128 / 131
終章 さよならは春の日に
15.面影
しおりを挟む「くっ、可愛すぎる……!」
エーファの視界を介して見えたルノの姿の愛らしさに思わず眉間を押さえた。
万が一ルノが危ない目に遭っていたらいけないからと、今日は勉学がおざなりにならない程度にエーファと視覚共有を行っていた。エーファの視界の中でルノがとても真面目に授業を受けている様子が見えた。けれどもどうしても気になるのか、チラチラと視線をこちらに寄越していた。
オレの自惚れでないのなら、きっとオレに会いたくて寂しくて堪らないのだろう。
昼食の間はいつもあの眼鏡の友人と過ごす習慣があるようだから邪魔はしなかったが、早く彼に会いに行ってあげなければと思った。
特に時折にこりと無防備な微笑を漏らすのが可愛くて堪らなくて…………
「アレクシス、何かあったのか?」
オレが思わず立ち止まってしまったので、横を歩いていた友人のヒューゴも一緒に立ち止まった。
「いや、何。少々使い魔からの連絡を受け取っていただけだ」
「そうか」
頷いてから、ヒューゴが小声で呟く。
「Pajrte, rütàs.」
その呪文と共に音の精霊が周囲を囲むのを感じた。周囲に音を漏らさないようにする結界だ。
もちろん、これから他人に聞かれたくない話をするからだ。
これで傍目には談笑をしながら歩いている男子学生としか感じ取れないであろう。
「それで――――君の実家からの報せは本当なのか?」
「ああ」
この間父の使い魔である黒鷹のクエルトゥが持ってきた手紙のことを思い出しながら答えた。
「そんな、グロースクロイツ家に……いや、魔術界全体に仇なす人間がこの学園にいるなんて」
クエルトゥの運んできた報せの内容は、魔術界に多大なダメージを与えかねない悪事を企んでいる者がこの古イルス魔術学校に潜んでいるという内容だった。
こちらで調査を進めているから周辺に気を付けるように、と。
問題はその悪事というのがとんでもない内容だったことだ。
「この前も聞いたが、場合によっては魔術界を根底から覆す可能性すらあるとか?」
ヒューゴが尋ねながら首を横に振った。
それもそうだろう。魔術界を覆すなどと、話の規模が大きすぎてすぐには飲み込めない。
この歴史ある魔術界を揺るがす企みなど、一体どんなものか想像も付かない。
そうでなかったとしてもグロースクロイツ家に害を為す存在であることは確定的らしい。
「グロースクロイツ家を疑う訳ではないが、証拠はあるのか?」
故に、そう聞きたくなることは仕方がないだろう。
オレは顔を顰めて答えた。
「……父がその情報を掴んだらしいが、証拠がまだ薄いからと情報の出所はオレには報されなかった」
「そうか」
ヒューゴは難しい顔をして顎に手を当てる。
彼の考えていることは手に取るように理解できた。
「分かっている。オレも疑問に思っているんだ」
先回りして口を開いた。
「何故学園の外にいる父が誰よりも早くその情報を察知することが出来たのか。不埒な企みをする輩がどんな人間なのか、大体でいいから情報はないのか。それが不明なのなら何故その企みだけ判明したのか。あまりにも情報が局所的過ぎる」
曖昧模糊とした父からの報せの不審な点は山ほどあった。
父がオレに何か隠し事をしている。そう感じていた。
「しかし敵がいるという点だけでも報せてきたということは、つまり――――」
「ああ」
一つだけはっきりとしていることがあった。
ヒューゴの言おうとしていることにオレは頷き、言葉を引き継いだ。
「『跡継ぎとしてグロースクロイツ家の敵を討て』ということだ」
きっと、それが何者であったのだとしても。
* * *
「ルノ」
「あ、アレクシス」
今日の授業が終わると、アレクシスが教室の外でオレを待っていた。
わざわざオレのことを迎えに来てくれたのだろう。
エーファも「きゅっ!」と鳴いてアレクシスの肩に飛び乗った。
「ルノ、大丈夫だったか?」
「ああ、いつもと変わりなかったぜ」
彼の元に駆け寄り、顔を見上げる。
彼のいつもの微笑を目にして心が落ち着くのを感じた。
「あ、ルノくんの……!」
オレの後ろから来たケントがアレクシスの姿に目を丸くした。
「君は、ケント・アバークロビーくんだったか」
アレクシスはケントのフルネームを違うことなく完璧に口にすると、ニッコリと笑みを向けた。
「いつもルノが世話になっているな」
「い、いえいえ!」
ケントが慌てたように礼をした。
ケントは貴族の出だから、余計に大貴族であるグロースクロイツの格が理解できて緊張するのだろう。
オレはもうその辺の感覚が麻痺しつつある。
あるいは陰口というほどではないが「ヤバい目の付けられ方をしたんじゃないか?」なんてアレクシスについて話したりしていたのを思い出して、気まずさを覚えているのかもしれない。
それにしてもアレクシスがケントに向ける笑みは何というか、凄みがある。
心なしか威圧感を感じるのは気のせいだろうか。
でもまさかアレクシスがケントに対抗心を感じる訳なんてないし、オレの思い過ごしだろう。
「これからルノと夕食を共にするつもりなんだが、問題はないね? ルノもそれでいいか?」
アレクシスはオレとケントに交互に視線を向けて尋ねる。
三人で食事しようとは言わないんだな。アレクシスも意外に人見知りなのかもしれない。
「大丈夫だ、特にケントと何かする予定はない」
先に答えた。
昼食の時はその後の授業も一緒に受けるから自然に連れ立っていたが、放課後はケントと時間を過ごしたことはあまりない。そんなに長い間他人と一緒に時間を過ごすなんてやってられない。
「はい、大丈夫です」
「良かった。じゃあ、行こうか」
アレクシスはこれ見よがしにオレの肩に手を置いた。
彼の右手に刻まれた黄薔薇がよく見えた。
「じゃあな」
踵を返し、ケントに手を振る。
「ああ、また明日」
ケントが朗らかに笑って挨拶を返す。
気のせいか、それを見たアレクシスの手に力が籠ったような気がした。
やっぱりケントに対して少し棘がある気がする。
もしかして嫉妬してるとか……?
自分に対して都合のいい想像をしようとしている自分気づき、首を横に振った。
彼がそんな安っぽい嫉妬をするような男だったら、『彼に相応しくない』だとか細かいことを考えなくて済むのに。そう思っただけだ。
それでも肩に食い込む指の感触が心地よくて、少しの間彼に身を寄せるようにして隣を歩いたのだった。
「カリポリポリ……」
何処に持っていたのか、肩の上のエーファが硬い木の実を齧る音が周囲に響いていた。
エーファの視界を介して見えたルノの姿の愛らしさに思わず眉間を押さえた。
万が一ルノが危ない目に遭っていたらいけないからと、今日は勉学がおざなりにならない程度にエーファと視覚共有を行っていた。エーファの視界の中でルノがとても真面目に授業を受けている様子が見えた。けれどもどうしても気になるのか、チラチラと視線をこちらに寄越していた。
オレの自惚れでないのなら、きっとオレに会いたくて寂しくて堪らないのだろう。
昼食の間はいつもあの眼鏡の友人と過ごす習慣があるようだから邪魔はしなかったが、早く彼に会いに行ってあげなければと思った。
特に時折にこりと無防備な微笑を漏らすのが可愛くて堪らなくて…………
「アレクシス、何かあったのか?」
オレが思わず立ち止まってしまったので、横を歩いていた友人のヒューゴも一緒に立ち止まった。
「いや、何。少々使い魔からの連絡を受け取っていただけだ」
「そうか」
頷いてから、ヒューゴが小声で呟く。
「Pajrte, rütàs.」
その呪文と共に音の精霊が周囲を囲むのを感じた。周囲に音を漏らさないようにする結界だ。
もちろん、これから他人に聞かれたくない話をするからだ。
これで傍目には談笑をしながら歩いている男子学生としか感じ取れないであろう。
「それで――――君の実家からの報せは本当なのか?」
「ああ」
この間父の使い魔である黒鷹のクエルトゥが持ってきた手紙のことを思い出しながら答えた。
「そんな、グロースクロイツ家に……いや、魔術界全体に仇なす人間がこの学園にいるなんて」
クエルトゥの運んできた報せの内容は、魔術界に多大なダメージを与えかねない悪事を企んでいる者がこの古イルス魔術学校に潜んでいるという内容だった。
こちらで調査を進めているから周辺に気を付けるように、と。
問題はその悪事というのがとんでもない内容だったことだ。
「この前も聞いたが、場合によっては魔術界を根底から覆す可能性すらあるとか?」
ヒューゴが尋ねながら首を横に振った。
それもそうだろう。魔術界を覆すなどと、話の規模が大きすぎてすぐには飲み込めない。
この歴史ある魔術界を揺るがす企みなど、一体どんなものか想像も付かない。
そうでなかったとしてもグロースクロイツ家に害を為す存在であることは確定的らしい。
「グロースクロイツ家を疑う訳ではないが、証拠はあるのか?」
故に、そう聞きたくなることは仕方がないだろう。
オレは顔を顰めて答えた。
「……父がその情報を掴んだらしいが、証拠がまだ薄いからと情報の出所はオレには報されなかった」
「そうか」
ヒューゴは難しい顔をして顎に手を当てる。
彼の考えていることは手に取るように理解できた。
「分かっている。オレも疑問に思っているんだ」
先回りして口を開いた。
「何故学園の外にいる父が誰よりも早くその情報を察知することが出来たのか。不埒な企みをする輩がどんな人間なのか、大体でいいから情報はないのか。それが不明なのなら何故その企みだけ判明したのか。あまりにも情報が局所的過ぎる」
曖昧模糊とした父からの報せの不審な点は山ほどあった。
父がオレに何か隠し事をしている。そう感じていた。
「しかし敵がいるという点だけでも報せてきたということは、つまり――――」
「ああ」
一つだけはっきりとしていることがあった。
ヒューゴの言おうとしていることにオレは頷き、言葉を引き継いだ。
「『跡継ぎとしてグロースクロイツ家の敵を討て』ということだ」
きっと、それが何者であったのだとしても。
* * *
「ルノ」
「あ、アレクシス」
今日の授業が終わると、アレクシスが教室の外でオレを待っていた。
わざわざオレのことを迎えに来てくれたのだろう。
エーファも「きゅっ!」と鳴いてアレクシスの肩に飛び乗った。
「ルノ、大丈夫だったか?」
「ああ、いつもと変わりなかったぜ」
彼の元に駆け寄り、顔を見上げる。
彼のいつもの微笑を目にして心が落ち着くのを感じた。
「あ、ルノくんの……!」
オレの後ろから来たケントがアレクシスの姿に目を丸くした。
「君は、ケント・アバークロビーくんだったか」
アレクシスはケントのフルネームを違うことなく完璧に口にすると、ニッコリと笑みを向けた。
「いつもルノが世話になっているな」
「い、いえいえ!」
ケントが慌てたように礼をした。
ケントは貴族の出だから、余計に大貴族であるグロースクロイツの格が理解できて緊張するのだろう。
オレはもうその辺の感覚が麻痺しつつある。
あるいは陰口というほどではないが「ヤバい目の付けられ方をしたんじゃないか?」なんてアレクシスについて話したりしていたのを思い出して、気まずさを覚えているのかもしれない。
それにしてもアレクシスがケントに向ける笑みは何というか、凄みがある。
心なしか威圧感を感じるのは気のせいだろうか。
でもまさかアレクシスがケントに対抗心を感じる訳なんてないし、オレの思い過ごしだろう。
「これからルノと夕食を共にするつもりなんだが、問題はないね? ルノもそれでいいか?」
アレクシスはオレとケントに交互に視線を向けて尋ねる。
三人で食事しようとは言わないんだな。アレクシスも意外に人見知りなのかもしれない。
「大丈夫だ、特にケントと何かする予定はない」
先に答えた。
昼食の時はその後の授業も一緒に受けるから自然に連れ立っていたが、放課後はケントと時間を過ごしたことはあまりない。そんなに長い間他人と一緒に時間を過ごすなんてやってられない。
「はい、大丈夫です」
「良かった。じゃあ、行こうか」
アレクシスはこれ見よがしにオレの肩に手を置いた。
彼の右手に刻まれた黄薔薇がよく見えた。
「じゃあな」
踵を返し、ケントに手を振る。
「ああ、また明日」
ケントが朗らかに笑って挨拶を返す。
気のせいか、それを見たアレクシスの手に力が籠ったような気がした。
やっぱりケントに対して少し棘がある気がする。
もしかして嫉妬してるとか……?
自分に対して都合のいい想像をしようとしている自分気づき、首を横に振った。
彼がそんな安っぽい嫉妬をするような男だったら、『彼に相応しくない』だとか細かいことを考えなくて済むのに。そう思っただけだ。
それでも肩に食い込む指の感触が心地よくて、少しの間彼に身を寄せるようにして隣を歩いたのだった。
「カリポリポリ……」
何処に持っていたのか、肩の上のエーファが硬い木の実を齧る音が周囲に響いていた。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
千里香の護身符〜わたしの夫は土地神様〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
ある日、多田羅町から土地神が消えた。
天候不良、自然災害の度重なる発生により作物に影響が出始めた。人口の流出も止まらない。
日照不足は死活問題である。
賢木朱実《さかきあけみ》は神社を営む賢木柊二《さかきしゅうじ》の一人娘だ。幼い頃に母を病死で亡くした。母の遺志を継ぐように、町のためにと巫女として神社で働きながらこの土地の繁栄を願ってきた。
ときどき隣町の神社に舞を奉納するほど、朱実の舞は評判が良かった。
ある日、隣町の神事で舞を奉納したその帰り道。日暮れも迫ったその時刻に、ストーカーに襲われた。
命の危険を感じた朱実は思わず神様に助けを求める。
まさか本当に神様が現れて、その危機から救ってくれるなんて。そしてそのまま神様の住処でおもてなしを受けるなんて思いもしなかった。
長らく不在にしていた土地神が、多田羅町にやってきた。それが朱実を助けた泰然《たいぜん》と名乗る神であり、朱実に求婚をした超本人。
父と母のとの間に起きた事件。
神がいなくなった理由。
「誰か本当のことを教えて!」
神社の存続と五穀豊穣を願う物語。
☆表紙は、なかむ楽様に依頼して描いていただきました。
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる