護堂先生と神様のごはん 護堂教授の霊界食堂

栗槙ひので

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終章 さよならは春の日に

11.神の気紛れ

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 俺達が遺跡の外へ出てくると、ほぼ同時に地下が崩落するような音が聞こえた。

『アセビ!』

 俺は慌てて戻ろうとするが、神様に肩を掴まれる。

『玄室からは出ていたんじゃ。弱っていたとは云え彼女も神、上手く逃げたと考えよう。今向き合うべき問題は、夏也の方じゃ』

『夏也!』

 天太が夏也を地面に下ろすと、シュンが泣き出しそうな声で手を取った。

『……魂が……』

 蓮雫が言い難そうに呟く。俺はその一言だけで、彼に何が起こったのかを察して凍りついた。

『……おい、冗談だろ?』

 真っ白に生気の抜けた甥の顔。

『魂が……奪われたのか? さっきの一瞬で……』

『……紐も、見当たらねえ……』

 天太ががっくりと地面に膝を着く。その場が静まり返った。

 周囲の森は闇に沈んでいたが、木々の途切れた遺跡の敷地内には、天から月明かりが落ちていた。もう動かない甥を満月が照らしている。

 俺は一体何のために、ここまで来たのか。神様やアセビを助け出せても、代わりに夏也を失うなんて到底承知出来ない。

『俺が……あの時油断しなければ……!』

 悔恨と自身への憎悪で、俺は両手で顔を覆う。その時ふと、先程のアセビの言葉を思い出した。

『彼も早く処置しないと手遅れになる……何かまだ手があるのか……?』

 俺が呟きながら、ゆっくりと手を除けると、月明かりの中に長い銀髪が煌めくのが見えた。誰かの息をのむ音が聞こえる。

『やあ、ずっと見ていたよ。君達の事。良く頑張ったじゃないか。おかげで蛮神の封印は成功した』

 彼はニコニコと微笑みながら拍手する。俺はその綺麗な顔を睨みつけながら身構えた。

『……月詠』

 月神は遺跡の地下へと続く穴から、ゆっくりとこちらへ歩いて来る。

『そう怖い顔しないでくれよ。君の大事な神様も、アセビも上手く取り返す事が出来たんだろう?』

 彼は微笑んだ。そしてそのまま夏也の方へ向かっていく。シュンと天太は、警戒するように夏也に身を寄せた。

『……それで、彼の魂だけ最後に持っていかれてしまったんだね?』

『……何をする気だ?』

 俺が身を乗り出すと、彼は右手の人差し指を立てて咎めるように言った。

『君ね、蛮神の網を切っちゃったでしょ? ほんのちょっととは云え、僕達の術に傷をつけるなんて、恐ろしい馬鹿力を発揮したね……』

 月神は呆れたように溜息をついて、そのまま夏也の前に屈んだ。

『君達のお陰で、こびりついていた悪霊も上手く取り除けたけど、穴の空いた網じゃちょっと心配だったからね。僕が出向いて直接結び直してきたとこだよ。それでこれが……』

 彼は袖から左手を出して、掌を広げて見せた。その上には、薄紫色の鬼火のようなものが浮かんでいる。

『網の穴に引っかかっていたから持ってきたんだ。とても綺麗な色をしていたからね』

 そう言って、月神は夏也の胸に炎を押し込むようにして両手を乗せた。その瞬間、彼と夏也の身体が淡く光り、辺りに風が起こる。

 俺は思わず目を閉じ、再び開けると、月神はもう立ち上がっていた。

『いい? 今回は特別だからね?』

 月詠はニヤリと笑うと宙に浮かび、月明かりに溶け始めた。

(……これで夏也は助かる……?)

 その瞬間俺は、確認しなければならない事をもう一つ思い出して、咄嗟に叫んだ。

『アセビは……!?』

『彼女はもう行ったよ』

『行った……ってどこに?』

 月神はそれには答えず、薄ら笑いを浮かべたまま、夜空に消えていってしまった。

 俺達は暫く、満月の浮かぶ夜空を見上げながら呆然と立ちすくんでいた。
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