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第5章 神々の宴
17.神様の企み
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そのまま地面に倒れ込む感覚があり、顔を上げると神社の木々や植え込みが見えた。ここは社の裏手側だろうか。どうやら俺達は、無事に人間界に放り出されたらしい。
(夏也は……?)
立ち上がって足元を見ると、甥っ子が倒れていたが、気絶しているだけのようだ。放っておいても、すぐに目覚めるだろう。
白い羽織は着ておらず、辺りにも見当たらなかったので、さっき狛犬に襟首を掴まれた際に脱げたのかもしれない。
狛犬の事を思い出し、俺は慌てて振り返ったが、光の輪は既に閉じていた。
『無事だったようじゃの』
道の先から能天気な声が聞こえてくる。ふわふわと白い髪を靡かせて、神様はいつものようにニヤニヤしていた。
俺はその様子を見て、多少苛つきながら言い放つ。
『やっぱり大丈夫じゃなかったじゃないか! 狛犬はもう追って来ないのか?』
『わしの方で一匹引き留めとったんだが、まさか同時に二匹おるとはな……。羽織りは奴らに戻ったようじゃし、一旦報告に向かっておるじゃろう』
さして問題なさそうに語る神様に、俺はさらに詰め寄る。
『こんな強引に神域に乗り込んでまで、アンタは夏也に一体何を叶えさせたかったんだ?』
『そんな怒るな。側から見ておって、夏也も美帆ももどかしくて敵わんかったんじゃ』
神様は夏也の側に屈んで、気絶している彼の顔を覗き込んだ。
『ん、何で美帆が出てくるんだ?』
突然出てきた名前に、俺は一瞬怒りを忘れる。
『あやつら、お互い好いておるのに一向に距離が縮まらんから、明日の縁結びの儀で上手く結ばれる様にしてしまおうと思ってな。関係各所の神々全員に一気に根回しさせようと思ったんじゃよ』
『はあ?』
そう思わず声に出して、俺は片手で顔を覆った。
『そんな事で、わざわざこんな……』
料理の準備から、さっきの全力疾走まで今日一日の疲労がどっと湧き出した。
『ん、待てよ。大体なんであんたが、美帆の気持ちまで分かるんだ?』
不思議に思った俺は、腕を下ろして呟いた。
『夏也の教え子が家に訪ねて来た時にな……ああ、その教え子というのは美帆の弟なんじゃが、作り過ぎたとか言って、わざわざ手作りの料理を持たせておっての。そんなもの、好きでもない相手に持って行かせないじゃろう』
『そういうものか? 本当に作り過ぎて、面識のある同僚の家に行くなら、ついでに持って行ったりはしないのか?』
俺は色恋に関してはかなり疎い。中でも女心に関しては全く理解がないと言っていい。
『わしを誰だと思うとるのじゃ! 好きな者の為に作った料理の味くらい、食べれば分かる!』
『お前が食ったのかよ!?』
俺はがっくりと肩を落とした。このすっとぼけた神様に、怒るだけエネルギーの無駄使いだ。
『……それで、アンタは大丈夫なのか?』
『お、わしの心配もしてくれるとは、明日は雪かのう?』
『冗談言ってる場合か! こんな近くで月神の宝なんか盗みだしたら、簡単に見つかるんじゃないのか?』
『ふむ。そんな悪い事をした奴を捕まえたのなら、直ぐに月神の所に報告に行かなくてはならんな?』
その時、俺の頬に光が刺した。どうやら夜が明けてきたらしい。
神様にも朝日が当たって、その小憎たらしい微笑みを白く光らせていた。
『……アンタ、まさか』
俺が盗人である神様を捕まえたという事にして、月神に会う機会を作ると、コイツはそう言っているのだ。
なんにも考えて無いような顔で、彼は夏也と俺の願いを同時に叶えようとしていたのだ。
『一石二鳥って奴じゃろ? いや、美帆も入れたら三鳥かの?』
昇り始めた朝日を浴びて、俺の身体は端から透けるように溶けて霊界に転送されていく。俺は思い切り叫んだ。
『……馬鹿野郎! そんな事しなくっても、俺は自力で月神に会ってやる! アンタは捕まる前にさっさと逃げろ!』
神様は目を丸くしている。それから、ちょっと悲しそうに笑った。
『なんじゃ、お前さんにも振られてしまったのう……』
きらめく朝日は俺を溶かした。神様の笑顔も視界ごと白い光に飲まれていく。
何とも言えない気持ちのまま、俺は独り霊界へと戻った。
(夏也は……?)
立ち上がって足元を見ると、甥っ子が倒れていたが、気絶しているだけのようだ。放っておいても、すぐに目覚めるだろう。
白い羽織は着ておらず、辺りにも見当たらなかったので、さっき狛犬に襟首を掴まれた際に脱げたのかもしれない。
狛犬の事を思い出し、俺は慌てて振り返ったが、光の輪は既に閉じていた。
『無事だったようじゃの』
道の先から能天気な声が聞こえてくる。ふわふわと白い髪を靡かせて、神様はいつものようにニヤニヤしていた。
俺はその様子を見て、多少苛つきながら言い放つ。
『やっぱり大丈夫じゃなかったじゃないか! 狛犬はもう追って来ないのか?』
『わしの方で一匹引き留めとったんだが、まさか同時に二匹おるとはな……。羽織りは奴らに戻ったようじゃし、一旦報告に向かっておるじゃろう』
さして問題なさそうに語る神様に、俺はさらに詰め寄る。
『こんな強引に神域に乗り込んでまで、アンタは夏也に一体何を叶えさせたかったんだ?』
『そんな怒るな。側から見ておって、夏也も美帆ももどかしくて敵わんかったんじゃ』
神様は夏也の側に屈んで、気絶している彼の顔を覗き込んだ。
『ん、何で美帆が出てくるんだ?』
突然出てきた名前に、俺は一瞬怒りを忘れる。
『あやつら、お互い好いておるのに一向に距離が縮まらんから、明日の縁結びの儀で上手く結ばれる様にしてしまおうと思ってな。関係各所の神々全員に一気に根回しさせようと思ったんじゃよ』
『はあ?』
そう思わず声に出して、俺は片手で顔を覆った。
『そんな事で、わざわざこんな……』
料理の準備から、さっきの全力疾走まで今日一日の疲労がどっと湧き出した。
『ん、待てよ。大体なんであんたが、美帆の気持ちまで分かるんだ?』
不思議に思った俺は、腕を下ろして呟いた。
『夏也の教え子が家に訪ねて来た時にな……ああ、その教え子というのは美帆の弟なんじゃが、作り過ぎたとか言って、わざわざ手作りの料理を持たせておっての。そんなもの、好きでもない相手に持って行かせないじゃろう』
『そういうものか? 本当に作り過ぎて、面識のある同僚の家に行くなら、ついでに持って行ったりはしないのか?』
俺は色恋に関してはかなり疎い。中でも女心に関しては全く理解がないと言っていい。
『わしを誰だと思うとるのじゃ! 好きな者の為に作った料理の味くらい、食べれば分かる!』
『お前が食ったのかよ!?』
俺はがっくりと肩を落とした。このすっとぼけた神様に、怒るだけエネルギーの無駄使いだ。
『……それで、アンタは大丈夫なのか?』
『お、わしの心配もしてくれるとは、明日は雪かのう?』
『冗談言ってる場合か! こんな近くで月神の宝なんか盗みだしたら、簡単に見つかるんじゃないのか?』
『ふむ。そんな悪い事をした奴を捕まえたのなら、直ぐに月神の所に報告に行かなくてはならんな?』
その時、俺の頬に光が刺した。どうやら夜が明けてきたらしい。
神様にも朝日が当たって、その小憎たらしい微笑みを白く光らせていた。
『……アンタ、まさか』
俺が盗人である神様を捕まえたという事にして、月神に会う機会を作ると、コイツはそう言っているのだ。
なんにも考えて無いような顔で、彼は夏也と俺の願いを同時に叶えようとしていたのだ。
『一石二鳥って奴じゃろ? いや、美帆も入れたら三鳥かの?』
昇り始めた朝日を浴びて、俺の身体は端から透けるように溶けて霊界に転送されていく。俺は思い切り叫んだ。
『……馬鹿野郎! そんな事しなくっても、俺は自力で月神に会ってやる! アンタは捕まる前にさっさと逃げろ!』
神様は目を丸くしている。それから、ちょっと悲しそうに笑った。
『なんじゃ、お前さんにも振られてしまったのう……』
きらめく朝日は俺を溶かした。神様の笑顔も視界ごと白い光に飲まれていく。
何とも言えない気持ちのまま、俺は独り霊界へと戻った。
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