片翼の竜

もやしいため

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第二幕:始まりの一夜

033一夜の終わり

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 就寝前の騒動は、単なる寝る場所だけにとどまらない。
 何故ならカルオットをよく知る巫女ルイーズが、施設を存分に使いこなすからである。

「ふふ……ではアルカナ様、お風呂へ行きましょう!
 それともご飯ですかね? あ、ヘンライン様も汗臭いので絶対に入ってきてくださいね」

「そうだな、お前のせいで汗だくだよ!」

「わたしのせいだなんていやらしい。勇者様はそんな趣味趣向g……」

「ねぇよ! 勝手に捏造すんなよ!!」

「それと混浴ではありませんのであしからず」

「そんな発想も無かったし、前から利用しているよ!」

「まぁ、わたしは何処までもアルカナ様にお供してお世話致しますが!」

「お前が一番危険だけどな!?」

 そう時間も経っていないのに互いに躊躇なくやり合えう。
 そんなことができるのも、片方は純粋な武力協力、もう片方はその武力への信仰、と間にアルカナという信頼があるからだろう。
 当の本人はやはり何のことだか分からないまま「お風呂とはなんだ?」と小首をかしげて問いかける。

「あら……お風呂を知らないのですか」

「そういえば火山だからなぁ。お湯どころか周りが溶岩だし知ってるわけが無いな」

「して、何なのだ」

「簡単にいえばお湯の池で身体を洗うんだよ」

「湯? そんなもので我がどうにかなるとも思えないが……」

「いくら頑丈でも表面は汚れるだろ。いいから入って来いって。
 ルイーズ。アルカナに何かしたらマジで許さんからな。カルオットを敵に回してでも後悔させてやる」

「わたしがアルカナ様に危害を加えるとでも?
 ふふ……新しい扉を開けることはあっt「それを止めろと言ってるんだよ!」……仕方ありませんね」

 勇者が本気で威圧すれば、たかだか一般人の中の精鋭に過ぎない巫女では対抗できない。
 疑問符を浮かべる初心なアルカナが楽しくて、ルイーズもついつい度を超えてしまっただけで元々本気では言っていない。
 ヴァルの言葉に素直に従うのも、単なる意思表示で留められるのも、互いに力を持つからに他ならない。

 睨み合う二人の早い会話に口を挟む間がなかったアルカナは、呟くように「話は纏まったか?」と問いかける。
 この間を外すと言葉が流れてしまうことを早くも学習していた。

「ではアルカナ様行きましょうか」

「ヴァルはちゃんとこの部屋に戻ってくるのだぞ?」

「あぁ、もう大丈夫だ。じゃあ後でな」

 こうして彼らは別れた。

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 少々の長居をしてしまった風呂を出て、アルカナは上機嫌で部屋に続く廊下を歩く。
 傍に控えるルイーズはいろんな意味で頬を染めており、怪しげな雰囲気が醸し出されていた。

「って着替えてるし!?」

「寝る時にパジャマを着るのは当然でしょう」

「と言われて着ているのだが、問題があっただろうか?」

「無いけど! だからこそ今、俺が試されている!?」

「では何故ヴァルは変わらないのだ?」

「そうですよ。火山の装備を着たままなんて不潔ですよ?」

「……インナーは変えてるから良いんだよ」

「シーツが汚れてしまうので却下です」

「常在戦場って言ってな……」

「はいはい。ここは平和ですから早く外しましょうね」

 装備に身を包んで心の平穏を保とうとしたヴァルの思惑は儚くも崩れ去ってしまったが、考えればすぐに分かることだったので彼も随分と慌てているのだろう。
 美女二人を前に精神力だけで耐えるしかないのか……ヴァルは覚悟を決めて渋々装備を外していく。
 アルカナに寄り添うルイーズが、流し目で「ふふ……頑張って下さいね勇者様♪」などとギリギリ聞こえる声で囁くのが実に憎らしかった。

「ところでヴァルよ。風呂というものはなかなか良いものだな」

「溶岩で身体を洗う竜神様には温度が足りないと思ったが、人族の文化を喜んでもらえて光栄だ」

「何だか神殿の持ち主みたいに話してますね」

「話の流れだろ。疲れた後に入ると何だかとろけるよな」

「うむ、身体を熱されると考えれば不快だが、暖めると感じれば随分と心地よい」

「ヘンライン様、湯船であんな感じでとろけられてたんですよ? わたしがどうにかなりそうでした!」

「嫌な報告を聞かされた……言いたいことは分かるが、変なことしてないだろうな?」

「そこはわたしの理性を褒め称えるべきですよ! あの色気、艶気に抗ったわたしの理性をね!」

「理性って単語二度も使う必要あるか? お前、もう一緒に入るなよ……」

「それも難しいのです。だってアルカナ様脱ぎ着できないんですからね」

 胸をそらせて得意気に語るルイーズを見て、ヴァルは「……なぁ、アルカナ」と声をかける。
 きっとアルカナなら問題ないだろう、と確信して。

「なんだ?」

「お前、もう覚えただろ? 着替える手順」

「うん? 我を馬鹿にしているのか? あれだけ何度も着せ替えさせられていれば嫌でも覚える」

「あ~~~~! アルカナ様、そんなこと言っちゃいけません!!」

「ルイーズ……ご神体の口押さえるって信者としてどうなの?」

「これはわたしの尊厳に関わる問題なので良いのです!」

「尊厳って……」

「生き甲斐と置き換えていただいても構いません!」

「構うわ馬鹿!」

 分からないやり取りを行うことに、アルカナはもやっとした不確かな感覚を持ってしまう。
 少し考えたアルカナは、これが『疎外感』であると理解する。
 とはいえ、仲間はずれにされているわけでもなく、心地よい時間は進んでいた。

「はぁ……寝るか。光ももったいないし」

「そうですね。アルカナ様、こちらです」

「うん? あぁ、ここが寝床か」

 アルカナが案内された部屋にあったのは、天蓋までついた豪奢なベッド。
 来客用……それも最上位の賓客相手の部屋だとは思っていたが、まさかこんなものまで用意しているとはヴァルも予想していなかった。

「ふぉぉ……このベッドというものはすごいな、ヴァル。沼のように沈むのに、不快さを感じない!」

「たとえが酷いな。褒めてるとは思えないぞ。
 そういえば柔らかい寝床ベッドは初体験か。存分に楽しんどけよ」

「うむっ! ヒトとはこのようなものを皆使っているのだな!」

「いやぁ……ここまでのものはそうそうないぞ?」

 ともあれ、部屋を隔て向こう側のソファで寝てしまえば、問題になることもなさそうだ、とヴァルが安堵していると、二人揃ってベッドに上がっていた。
 そう、同じベッドに・・・・・・だ。

「ちょっと待てぃ!」

「何ですか騒々しい。早く明かりを消してくださいヘンライン様」

「馬鹿! この馬鹿!
 何でお前アルカナと一緒に寝てるんだよ! 隣にもう一つあるだろう?!」

「馬鹿とは心外な……わたしたちがどのようにベッドを使うか実践して見せているだけですが?」

「だったらもう帰れよ! 何居座ろうとしちゃってんの!?」

「むしろそれはヘンライン様ですよ。
 何故、同室に神と勇者の二人だけにするのですか。巫女のわたしがそんな状況を許すはずがありません!」

「俺は向こうのソファで寝るよ!」

「何か起こるのか?」

「貞操の危機なんだよ! アルカナおまえが襲われるかどうかの瀬戸際なの!」

「我が襲われたところで返り討ちにできないはずがなかろう?」

「戦力差の話をしてるんじゃないんだよ!
 それよりルイーズ! お前本能に忠実すぎるだろ! せめてそのにやけ顔を隠して言え!」

 指摘されたルイーズの方は「おっと、これは失礼」などと言って平静を装っていた。
 やはりよくわかっていない様子のアルカナは、ルイーズの締まりのないにやけ顔を覚え、『ヒトの顔は微細な変化を繰り返す』と感心していた。
 表情で相手の思考を読めるようになるのも遠い未来ではなくなりそうである。

「もう色々手遅れだよ!」

「大丈夫です。わたしとアルカナ様は女性同士。間違いなど起きるはずもありません」

「もうその発想が出る時点で間違いなんですけど!?」

「騒がないで下さいヘンライン様。『勇者様が襲ってくる!』って叫びますよ?」

「止めてもらえます!? これ以上俺の評価を操作しないでくれる!? もうカルオットに来れないじゃないか!」

「アルカナ様さえ来ていただければそれで……」

「だからもう少し本音隠せよ! つーか、邪魔なら邪魔って言えよ!」

「え、良いんですか?」

「あーもう、何で連れ戻しに来たんだよ!!」

「アルカナ様が望まれましたので」

「そうですか……うん、モウイイヨ。俺はそっちで寝るから、アルカナに迷惑掛けんなよ。マジデ」

「勿論です!」

 竜神は巫女に奪われ、阻止すべく立ち上がった勇者はなすすべもなく倒された。
 死んだ目で隣の部屋へと向かうヴァルの目は虚ろを写し、結局疑問符が解消されなかったアルカナははしゃぐルイーズと共にベッドに転がる。
 気候変動に強いはずの竜の身をしても、暖かくて柔らかいこの日のベッドの感触をしっかりと刻まれる。
 とはいえ、この日に限らなかったのはもう少し先の話だが。
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