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第6章 言葉たちを沈めて

8.桜の神

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『なんでアイツなんだよ!? 本当に……本当にアイツが自分からやりたいと言ったのか!?』

 神様登録を抹消されていたうちの神様であれば、蛮神ごと封じられて失踪しても、神界で大きな騒ぎにはならないだろう。そんな立場を利用されているだけかもしれない。

 しかし、月神は落ち着いたまま淡々と話を続ける。

『彼が食いしん坊な事は知っているだろう? でも、彼が食べていたのは人間の作った食べ物だけじゃないんだ』

 月神が急に何を言い出したのか意図が分からず、俺は少し戸惑う。

『……彼の力になっていたもの、それは人の喜び。彼は人間達の喜びの感情に、何よりも力を貰っていたんだ。だからいつも、お前達を楽しませたり、一緒に笑ったりする事が楽しくて仕方なかったんだろうね』

 話を聞きながら、生前に神様と一緒に暮らした日々の事、死んでからも仲間とわいわい過ごした毎日の事を、俺は思い出していた。そして理解した。

『……アンタは、神様の「俺達を救いたい」という気持ちを利用したのか?』

『……そうかもしれないね』

 諦めたように肩を竦めて月神は言った。その態度が俺を更に逆上させる。

『どうせそうやっていつも、手駒の善意を食い物にしてきたんだろう』

 俺は吐き捨てるように言った。月詠は頬に手を当てると、ゆっくりと返答した。

『逆かな……そういう魂を持つ者だからこそ側に置いていたんだ。因みに、僕は君の事も好きだよ』

『反吐が出る』

 月詠は可笑しそうに笑った。俺は踵を返した。もうコイツと話す事は無い。一刻も早く神様に会って、彼を止めなくては。

『美しく生きて、美しく散る。永遠など無いからこそ、一瞬の煌きは美しい。君達も桜は好きだろう?』

『今度はなんの話だ?』

 俺は苛々した態度を隠さず振り返った。月神は拝殿の正面に設置された、大きな水盤を覗き込んでいる。

『君の大事な神様の話さ。彼の名は、霞桜朧月神かすみさくらおぼろつきのかみ。名前まで美しいだろう。僕もとても気に入っているんだ』

『霞……桜?』

『彼は桜から生まれたんだ。とても美しい山桜。あんまり綺麗だったから、僕はそれを神として召し上げた。朧に、豊月、葉月も……僕のお気に入り達は皆可愛いだろう?』

(曲者揃いな気もするが……)

 俺は少し引っかかっていたが、月神は構わず水盤の奥を見つめている。

『ここから人間界を覗く事が出来るんだ。朧は今、自分の生まれた場所に戻っているみたいだね。桜も咲く頃だ。最期に自分の花を見ておくのかな……』

(最期……)
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