました。
すると周囲にボ、ボ、ボと第三位階魔法の《火炎弾》が周囲に五つも灯ります。
それは一般的な魔法士の半分もの数で、学生のヤトなら十分な評価がもらえるでしょう。
その内のひとつをわたしへ差し向けてきました。
魔法が発動しないほど魔力の少ないわたしでは、掠めただけでも終わり。
けれど――
えぇ、だから、どうしたのでしょうか。
魔法の使えないわたしは、相手の詠唱を見て自分が傷つくことよりも、賢者の期待に応えられない恐怖に身が竦んでしまう。
初めて認められた喜びをもう一度味わうため、刻まれた『敗北の恐れ』を断ち切り、さらに前を目指して足を踏み出します。
単発で迫る《火炎弾》をわずかに身体を傾けて射線からズレます。
すぐ近くを飛んで行った魔法に少し熱さを感じますが、魔力の膜を掠めてすらいません。
「――なっ!?」
この至近で避けられるとは思っていなかったのでしょう。
前進を止めないわたしとの距離はもう残り二メートル……あと一発撃てれば良い方でしょうね!
「このっ!!」
そんなわたしの甘い予想を外し、同時に二発も飛んできたのには驚きました。
けれどそんな見え透いた攻撃に当たってあげるわけにはいきません。
両膝を畳んで仰向けに滑ってやり過ごし、そのままヤトの元に到達したわたしは身体を起こして足を両腕で抱き締めました。
「んなっ?!」
魔力をちゃんと使えないわたしに攻撃手段はありません。
けれどこれだけ近付けば、《火炎弾》が二つ残っていても、放つ度胸はないでしょう?
そのためらいが命取り……ヤトの膝裏を優しく押して姿勢を崩します。
仰向けになって慌てている相手が混乱している間に下から抜け出した。
ヤトを地面に転がし腹ばいにさせ、膝を畳ませた足の間にわたしの足を差し込めば、人体の構造上簡単には抜け出せません。
全部攻撃じゃありませんし、魔力の消費はもちろんゼロですよ?
「なっ、何をする気?!」
集中力が切れたのか、宙に浮かんでいた残り二つの《火炎弾》が消えています。
余裕があれば一つ実験したかったのに残念ですね……。
ジタバタ暴れるヤトの右腕を無言で掴んで背中に回し固め、覆い被さるように頭を押さえて固定します。
後はヴェルターが施してくれた術式を信じるだけ、です。
「――解放、《神気剥奪》」
とても短い詠唱を小さく囁くと、バスタブの栓を開けたようにヤトの魔力に流れが生まれました。
抜け出そうと足掻くヤトを、わたしは技と力を総動員して抑えつけ、制圧状態を維持し続けます。
そうしてヤトの魔力はわたしの右腕を伝い、あちこちから溢れ出しながら身体の中心へ流れ込み始めました。
「ぐ、ぐぅ……ッ!!」
流れ込む魔力に右半身が内側から焼かれているような錯覚に陥るほど熱く感じる。
今すぐにでも右腕を離してしまいたい衝動に駆られながらも、わたしは小さく呻くだけで堪え忍びます。
派手な魔法戦を期待した周囲から見れば、恐ろしく地味な接近戦に映っていることでしょう。
ですがこれでもわたしにとっては劇的なのですよ!
「え……ちょっと、何、何、何!? 何をしてるの!?」
真意を知るのはわたしとヴェルターだけで、他の誰もが何が起きているか分からないと思います。
そしてわたしに組み伏せられているヤトは、理由もわからずにゆっくりと身体の力の抜けていくことに恐怖を感じている様子。
わかりますよ、その気持ち。
ヴェルターから『肉体は魔力に支えられている』と教えてもらった、わたしも体験済みの『魔力欠乏』のつらさはねっ!
「何をしていても魔法で何とかすれば……出ない!? どうして!!」
魔法は構築式に魔力を流すことで成立し、どちらが欠けても形になりません。
ヤトの精度では、わたしが掻き乱している魔力を上手く扱えないのでしょうね。
「どけっ! 金……獅子っ!!」
魔法が使えないことに焦るのは良いですが、わたしをその名で呼ばないで!?
魔力を吸い上げて制限時間を延ばしているものの、逃げられたら終わりなのは変わりません。
手を放してしまえばもう二度と捕まってなどくれないでしょうから、力をさらに込めて抑えます。
「な、にこれ……飛び入、りの変なの、に負け、るの?」
ヤトの身体から魔力と共に力も抜け、呂律も回らなくなってきました。
もうすぐ、です……よね?
暗転したがる意識と抵抗を続けるヤトの身体を抑え込み続け、ただ時間が過ぎ去るのを待ち望む。
どれだけ待ったでしょうか。
頭を掴んでいた右手が空を切り、前のめりに倒れそうになります。
抜けられたっ!!
ハッとぼんやりしてしまっていた意識を取り戻す。
すり抜け視界にも居ないヤトを探し、背後へ向き直って――
――勝者、金獅子!!
緊張の糸が切れ、がくん、と膝が崩れました。
身体を支えるだけの力はなく、四つんばいになって荒い息を上げてしまう。
そこでようやく……ザワザワと騒がしい周囲の音が耳に入ってきました。
『集中すると周りが見えなくなる』
ヴェルターに何度も窘められていて、未だ克服のできない課題です。
けれど今回はいい方向に転がったみたいでよかったですね。
「おめでとう。私の可愛い金獅子さん。君の勝利を素直に祝福するよ」
ゴーグルとマフラーで隠れた顔を上げると、目の前には異界の賢者が立っていて。
力の入らないわたしは思わず「え゛……?」とすごい声まで出してしまう。
仰向けに倒れていくのを拾い上げられるように抱きかかえられ、次の瞬間には――借家へと帰ってきていました。
――まさか反則とか棄権とかにならないですよね?
最後に考えたのはそんなことでした。
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