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終章 さよならは春の日に

9.玄室からの脱出

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 その白いものは、少女の腕のように見えた。俺はそれを思い切り掴むと、ありったけの力で引っぱった。

『ウグォォォォ……!』

 蛮神は叫び、身を震わせて俺を突き飛ばそうとする。

 体が後ろ向きに倒れるのと同時に、ずるりと蛮神の中から何かが引きずり出された。

『アセビ!』

 確認する間もないまま、俺は蛮神から出てきたそれを抱きしめて転がった。

『いかん! 奴の表層が崩れて、怨霊が噴き出すぞ!』

 神様が叫んだ。直ぐに蛮神を見上げると、一面黒い腕に覆われていた表面に所々亀裂が入ったかのように見えた。

 よく見ると、それらは人型の影だった。蛮神の中から這い出した影達が、蠢いている。そしてそれらは、俺が切り開いた網の穴から、ずるずると這い出して来ていた。

『表面の影達は、奴が食ってきた魂が堕ちたものじゃ! 今、それらが剥がれ落ちて、奴の真の姿が現れる。蛮神の姿を見てはならん! 正気を失うぞ! 皆、出口へ向かうんじゃ!』

 神様が叫ぶ。

(蛮神の真の姿……?)

『今回の被害者分の魂は浄化出来た。俺の役目もここまでのようだな』

 一ノ瀬は出口へと向かったようだ。
 だが俺は、黒い影が剥がれ落ちていく蛮神から目が離せなかった。這い出した人影は、落ちている餅に群がったり、蓮雫に蹴散らされたりしている。

 そんな光景を横目に、俺はその中から一体どんなものが現れるのか見たいという欲求に勝てず、その場に座り続けていた。

『……だめ、逃げて友和……』

 腕の中で、懐かしい声がする。俺はハッとして、彼女を見ようとした。

 すると急に視界が真っ暗になった。

『あーっ! 黒いのが灯りを食っちゃいました!』

 夏也の叫び声が聞こえる。どうやら
這い出した怨霊達が、鬼火を食らってしまったらしい。

『急いで出口へ向かうんじゃ! 時間が無い!』

『ええー! どっちが出口なんですかー!?』

 夏也が泣きそうな声を上げた。俺は鎌で光の輪を開こうとしたが、アセビを引っ張り出した時に鎌を落としてしまったようだ。辺りは真っ暗で何も見えない。

『うっ!?』

 その場に凍りついていると、俺は何者かに肩を掴まれた。恐らく例の影達だろう。

(齧りつかれたらまずい…!)

 すると自分の真横辺りで、ガキンと金属が叩きつけられる音がした。

『友和! 急いで出口へ向かえ!』

『蓮雫か!? ……すまない。アセビ、立てるか?』

 返事は無いが、俺は彼女を抱き起こすと、抱えるようにして立ち上がった。しかし、出口がどちらにあるのか全く検討がつかない。

 すると、遠くの方から聞き覚えのある声がした。

『おーい友和ー! 無事かー!?』

『みんなー! こっちー!』

『天太! シュン!』

 恐らく玄室の入り口から呼びかけているのだろう。俺はそちらへ向かって歩き出した。
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