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第6章 言葉たちを沈めて

6.友和の思い

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……来ては駄目……私に……任せて……大丈夫よ……友和……

 嘘だと思った。

 何故ならその声は、いつも泣いてるように聞こえたから。だから、俺は行かなきゃ行けないと思ったんだ。

 暗い室内。冷たいベッドの上で目が覚めた。俺はあれから、毎日食堂で黙々と働き続け、変化の無い日々を繰り返していた。すっかり時間感覚が無くなっていたが、そろそろ人間界は春を迎える頃だろう。

 実家には暫く行っていない。神様ともずっと会っていなかった。そろそろ月神の術は完成するだろうか。

 アセビの夢は時折まだ見る事があった。彼女の事は思い出したが、名前を呼んでも、手を伸ばしても、夢の中の彼女に届く事は無かった。

 俺は寝転がったまま腕を上げて、自分の手をぼんやりと眺めた。
 何故俺の魂が中学生の姿を選んだのか、それまで興味が無かった考古学者なんて職業を目指したのか、やっと理解出来た。
 記憶は無くしても、俺の中ではずっとアセビが引っかかり続けていたのだ。

 遺跡の穴から飛び出してきた、蛮神の黒い腕を思い出す。あの人懐っこい女神は、俺達を守ろうとして不気味な怪物の一部として取り込まれてしまった。

(あれ……)

 その時、俺はある事に気が付いた。

 遺跡の近くに行った時も彼女の声は聞こえた。その時の俺はちゃんと起きていた筈だ。

(既に蛮神に取り込まれているのだとしたら、何故彼女の声はまだ俺に聞こえるのだろうか……)

 ふと沸いた疑問を胸に抱きつつ、俺は着替えをして食堂へと向かった。

『お、おはよう友和! なんだ、まだ眠そうじゃねぇか? 朝飯食って元気出せよ!』

 西原はいつも早起きだ。誰よりも早く起きて調理場に立っている。料理をしている時はすこぶる機嫌が良いので、朝からテンションも高かった。
 俺はどちらかというと夜型なので、起き抜けにこの声量は厳しい。

 厨房に入ると、米も既に炊けていた。塩鮭を自分で焼き、大根の味噌汁をよそって食堂の隅で食べ始める。

 体にはあまり良くなさそうだが、塩鮭はしっぽの近くの塩辛いところが好きだ。

(死人には塩分も何も関係ないから、存分に食えるな……)

 そんな事を考えながら、鮭をつついていると、西原が厨房からひょっこりと顔を出す。

『そうだ友和、今日は神界から出前の注文が来ててよ! 昼前に行って来て貰えねえか? 宇迦様んとこだ!』

『……ああ、分かった』

 宇迦様は俺達の料理を気に入ってくれていた。偶に食堂にも来てくれるが、忙しい身なので出前の注文が来る事も多かった。

 俺は時間になると、蕎麦屋のようにおかもちと鎌を持って転送部屋へ向かう。霊界の転送装置は人間界だけでなく神界へもアクセス出来た。
 住所さえ分かれば、基本何処へでも行けたが、神界へ行くには神界側の誰かに呼ばれる必要があった。その他に、人間界であっても結界が張られていたりすると行けない場所がある。

 宴の日以来、宇迦様ともゆっくり話す機会は無かった。何となく気まずくて、こちらからあえてそうしていたのであるが。

(……起き抜けにうっかり出前なんか引き受けちまったが、とにかくさっさと届けて帰って来よう)

 そんな風に思いながら、俺は転送装置の光に身を投じた。
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