護堂先生と神様のごはん 護堂教授の霊界食堂

第5章 神々の宴

8.人気の秘訣

　蕎麦を待っている間、俺は隣席する神様達の会話に耳を澄ませた。

『やっぱり、ここの蕎麦はほっとするのう……』

『豪勢な飯も有難いが、わしはこういう方が落ち着くのう……。それに、この蕎麦は我が山から湧き出た水で作られたものじゃ。美味くない訳がない』

『こっちの漬物やネギは、うちの氏子が育てたもんじゃよ。どうじゃ？　美味いだろう？』

　そう言って神様達は、蕎麦を食べながら互いに地元の自慢話を始めた。

（自分が管理している地域については、やっぱり愛着や誇りのようなものがあるのだろうか……）

　そんな事を考えていると、俺達の蕎麦も運ばれてきた。

『おお、美味そうだな！』

　西原は嬉しそうに手を合わせた。

『いただきます』

　器から立ち昇る湯気は、蕎麦の良い香りがする。俺は蕎麦湯に汁を足さずに、まずはそのまま啜ってみた。

（蕎麦の味が濃いな……！）

　麺は蕎麦の実の粒感を残し、しっかりとコシもある。噛む程に豊かな味と香りが広がった。
　続いて、脇に置いてあったネギや海苔、汁を足して一緒に啜り上げる。

（汁や薬味が絡んで、さっきのとはまた違った蕎麦の味が引き出される……！）

　薬味は大根おろしや胡麻もついており、俺は少しずつ配分を変えながら、蕎麦と薬味の様々なバランスを楽しんだ。

『こっちもなかなかイケるわよ！』

　豊月は割子蕎麦をつるつると旨そうに食べている。

『ああ。確かに美味い蕎麦だが、神様御用達っていう程の目立った特徴は無さそうだな？』

　西原も最初は楽しそうに食べていたものの、課題を思い出したのか不安げな表情に戻ってしまった。

『お味はいかがですか？』

　そこへ、先程の狸の給仕がお茶のお代わりを持って現れた。

『ああ、凄く美味いよ。この店は神様達に人気があると聞いて来たんだが、何か彼等を引き付けるポイントがあったりするのかな？』

　俺達だけで考えていても仕方がない。答えて貰えるかは分からないが、俺は直接聞いてみる事にした。

『まあ、それはそれは……。有難い事に此処ももう随分長い事やらせていただいてますが、何でしょうねぇ……蕎麦や汁の質にはこだわって、いつも変わらない味をお出しできる様に気をつけておりますが……』

『やっぱり、神有月が一番混むの？』

　豊月も横から身を乗り出して尋ねる。

『そうですねぇ。その頃は神様方が沢山みえますよ。皆様久しぶりに顔を合わされて、楽しそうにお喋りをされていて……案外そんな楽しい時間が一番の調味料になっていたりするんじゃないかしらねぇ……？』

　狸は頬に手を当てて、思い出すように小首を傾げる。

『誰かと一緒に食う飯ってのは美味いもんだよな』

　西原は微笑んだ。彼も長年ホテルで食事を楽しむ客の姿を見てきたのだろう。勿論、彼自身も奥さんや俺と食事をしている時が楽しかったのだ。俺もそうだったように。

（年に一度だけ会う、友人との楽しい会話……か）

『仲間と楽しく過ごした思い出の場所って、また来たくなりますものね。この店も変わらず続けられる様に、これからも頑張らなきゃいけないですね』

　そう言うと、狸は少し嬉しそうにお茶を足してから店の奥へと戻って行った。

『なーんかいい考えは閃いた？』

　豊月が悪戯っぽい笑顔で俺の顔を覗き込んでくる。

『ああ、少し浮かんできたかも知れない……』

　俺は箸を置くと、湧いてきたアイデアが消えないように、ポケットから手帳を取り出して手早くメモをした。