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第1章 東京浅草、魔王降臨す

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 次のバイト先へ向かう道中も、お散歩中の保育園児の群れや、逃走中の万引き犯とそれを怒鳴りながら追いかける店員、驚いて道に飛び出す猫などに走行を阻まれつつ、俺はなんとか時間通りその喫茶店の前に辿り着いた。

 喫茶まどろみは浅草六区内にある、老舗の喫茶店だ。外見も古いが、先程の古本屋とは打って変わってもっとお洒落な古さだ。レトロと表現した方が適切だろう。

 店には一切窓が無く、一見すると開いているのかいないのか分からないような佇まいは、賑やかな浅草の街からそこだけ切り取られてしまったようだった。

 初めて見る人には入り難い外観なので、観光シーズンでも客は多くない。

「こんちわ!」

 カランとドアベルを鳴らして薄暗い店内に入ると、早速コーヒーの良い香りに包まれた。
 昼間でも夕暮れのようなオレンジ色のアンティークランプ。それに照らされた、重厚感のある黒い木製の椅子やテーブル。別世界に迷い込んだような不思議な雰囲気のある喫茶店だった。

 そんな趣ある店内デザインの一部のような、ギリシア彫刻ばりに彫りの深い顔立ちと逞しい体躯をした男性がカウンターの中でカップを磨いている。
 彼は俺に気が付くと、にっこりと微笑んだ。

「あら、幸也ゆきやちゃん。いらっしゃい。そっか、もうこんな時間なのね!」

 見た目こそベストに蝶ネクタイの紳士風だが、この店のマスターである森田さんは、繊細な女性の心を持っているのだった。

「今日はそんなにお客さんも来なくて、ちょっとぼーっとしちゃってたわ……。幸也ちゃん、お昼ごはんはもう食べたの?」

「あ、まだです……」

 俺は答えながらカウンター席へ向かう。

「じゃ、チーズドック焼いてあげるわ! 着替える前に食べちゃいなさい。そこ座ってて」

「ありがとうございます! いつもすいません。手伝いに来てるのに仕事増やしちゃって……」

「いいのよ!」

 森田さんは両親の事や、我が家の現在の状況について知っている。

 元々は父がこの店を気に入っていて昔から良く通っており、このマスターとも個人的に仲が良かった。
 そんな関係もあって、喫茶まどろみには、俺も子どもの頃から良く連れて来て貰っていたのだ。

(……昼飯食わないで来て良かった。ここのチーズドック、最高に美味いんだよね)

 昼からバイトの時は、大体いつもご馳走になっているので、実は今日もちょっと期待していた。

 この店はコーヒーももちろん美味しいが、軽食の方もかなり旨い。中でもチーズドックは常連の間ではトップ人気のメニューだ。

「はい、どーぞ」

 キッチンから芳ばしい香りが漂い、数分で熱々のチーズドックと、カフェオレが目の前に並んだ。

 朝もバタバタで大したものを食べていなかったので、俺はそれを見ただけで思わず腹が鳴りそうになった。
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