護堂先生と神様のごはん 護堂教授の霊界食堂

栗槙ひので

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第5章 神々の宴

7.神様の蕎麦屋

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『いらっしゃいませ』

 暖簾を潜り、引き戸を開けて店内に入ると、そこはごく普通の蕎麦屋であった。商店街の藪中より少し広いくらいだ。

 だが、大きく普通の蕎麦屋と異なっている点として、声を掛けてきた店員が狸だったという点と、着席して蕎麦をすすっている客が、明らかに現代の人間とは異なった姿をしている点がある。

『三名様……あら、此方の方々はもしや人間霊でございますか?』

『ええ。ツレなんだけど、駄目だったかしら?』

『いいえ、とんでもございません。私どもの店の暖簾を潜った方は、皆大切なお客様です。大変失礼しました、珍しかったものですから……さあ、どうぞ此方へ』

 狸の給仕は慌てて俺達を奥の席へと案内する。顔や手足の見た目は普通の狸なのだが、着物を着て二足歩行しているのが不思議だった。

『あっちで座ってるのは、何かの神様なのかい?』

 席につき、狸の給仕がお茶を取りに行ったところで、西原が小声で尋ねた。
 少し離れた席で、岩のように大きな体をした男と、正反対に骨のように細い男が向かい合って座っていた。二人とも地味な色の着物を着ており、失礼だが神の威厳のようなものは感じない。まあその点はうちの神様と同じだが。

『私もこの辺が地元って訳じゃないから知らない顔だけど……近くの山とか川に関係する神様だと思うわ』

 豊月も小声で囁くように答えた。すると、店の奥から先程の狸が現れて、お盆に乗せた蕎麦を彼等の席へと運んで行く。

『おお、きたきた』

 大きな方の神様が、揉み手をしながら蕎麦を歓迎した。蕎麦は赤い三段の重箱に入っているらしい。海苔やネギを乗せた小皿も脇に乗っていた。

『釜揚げすぐお持ちしますね』

 狸は痩せた神様におっとりと告げると、直ぐに奥から湯気の立ち昇る器を乗せて現れた。遠目だが、器の中の汁は透明に見える。

『あれってもしかして、蕎麦湯が入ってるのか?』

 俺が呟くと、西原が小声で答えた。

『ああ。出雲の釜揚げ蕎麦ってのは、蕎麦湯に入れた状態で出てくるらしいぜ。まずは蕎麦本来の味を楽しんでから、別についてくる汁や薬味を足しながら食べると聞いた事がある』

『へえ、面白いな……』

 俺は、自分で味を調節したり、途中で味を変えながら楽しめる事に興味をそそられた。そう言えば、ひつまぶしなんかもその類だ。

『さて、俺達も料理を選ぶか?』

  西原がテーブルに置いてあったお品書きを広げる。中の文字は普通の日本語のように読む事が出来た。

 先程の割子蕎麦、釜揚げ蕎麦の他に丼物もあるようだ。

『あ、』

 お品書きを見ながら、俺はある事に気が付いた。

『そういや、俺達金とか持ってないんだが、ここの店ってどういう支払いになっているんだ?』

 お品書きには値段らしきものは書かれていなかった。神界に通貨のような概念があるのかも定かではないが、タダという事はないであろう。

『はぁ……知ってるわよ。今日くらいアタシが奢るわ。アンタ達にはいつもご馳走になってるからね』

『よっ、姉さん太っ腹!』

『……ちょっと、調子に乗るならやめるわよ?』

 西原と豊月がじゃれあっていると、狸がお盆にお茶を乗せてやって来る。

『お待たせしました。何になさいますか~?』

 西原と豊月は割子蕎麦を、俺は釜揚げを頼む事にした。
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