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第二幕:始まりの一夜
020門番グラッツ
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黒い神殿は誰にでも開け放たれてはいるものの、簡単な柵に囲われていた。
それは単に敷地を区切ると同時に、入り口の場所を示すためのものでしかなく、力を持つ個人を留めるだけの防衛力は存在しない。
故にヴァルは迷わず、門番の居る柵の切れ目を目指した。
「これはヘンライン様。今回は随分と早いお帰りですね」
呼び止めるように掛けられた声に、ヴァルはすかさず前に出た。
ただそれだけで大柄なヴァルが完全装備だったこともあり、正面から見るとすっぽりと後ろに隠れてしまう小柄なアルカナ。
隠されたアルカナは、神殿の少し高い位置にある入り口に延びる階段を、背に回したヴァルに手に引かれて階段を登るのに必死。
ヴァルの従者のように先導し、神殿の中へと誘う門番のグラッツは、ある意味静かについてくるアルカナには気付かない。
「あぁ、ちょっと山で問題というか何というか…」
「戦略級でも現れましたか?」
「そんなの出てもあの山じゃ即死するだろ」
「それもそうですね」
「火竜は討伐してきたが、ちょっと他にもあってな」
「山に火竜?! それは大事ではありませんか!」
火山に登り始めて半年と少し。
毎日のように出入りするヴァルの案内役でもあるグラッツは、普段と同じように気軽に声を掛けてくる。
しかし当のヴァルは状況が状況だけに余り歓迎できるものではないが、合わせるしかない。
―火山の様子は。
―竜神様の機嫌は。
―どのような魔法を使ったか、などなど。
どう話を切り出そうかと頭を回している内に脱線していく話題。
気付けば階段を登り切り、神殿へと入り廊下をすたすた歩くほどに時は経っていた。
「なぁ、ヴァル。戦略級というのは何のことだ?」
階段や廊下を歩くのにも慣れたころ、竜神は疑問に思ったことを口に出す悪癖を暴発させる。
声を上げたことでグラッツの視線が向き、思わず冷や汗が滴るヴァル。
悪びれる風もなく、アルカナは隠れた背から顔を出して改めて問うた。
「ヴァル、聞いているか?」
「おっとアルカナさん、少しお待ちくださいますかね?」
「む…何だ、都合が悪かったか」
大人しく引き下がるも既に遅い。
グラッツの視線は揺らぐことなくアルカナへと向けられており、ヴァルの内心は気が気ではない。
できるならもう少し寄った話題から入りたかった、と嘆くくらいしかできない。
「………」
「グラッツ誤解するなよ」
「火山に迷子ですか? あんな危険な場所でよく…」
そう言ってグラッツは視線を正面へと戻し、近くまで来ていた応接室を開けて招き入れる。
表情とは裏腹に各種動揺てんこ盛りのヴァルは、促されるままに扉を抜けた。
そして室内に入りながら、勇者ヴィクトル・ヘンラインは一人『世の大人は勇者をそう見てくれるのか!』感動していた。
実際、勇者とまで呼ばれるヴァルが人を攫おうと思えば止められる者などいない。
逆に言えばそうした横暴を行えば、すぐさま伝播して『接しない』という消極的攻撃がすぐに始まる。
人である以上、すべての能力に長けるのは難しい。
ヴァルのように戦力極振りな者達は総じて生き残る技術には強いが、普通の生活を送るには他者の助けが要る。
宿であったり、武具店であったり、料理屋であったり…そうした恩恵を受けられるからこそ、ヴァルは『勇者ヴィクトル・ヘンライン』をやっていける。
でなければただの犯罪者でしかなく、それはつまり生活に困り精神を病み、最後は野垂れ死ぬ運命を辿ることだろう。
故にヴァル自身もそんな横暴をすることないし、だから他者から無条件に信頼を勝ち取れる。
それぞれの利害関係を無意識に計算した結果、お互いへ一定の信頼関係を形作っている――。
とは、つい先ほどアルカナに宗教観で説明していたはずだったのに、ヴァルはすっかり抜け落ちていた。
本人は未だに『そりゃ一番初めに浮かぶのが誘拐犯とかじゃないよな!』などと喜んでいたわけだが――状況は何一つ待ってはくれない。
「迷子など何処に居るのだ?」
「君のことだよ。何処から来たのかね?」
「あぁ、山だが」
「それは分かってるんだが…」
「それに我は『迷って』も『仔』でもない」
「ふむ…?」
勇者を置き去りにして進むやり取り。
グラッツは訝し気に眉をひそめ、保護者へと視線を移していた。
その目は『どういうことですか?』との意味が込められており、改めてどう答えるかとの難題が浮上する。
場の状況を確定させるため、ヴァルは強引に話を進める方針を固めた。
「すまんグラッツ。ちょっと立て込んでるから、今すぐ教皇に繋いで欲しい」
「…教皇様ですか? 勇者の肩書きでも流石にアポなしで今すぐには難しいかと…」
いくら勇者の肩書がすごかろうと、組織の最高位に気軽に会えるわけがない。
それはどの組織でも同じため、ヴァルは息を抜くように「だよな」と落胆を見せる。
となるとどうするか…アルカナに視線を移して黙考していると、空気の読めない竜神様がヴァルの願いを忘れて口を開いた。
「何故、我等が退かねばならん? ここは『竜神』を祀っている場所なのだろう?」
大人に数えられる年齢の娘が、カルオットに喧嘩を売るような言葉を平気で口にする姿に、信者たるグラッツが怒りよりも先に「…この娘は何を?」と戸惑ってしまう。
戦闘時における高い洞察力を駆使して知りえた動揺に付け入り、すかさず「グラッツ、聞き流しとけ」と思考停止を促す。
「…承知しました」
「アルカナは頼むから少し静かにな」
「むぅ…我は何か悪いことを言ったか」
さすがの竜神様にも反省の色が見えるが、このままではらちが明かない。
せっかく免罪符も居ることだし、と多くの問題を先送りにして、ヴァルは正式に用件を告げた。
「用件は『神の火山の異変と、竜神の現在について緊急で話がしたい』だ」
「…それはかなり大事ですが?」
「分かってる。この手が二度と使えないってのも、『大事じゃない』と判断された時のこともな」
ヴァルの隣に立つ混沌竜を神と祀るカルオット最大の弱点。
神に通じる内容であれば最優先で対応せざるをえない同時に、二度は使えない最大の禁じ手。
カルオットとの対立をも覚悟して告げたヴァルを見た、グラッツは「承知しました。報告してまいります」と踵を返して部屋を飛び出していった。
グラッツが出ていったことで「ふぅ」と一仕事終えて一息入れるヴァルの袖を、話題の中心がくいくいと引っ張り自己主張をする。
「もう良いか?」
「ん、あぁ、俺とお前だけ時はな」
「ヴァル以外との会話は的外れで疲れる…まったく、ヒトとは難儀な生き物だな」
「いやぁ…ズレてるのはアルカナの方なんだけどな…」
「我の何処がズレているというのだ?」
「そうだな、種族かな」
「ならば仕方ないか」
あっさりと頷くアルカナを見て、ヴァルは思わず『仕方ないのかよ』と内心で突っ込んでいた。
「それで。戦略級とはなんなのだ?」
「人にとって脅威度の高い、大型の魔物とか災害のことだ。
名前付けしておけば、内容がどうであれすぐにその問題の大きさが把握できるって寸法だ」
「つまり情報交換の指標というわけか」
「何でわざわざややこしい言い方をするんだよ」
「ややこしい、のか?」
首を傾げるアルカナに呆れていたヴァルだが、ふとこの混沌竜は千年以上も一体で過ごして来ていたのだと思い出す。
となれば情報交換などしたことはなく、それに伴い『察する』ような精神も育っていない。
このため短時間でヴァルは精神をすり減らしているわけだが、改めて考えると周囲は疑問で溢れている。
状況を理解したヴァルの頬を冷や汗が伝う――想像が実現される前に話を進めた。
「魔物なら一番分かり易いのは種族的に強大な竜だ。他だと群れる戴冠系とか、個体で強い巨獣系とかになるかな。
火山の災害って意味なら、噴火とか大規模な地崩れとか、とにかく地域丸ごと危機に晒されるものを戦略級ってくくって呼んでいる」
「それで我が居れば問題ない、に繋がるわけだな」
「おう。山を寝床にしているなら、お前が何とかするだろ?」
「どうだろうな?」
気分屋な竜神は、茶化すように答えた。
それは単に敷地を区切ると同時に、入り口の場所を示すためのものでしかなく、力を持つ個人を留めるだけの防衛力は存在しない。
故にヴァルは迷わず、門番の居る柵の切れ目を目指した。
「これはヘンライン様。今回は随分と早いお帰りですね」
呼び止めるように掛けられた声に、ヴァルはすかさず前に出た。
ただそれだけで大柄なヴァルが完全装備だったこともあり、正面から見るとすっぽりと後ろに隠れてしまう小柄なアルカナ。
隠されたアルカナは、神殿の少し高い位置にある入り口に延びる階段を、背に回したヴァルに手に引かれて階段を登るのに必死。
ヴァルの従者のように先導し、神殿の中へと誘う門番のグラッツは、ある意味静かについてくるアルカナには気付かない。
「あぁ、ちょっと山で問題というか何というか…」
「戦略級でも現れましたか?」
「そんなの出てもあの山じゃ即死するだろ」
「それもそうですね」
「火竜は討伐してきたが、ちょっと他にもあってな」
「山に火竜?! それは大事ではありませんか!」
火山に登り始めて半年と少し。
毎日のように出入りするヴァルの案内役でもあるグラッツは、普段と同じように気軽に声を掛けてくる。
しかし当のヴァルは状況が状況だけに余り歓迎できるものではないが、合わせるしかない。
―火山の様子は。
―竜神様の機嫌は。
―どのような魔法を使ったか、などなど。
どう話を切り出そうかと頭を回している内に脱線していく話題。
気付けば階段を登り切り、神殿へと入り廊下をすたすた歩くほどに時は経っていた。
「なぁ、ヴァル。戦略級というのは何のことだ?」
階段や廊下を歩くのにも慣れたころ、竜神は疑問に思ったことを口に出す悪癖を暴発させる。
声を上げたことでグラッツの視線が向き、思わず冷や汗が滴るヴァル。
悪びれる風もなく、アルカナは隠れた背から顔を出して改めて問うた。
「ヴァル、聞いているか?」
「おっとアルカナさん、少しお待ちくださいますかね?」
「む…何だ、都合が悪かったか」
大人しく引き下がるも既に遅い。
グラッツの視線は揺らぐことなくアルカナへと向けられており、ヴァルの内心は気が気ではない。
できるならもう少し寄った話題から入りたかった、と嘆くくらいしかできない。
「………」
「グラッツ誤解するなよ」
「火山に迷子ですか? あんな危険な場所でよく…」
そう言ってグラッツは視線を正面へと戻し、近くまで来ていた応接室を開けて招き入れる。
表情とは裏腹に各種動揺てんこ盛りのヴァルは、促されるままに扉を抜けた。
そして室内に入りながら、勇者ヴィクトル・ヘンラインは一人『世の大人は勇者をそう見てくれるのか!』感動していた。
実際、勇者とまで呼ばれるヴァルが人を攫おうと思えば止められる者などいない。
逆に言えばそうした横暴を行えば、すぐさま伝播して『接しない』という消極的攻撃がすぐに始まる。
人である以上、すべての能力に長けるのは難しい。
ヴァルのように戦力極振りな者達は総じて生き残る技術には強いが、普通の生活を送るには他者の助けが要る。
宿であったり、武具店であったり、料理屋であったり…そうした恩恵を受けられるからこそ、ヴァルは『勇者ヴィクトル・ヘンライン』をやっていける。
でなければただの犯罪者でしかなく、それはつまり生活に困り精神を病み、最後は野垂れ死ぬ運命を辿ることだろう。
故にヴァル自身もそんな横暴をすることないし、だから他者から無条件に信頼を勝ち取れる。
それぞれの利害関係を無意識に計算した結果、お互いへ一定の信頼関係を形作っている――。
とは、つい先ほどアルカナに宗教観で説明していたはずだったのに、ヴァルはすっかり抜け落ちていた。
本人は未だに『そりゃ一番初めに浮かぶのが誘拐犯とかじゃないよな!』などと喜んでいたわけだが――状況は何一つ待ってはくれない。
「迷子など何処に居るのだ?」
「君のことだよ。何処から来たのかね?」
「あぁ、山だが」
「それは分かってるんだが…」
「それに我は『迷って』も『仔』でもない」
「ふむ…?」
勇者を置き去りにして進むやり取り。
グラッツは訝し気に眉をひそめ、保護者へと視線を移していた。
その目は『どういうことですか?』との意味が込められており、改めてどう答えるかとの難題が浮上する。
場の状況を確定させるため、ヴァルは強引に話を進める方針を固めた。
「すまんグラッツ。ちょっと立て込んでるから、今すぐ教皇に繋いで欲しい」
「…教皇様ですか? 勇者の肩書きでも流石にアポなしで今すぐには難しいかと…」
いくら勇者の肩書がすごかろうと、組織の最高位に気軽に会えるわけがない。
それはどの組織でも同じため、ヴァルは息を抜くように「だよな」と落胆を見せる。
となるとどうするか…アルカナに視線を移して黙考していると、空気の読めない竜神様がヴァルの願いを忘れて口を開いた。
「何故、我等が退かねばならん? ここは『竜神』を祀っている場所なのだろう?」
大人に数えられる年齢の娘が、カルオットに喧嘩を売るような言葉を平気で口にする姿に、信者たるグラッツが怒りよりも先に「…この娘は何を?」と戸惑ってしまう。
戦闘時における高い洞察力を駆使して知りえた動揺に付け入り、すかさず「グラッツ、聞き流しとけ」と思考停止を促す。
「…承知しました」
「アルカナは頼むから少し静かにな」
「むぅ…我は何か悪いことを言ったか」
さすがの竜神様にも反省の色が見えるが、このままではらちが明かない。
せっかく免罪符も居ることだし、と多くの問題を先送りにして、ヴァルは正式に用件を告げた。
「用件は『神の火山の異変と、竜神の現在について緊急で話がしたい』だ」
「…それはかなり大事ですが?」
「分かってる。この手が二度と使えないってのも、『大事じゃない』と判断された時のこともな」
ヴァルの隣に立つ混沌竜を神と祀るカルオット最大の弱点。
神に通じる内容であれば最優先で対応せざるをえない同時に、二度は使えない最大の禁じ手。
カルオットとの対立をも覚悟して告げたヴァルを見た、グラッツは「承知しました。報告してまいります」と踵を返して部屋を飛び出していった。
グラッツが出ていったことで「ふぅ」と一仕事終えて一息入れるヴァルの袖を、話題の中心がくいくいと引っ張り自己主張をする。
「もう良いか?」
「ん、あぁ、俺とお前だけ時はな」
「ヴァル以外との会話は的外れで疲れる…まったく、ヒトとは難儀な生き物だな」
「いやぁ…ズレてるのはアルカナの方なんだけどな…」
「我の何処がズレているというのだ?」
「そうだな、種族かな」
「ならば仕方ないか」
あっさりと頷くアルカナを見て、ヴァルは思わず『仕方ないのかよ』と内心で突っ込んでいた。
「それで。戦略級とはなんなのだ?」
「人にとって脅威度の高い、大型の魔物とか災害のことだ。
名前付けしておけば、内容がどうであれすぐにその問題の大きさが把握できるって寸法だ」
「つまり情報交換の指標というわけか」
「何でわざわざややこしい言い方をするんだよ」
「ややこしい、のか?」
首を傾げるアルカナに呆れていたヴァルだが、ふとこの混沌竜は千年以上も一体で過ごして来ていたのだと思い出す。
となれば情報交換などしたことはなく、それに伴い『察する』ような精神も育っていない。
このため短時間でヴァルは精神をすり減らしているわけだが、改めて考えると周囲は疑問で溢れている。
状況を理解したヴァルの頬を冷や汗が伝う――想像が実現される前に話を進めた。
「魔物なら一番分かり易いのは種族的に強大な竜だ。他だと群れる戴冠系とか、個体で強い巨獣系とかになるかな。
火山の災害って意味なら、噴火とか大規模な地崩れとか、とにかく地域丸ごと危機に晒されるものを戦略級ってくくって呼んでいる」
「それで我が居れば問題ない、に繋がるわけだな」
「おう。山を寝床にしているなら、お前が何とかするだろ?」
「どうだろうな?」
気分屋な竜神は、茶化すように答えた。
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