上 下
5 / 92
第1章 東京浅草、魔王降臨す

3

しおりを挟む
「はい、承知ました!」

 俺はご主人に導かれるまま、裏口から物置へと向かった。

 古本屋の裏手には、家庭用の据え置きタイプの物置ではなく、時代劇で見かける蔵のような建物があった。
 大きさはそこそこあるが、その外観はもう倒壊寸前というか、建物として機能しているのか分からないくらい、ほぼ廃墟だった。

(物置って……想像したよりはるかにデカいな……そしてとんでもなくボロい)

「最近は台風も凄い強さじゃろ、こいつもこの数年で随分ガタがきての~」

 ご主人がよっこらせと朽ちかけた木製の入り口を開ける。俺はそっと中を覗き込んだ。

「こ、これ全部……ですか?」

 外の明かりに照らされた分だけでも、物置の中には古本がうず高く積まれていると分かった。その高さは、俺の身長を優に超えている。

 久しぶりに扉を開けたのだろうか、室内は埃が光に照らされてキラキラと舞っていた。中に入ってみると、平積みの古本がぐるりと一面にあるせいで、物置の壁が全く見えない。

「うむ。今日中に終わらなければ、また来てくれれば良い。わしゃ店番があるからの。宜しく頼むぞ!」

(店番ね……)

 ご主人はタンクトップ(と言えば聞こえは良いが、ボロボロの紳士用肌着だ)に短パン姿だが、随分ラフな接客スタイルもあったものである。

「まーとにかく、やるっきゃないか……」

 俺は覚悟を決めて、少しずつ種類別に本をまとめてビニール紐で縛り始めた。
 今日は午前中にこの古本屋でバイトして、午後からは別のバイトを入れていたが、この量は一日かけても終わる気がしない。

(あの爺さん、バイト代はちゃんとかかった時間分で払ってくれるかな~)

 しばらくそうして作業していると、突然背後でバタンと音がして、視界が真っ暗になった。

「うえっ!?」

 驚いて振り返ったが何も見えない。どうやら入り口が完全に閉まってしまったようだ。

(おいおい、どうなってんだ?)

 電気は無さそうだったので、これまでずっと入り口から入って来る明かりを頼りに作業していた。
 しかし扉が勝手に閉まった上、壁が本で塞がれているので、窓からの光も全く入って来ない。

「いやいやいや……すいませーん! ご主人! 扉閉まっちゃったんですけどー?」

 俺は叫んでみたが、声は暗闇に沈む本達に吸い込まれ、思ったより響かなかった。

「ったく……扉を探すしかないか……」

 仕方なく手探りで前に進もうとした時、俺は何かに躓いて盛大にぶち転んでしまった。
 さらに倒れた拍子に、本の山に腕がぶつかってしまい、バラバラと上から詰まれた古書が崩れてくる。

「どわっ!? あだだだ!」

 頭上で何冊もの本を受け止めて、つくづく自分の不幸体質が嫌になった。

 どうやら埃もかなり立ってしまったらしい。ごほごほとむせながら立ち上がると、ふと視界の先に何か光る物が見えた。

「なんだ? 扉の隙間かな?」

 期待して光に近づいてみたが、それは外の光ではなかった。

「……え、本が光ってる……?」



 うすぼんやりと、紫色に光るそれは分厚い本だった。俺はその本をそっと手に取ってみる。
 すると、背後でガタンと音がした。

「大丈夫かい?」

 眩しさに一瞬目が眩んだが、振り返ると入り口にご主人が立っていた。物音に気付いて扉を開けてくれたようだ。

 手の中の本に再び目を落とすと、それはもう光ってなどおらず、ただの古びた本になっていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】陰陽師は神様のお気に入り

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
キャラ文芸
 平安の夜を騒がせる幽霊騒ぎ。陰陽師である真桜は、騒ぎの元凶を見極めようと夜の見回りに出る。式神を連れての夜歩きの果て、彼の目の前に現れたのは―――美人過ぎる神様だった。  非常識で自分勝手な神様と繰り広げる騒動が、次第に都を巻き込んでいく。 ※注意:キスシーン(触れる程度)あります。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※「エブリスタ10/11新作セレクション」掲載作品

引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます

ジャン・幸田
キャラ文芸
 アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!  そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋
キャラ文芸
陰陽師と式鬼がタッグを組んだバトル対決。レベルの差がありすぎて大丈夫じゃないよね挑戦者。バトルを通して絆を深めるタイプのおはなしですが、カテゴリタイプとちょっとズレてるかな!っていう事に気づいたのは投稿後でした。それでも宜しければぜひに。 時は現代日本。生活の中に妖怪やあやかしや妖魔が蔓延り人々を影から脅かしていた。 陰陽師の末裔『鷹尾』は、鬼の末裔『魄』を従え、妖魔を倒す生業をしている。 とある日、鷹尾は分家であり従妹の雪絵から決闘を申し込まれた。 勝者が本家となり式鬼を得るための決闘、すなわち下剋上である。 この度は陰陽師ではなく式鬼の決闘にしようと提案され、鷹尾は承諾した。 分家の下剋上を阻止するため、魄は決闘に挑むことになる。

処理中です...