護堂先生と神様のごはん 護堂教授の霊界食堂

栗槙ひので

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第5章 神々の宴

13.奥社での再会

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 奥社の廊下には、温かな木漏れ日が降り注ぎ、のんびりと昼寝でもしたい陽気であった。
 爽やかな秋晴れとは裏腹に、これから伺わなければならない用事に酷く気が滅入ってくる。
 他の神々は夕刻に到着するが、自分だけ神事の始まる数刻前に、呼び出しを食らっていたのだ。

 部屋に入ると、従者らしき者が御簾の前に座っていた。

『やっと来たか。月神様はじきにおいでになる。そこへなおれ』

 年老いた従者は、偉そうに畳の中央を指差した。いかにも神経質で意地の悪そうな奴。苦手なタイプだ。

『……貴様、聞くところに寄ると、人間に姿を晒しながら共に暮らしているそうじゃな。曲がりなりにも神という立場でありながら、そんな軽率な振る舞いをして良いと思っているのか?』

 彼はギロリと目を剥いて、此方を睨み付けながら言った。

(やれやれ、早速説教とはのう……)

 黙ったまま指示された場所に腰を下ろすと、従者は更に畳み掛けた。

『聞いておるのか!?』

『……はい』

 すると、御簾の向こう側の襖が開閉する音がした。衣擦れの音が近づいて来る。その影は深森静寂に包まれた湖面すら、少しも波立たせる事の無さそうな、実に穏やかで澄んだ声を発した。

雲珠うず、下がって良いぞ』

『はっ……!』

 雲珠と呼ばれた意地悪爺さんは、まだ何か言いたげに此方を見遣ると、すごすごと部屋を出て行った。

『ふふ、これで静かになったね。ああ、これも邪魔だなぁ……』

 その影は楽しそうに笑うと、我々を隔てている御簾を上げて、その姿を露わにした。

『……久しぶりだね、おぼろ

 夜空を思わせる濃紺の着物に、長い銀髪が流れる。白い肌はまるで宵闇に注ぐ月光のごとく輝き、流麗な目と口元は妖しく美しく微笑んでいた。

 もう二度と目にする事はないと思っていた。

『お久しぶりです……月詠つくよみ様』

 己を生み出した、その高貴な神の前に、自分はただ深く頭を垂れた。

『君を生んだ時の事は、今もはっきり覚えているよ。あの白く儚い桜の上に、ぼんやりと月が浮かんだんだ。とても美しい光景だった……僕はその時の感動を記しておきたくて君を造った……』

 月詠は此方までやってきて身を寄せると、白い癖っ毛を撫でて酔いしれる様に語った。

『……此度のお役目、しかと務めさせていただきます』

 目を伏せたまま答えると、彼は愛おしそうに続ける。

『葉月はしっかり伝えてくれたのだね。あの子も人間の身でありながら良く働いてくれる……』

(夏也や友和は、今頃どうしているだろうか……)

 髪を撫でられながら、何故だかそんな事が頭に浮かんだ。




『朧は人が好き?』

 美しい月詠の顔が此方を覗き込んでくる。彼の不思議な色の瞳と目が合った。まるで頭の中まで見透かされている様な瞳だった。そのままそっと頷く。

『朧、やっぱり僕は君を生んで良かったよ……』

 月詠はふわりと微笑んだ。

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