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第6章 言葉たちを沈めて
7.神の謀
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『やったー♪ 待ちかねたよ! いやー、やっぱり美味しそうだね!』
宇迦様は届いたチャーシュー麺を前に両手を合わせて感動していた。
『じゃあ、お代はいつもの神界口座につけときますんで……』
『あっ、もう帰るのかい? ゆっくりして行きなよー!』
『……いや、食堂の仕事もあるんで』
本当はそんなに忙しくは無いのだが、何か話さなければならないのが嫌で、俺は早々に退散したかった。宇迦様は早速麺を啜りながら、出口へ向かう俺に言った。
『そうそう、月神の術がいよいよ完成するらしいわよ! この建屋の隣の拝殿に術師達が集まってるから、ついでに覗いていけば?』
気軽な感じで言うが、そんなもの人間霊が勝手に覗いて良いものでは無いだろう。
そう思いながらも俺は、つい言われた通り宇迦様の社を出て、隣の建屋の前を通りかかっていた。どの道、帰りは鎌を使って光の輪を開く必要があるので、寄り道してもゲートは何処からでも開けるのだ。
建屋の門扉は開いており、中の様子が伺えた。この前の宴会場も広かったが、ここもかなりの大きさがありそうだった。広間を覗いて、俺は思わずぞっとする。
拝殿の中では、何千という白い着物を纏った術師達が何やら祈りを捧げていた。
(これだけの人数で何ヶ月もかかる術なのか……)
その光景は、俺に蛮神の力の強大さを思い知らせた。
『おや、来てたのかい?』
知った声が、背後から聞こえた。静かなのに、胸の奥まで響くような印象的な声音。
『……月詠』
振り返ると、月神が長い銀髪を靡かせて立っていた。
『もうすぐ詠唱が終わるよ。そうしたらいよいよ、蛮神を眠らせる術を発動する』
月神とまた話す機会が訪れるとは思っていなかったが、今朝の疑問について確認するチャンスだ。背の高い彼を見上げながら、俺は慎重に語りかける。
『あの、アセビの事なんだが……去年の秋頃、遺跡の近くで彼女の声が頭の中に聞こえてきた事があったんだ。……アセビが既に蛮神に取り込まれていたとして、その声が今も届くなんてあり得るのか?』
月神はそれを聞くと、顎に白く美しい指を這わせて考え込む。
『そうか……それじゃあまだ少し、神としての意識は残っているのかも知れないね……』
俺は驚いて聞き返す。
『なっ……じゃあ、今からでもアセビを助けられないのか!?』
食らいつくように詰め寄る俺に、月神は表情を変えずに返答する。
『仮に彼女を引き剥がせたとしても、彼女は蛮神を押さえつける役目だからね。代わりを用意しなければ、奴が外に出てきてしまうな……』
『押さえつける役目……?』
月神は「ああ」と呟くと、まるで大した事でもなさそうに続けた。
『そう言えばちゃんと説明していなかったね。蛮神を深い眠りにつかせるには、奴をその場で押さえつけておく者が必要なんだ。封印の網は蛮神とその術士ごと縛り上げる。でないと、蛮神が暴れて網を破いてしまうからね。その者は蛮神を取り押さえたまま、段々と奴に浸食されていく。蛮神の封印には、奴と共に封印される者……贄が必要なんだ』
『じゃあ、アセビは……』
俺の声は少し震えていた。恐怖なのか、怒りなのかは分からない。
『彼女ごと封印しなければならなかった事は残念だったよ。でも、どうしても町の皆を護りたいと言ってね……彼女自身に懇願されたんだ。今更、言い訳するつもりは無かったんだけどね。僕を呪いたければ、気の済むまで呪うといい』
そう言うと、月神は悲しそうに微笑んだ。その時、俺はある事に思い至って、さらに震える声を絞り出した。
『待ってくれよ……今回その役目を担うのはもしかして……』
月神は少し間を置いて答えた。
『そう、君が一番良く知っている神だよ……』
体全体に熱いものが迸った。血が逆流でもしているかのようだ。
『今度は、うちの神様を生贄にするのか!? だって、それじゃ……』
俺は月神ににじり寄る。彼は臆する事なく、少し首を傾げて言った。
『彼の意思だよ。君もあの時、聞いていただろう?』
宇迦様は届いたチャーシュー麺を前に両手を合わせて感動していた。
『じゃあ、お代はいつもの神界口座につけときますんで……』
『あっ、もう帰るのかい? ゆっくりして行きなよー!』
『……いや、食堂の仕事もあるんで』
本当はそんなに忙しくは無いのだが、何か話さなければならないのが嫌で、俺は早々に退散したかった。宇迦様は早速麺を啜りながら、出口へ向かう俺に言った。
『そうそう、月神の術がいよいよ完成するらしいわよ! この建屋の隣の拝殿に術師達が集まってるから、ついでに覗いていけば?』
気軽な感じで言うが、そんなもの人間霊が勝手に覗いて良いものでは無いだろう。
そう思いながらも俺は、つい言われた通り宇迦様の社を出て、隣の建屋の前を通りかかっていた。どの道、帰りは鎌を使って光の輪を開く必要があるので、寄り道してもゲートは何処からでも開けるのだ。
建屋の門扉は開いており、中の様子が伺えた。この前の宴会場も広かったが、ここもかなりの大きさがありそうだった。広間を覗いて、俺は思わずぞっとする。
拝殿の中では、何千という白い着物を纏った術師達が何やら祈りを捧げていた。
(これだけの人数で何ヶ月もかかる術なのか……)
その光景は、俺に蛮神の力の強大さを思い知らせた。
『おや、来てたのかい?』
知った声が、背後から聞こえた。静かなのに、胸の奥まで響くような印象的な声音。
『……月詠』
振り返ると、月神が長い銀髪を靡かせて立っていた。
『もうすぐ詠唱が終わるよ。そうしたらいよいよ、蛮神を眠らせる術を発動する』
月神とまた話す機会が訪れるとは思っていなかったが、今朝の疑問について確認するチャンスだ。背の高い彼を見上げながら、俺は慎重に語りかける。
『あの、アセビの事なんだが……去年の秋頃、遺跡の近くで彼女の声が頭の中に聞こえてきた事があったんだ。……アセビが既に蛮神に取り込まれていたとして、その声が今も届くなんてあり得るのか?』
月神はそれを聞くと、顎に白く美しい指を這わせて考え込む。
『そうか……それじゃあまだ少し、神としての意識は残っているのかも知れないね……』
俺は驚いて聞き返す。
『なっ……じゃあ、今からでもアセビを助けられないのか!?』
食らいつくように詰め寄る俺に、月神は表情を変えずに返答する。
『仮に彼女を引き剥がせたとしても、彼女は蛮神を押さえつける役目だからね。代わりを用意しなければ、奴が外に出てきてしまうな……』
『押さえつける役目……?』
月神は「ああ」と呟くと、まるで大した事でもなさそうに続けた。
『そう言えばちゃんと説明していなかったね。蛮神を深い眠りにつかせるには、奴をその場で押さえつけておく者が必要なんだ。封印の網は蛮神とその術士ごと縛り上げる。でないと、蛮神が暴れて網を破いてしまうからね。その者は蛮神を取り押さえたまま、段々と奴に浸食されていく。蛮神の封印には、奴と共に封印される者……贄が必要なんだ』
『じゃあ、アセビは……』
俺の声は少し震えていた。恐怖なのか、怒りなのかは分からない。
『彼女ごと封印しなければならなかった事は残念だったよ。でも、どうしても町の皆を護りたいと言ってね……彼女自身に懇願されたんだ。今更、言い訳するつもりは無かったんだけどね。僕を呪いたければ、気の済むまで呪うといい』
そう言うと、月神は悲しそうに微笑んだ。その時、俺はある事に思い至って、さらに震える声を絞り出した。
『待ってくれよ……今回その役目を担うのはもしかして……』
月神は少し間を置いて答えた。
『そう、君が一番良く知っている神だよ……』
体全体に熱いものが迸った。血が逆流でもしているかのようだ。
『今度は、うちの神様を生贄にするのか!? だって、それじゃ……』
俺は月神ににじり寄る。彼は臆する事なく、少し首を傾げて言った。
『彼の意思だよ。君もあの時、聞いていただろう?』
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