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第5章 神々の宴
16.夏也
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俺は焦りながらも、何か良い手が無いか辺りを見回す。すると廊下に立ち止まって、騒ぎに驚いている豊月を見つけた。
『豊月!』
『友和!? アンタまだ此処にいたの? この騒ぎは何?』
『夏也の侵入がバレて、今狛犬に追われている。あの垂れ幕の先へ続く近道を知らないか?』
『はあ? 何よそれ!? ヤバいじゃないの!』
豊月は驚き大声を上げたが、ハッとして口を手で押さえると、そっと右手の方を指差した。
『あの垂れ幕は人間界へ戻る道に繋がっているわ。時空の歪み方が違うから、多分こっちの方が早く出口に向かえる筈……あそこを曲がって、扉を抜けたら真っ直ぐ走って!』
『恩に着る!』
俺が走り出そうとすると、彼女は肩を掴んだ。
『扉の先は急に暗くなるけど、絶対に後ろを振り返らずに、真っ直ぐ走り続けるのよ?』
『そんな話、たしか神話でもあったな……分かった。気を付けるよ』
『夏也君を無事に返してあげるのよ! 私まだ彼の精気吸えてないんですからね!』
豊月は腕を組んで笑った。俺も笑って片手を上げると、角を曲がって先を急いだ。
突き当たりの大きな扉を押し開けると、確かに中は真っ暗だった。数メートル先も良く見えないが、構わず走って行く。
そのままかなりの長さを走ったが、何も見えないどころか、音すら聞こえない。
(もうどのくらい走っただろう……。確かめたいが振り返ってはいけないと言われたしな……普通の感覚では、とっくに神社の敷地を越えている筈だ……。これが時空の歪みなのか?)
俺は走り続ける内に、何故だか初めて夏也と会った時の事を思い出していた。
兄は東京へ出て結婚してからも、勤め先の大学が長期休暇に入ったタイミングで、たまに実家に帰って来ていた。
夏也が生まれて一歳を過ぎた夏、兄貴は夏也を連れて、夫婦で家に遊びに来た。
迎えに出た玄関で、俺は恐る恐る姉の腕の中の小さな赤ん坊を覗き込む。
夏也はこぼれ落ちそうなほっぺたをして、きらきらした目で俺を見つめると、にっこりと微笑んで俺の眼鏡を引っ張った。
休暇中、夏也は畳の上をひょこひょこ這いずり回ったり、俺の本の角をしゃぶったり、無邪気に家を探索していた。自分にもこのような赤ん坊の時があったのだとは、とても考えられなかった。
俺は未婚で、この先も独りでいるつもりだったが、柔らかくて小さな赤ん坊の夏也は、自分の子でなくても特別可愛いと感じた。
夏也は小学生まで、毎年夏休みに兄貴と、四つ下に生まれた妹も一緒に家へ遊びに来ていた。
兄貴は田舎を満喫させようと、蝉取りや川遊びに連れ出したが、夏也はそれより読書が好きで、俺の本を好きに読んで構わないと言ったら、目を輝かせて本棚の前に立っていた。
中学生になると、家へ来る事も少なくなってしまったが、優しい目元も背格好も、会う度に兄貴に似ていった。
何も持たない俺にとって、夏也は数少ない守りたいものだった。
暫く走り続けていると、自分の右手の方に何者かの存在を感じた。どうやらそれも、俺の少し後ろ辺りを並走しているらしい。
(振り返ってはならないし、どのみち暗くて良く見えないな……)
すると、前方に星の一粒程の光が見えてきた。
(あれが出口か……)
俺は少しずつ右に寄せるようにして走る。何者かの気配は徐々に近づき、それが複数である事に気付いた。
出口の光が徐々に強くなり、並走する者の姿が少し見えた。先を走るのは羽織りを着た人間の男、そしてそれを追っているのは先程見かけた獣人だった。
(やはり、夏也と狛犬だ……!)
俺は距離を詰めながら走る。出口の光はもうかなり大きくなっていた。
しかし隣を見ると、狛犬の手が、まさに夏也の襟首に伸びようとしている。
(くそっ!)
俺は出し得る限りの力で走り、彼等の前に躍り出た。
(届いてくれ……!)
思い切り手を伸ばして、夏也の腕を掴む。その時伸ばした俺の腕は、何故だか大人の手になっているように見えた。
一瞬、混乱しながらもそのまま力を込めて夏也を引っ張り、俺達は一緒に光の中に倒れるように飛び込んだ。
『豊月!』
『友和!? アンタまだ此処にいたの? この騒ぎは何?』
『夏也の侵入がバレて、今狛犬に追われている。あの垂れ幕の先へ続く近道を知らないか?』
『はあ? 何よそれ!? ヤバいじゃないの!』
豊月は驚き大声を上げたが、ハッとして口を手で押さえると、そっと右手の方を指差した。
『あの垂れ幕は人間界へ戻る道に繋がっているわ。時空の歪み方が違うから、多分こっちの方が早く出口に向かえる筈……あそこを曲がって、扉を抜けたら真っ直ぐ走って!』
『恩に着る!』
俺が走り出そうとすると、彼女は肩を掴んだ。
『扉の先は急に暗くなるけど、絶対に後ろを振り返らずに、真っ直ぐ走り続けるのよ?』
『そんな話、たしか神話でもあったな……分かった。気を付けるよ』
『夏也君を無事に返してあげるのよ! 私まだ彼の精気吸えてないんですからね!』
豊月は腕を組んで笑った。俺も笑って片手を上げると、角を曲がって先を急いだ。
突き当たりの大きな扉を押し開けると、確かに中は真っ暗だった。数メートル先も良く見えないが、構わず走って行く。
そのままかなりの長さを走ったが、何も見えないどころか、音すら聞こえない。
(もうどのくらい走っただろう……。確かめたいが振り返ってはいけないと言われたしな……普通の感覚では、とっくに神社の敷地を越えている筈だ……。これが時空の歪みなのか?)
俺は走り続ける内に、何故だか初めて夏也と会った時の事を思い出していた。
兄は東京へ出て結婚してからも、勤め先の大学が長期休暇に入ったタイミングで、たまに実家に帰って来ていた。
夏也が生まれて一歳を過ぎた夏、兄貴は夏也を連れて、夫婦で家に遊びに来た。
迎えに出た玄関で、俺は恐る恐る姉の腕の中の小さな赤ん坊を覗き込む。
夏也はこぼれ落ちそうなほっぺたをして、きらきらした目で俺を見つめると、にっこりと微笑んで俺の眼鏡を引っ張った。
休暇中、夏也は畳の上をひょこひょこ這いずり回ったり、俺の本の角をしゃぶったり、無邪気に家を探索していた。自分にもこのような赤ん坊の時があったのだとは、とても考えられなかった。
俺は未婚で、この先も独りでいるつもりだったが、柔らかくて小さな赤ん坊の夏也は、自分の子でなくても特別可愛いと感じた。
夏也は小学生まで、毎年夏休みに兄貴と、四つ下に生まれた妹も一緒に家へ遊びに来ていた。
兄貴は田舎を満喫させようと、蝉取りや川遊びに連れ出したが、夏也はそれより読書が好きで、俺の本を好きに読んで構わないと言ったら、目を輝かせて本棚の前に立っていた。
中学生になると、家へ来る事も少なくなってしまったが、優しい目元も背格好も、会う度に兄貴に似ていった。
何も持たない俺にとって、夏也は数少ない守りたいものだった。
暫く走り続けていると、自分の右手の方に何者かの存在を感じた。どうやらそれも、俺の少し後ろ辺りを並走しているらしい。
(振り返ってはならないし、どのみち暗くて良く見えないな……)
すると、前方に星の一粒程の光が見えてきた。
(あれが出口か……)
俺は少しずつ右に寄せるようにして走る。何者かの気配は徐々に近づき、それが複数である事に気付いた。
出口の光が徐々に強くなり、並走する者の姿が少し見えた。先を走るのは羽織りを着た人間の男、そしてそれを追っているのは先程見かけた獣人だった。
(やはり、夏也と狛犬だ……!)
俺は距離を詰めながら走る。出口の光はもうかなり大きくなっていた。
しかし隣を見ると、狛犬の手が、まさに夏也の襟首に伸びようとしている。
(くそっ!)
俺は出し得る限りの力で走り、彼等の前に躍り出た。
(届いてくれ……!)
思い切り手を伸ばして、夏也の腕を掴む。その時伸ばした俺の腕は、何故だか大人の手になっているように見えた。
一瞬、混乱しながらもそのまま力を込めて夏也を引っ張り、俺達は一緒に光の中に倒れるように飛び込んだ。
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