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第5章 神々の宴
5.宇迦様の料理
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垂れ幕の裏に伸びた廊下を進むと、正面に大きく開いた入り口があった。恐らくそこが厨房なのだろう。
室内に足を踏み入れると、ふわりと出汁のような良い香りがした。
『来たわね! さあ、はじめるわよ♪』
これまたどでかい調理場の奥に、宇迦様が腕を組んで立っている。彼女が小さいのと部屋が広いのとで、声を掛けられなければ、何処に居るのか気が付かなかっただろう。
『こりゃすげーな……こんな厨房見た事ねえや』
西原は呆然と室内を見回す。整然と並ぶ調理器具や設備は、素材こそ人間界とは少し異なっているが、仕組みは近いように思われた。
焼き場はバーベキューのように炭火焼が出来そうな設備が何台も並び、隣には焼き窯がいくつも並んでいる。
調理台も広く、洗い場もちゃんと水が通っているようだ。
霊界食堂の厨房も似たような造りではあるが、規模がまるで異なっていた。
『ほらほら、ぼーっとしてないでさっさと進む!』
俺達は豊月に促されて、宇迦様の近くまで歩いて行く。
『ふふ、凄いでしょ? 此処でいっぺんに作るから、かなりの広さが必要なの。まあ、火や水の扱いはそれぞれ得意な精霊が手伝ってくれるから大丈夫よ! じゃあ今日はまず……』
彼女が調理台に置いてあった大きな風呂敷をぱっとめくった。そこには、黒い重箱のようなものが置いてある。
『まずは、神々が例年どんなものを食しているのか、貴方達も食べてみないとね?』
彼女はにこにこと微笑みながら、重箱の蓋を持ち上げた。俺と西原はそれをそっと覗き込む。
中には、豆腐、飴がけした胡桃、南瓜の煮物、刺身、鮑、栗入りのおこわがそれぞれ並んでいた。
『……綺麗だ』
俺は思わず呟いてしまった。
重箱に詰められた料理達は、どれもまるで宝石でも眺めているかのような、和食ならではの美しい佇まいをしていた。
『さあ、ここへ座って召し上がれ♪』
『い、いただきます』
俺達は既に、料理の見た目の時点で圧倒されていたが、渡された箸を握って席に着いた。
どれから試すか迷ったが、俺はまず豆腐へと箸を伸ばした。つるりと白く滑らかな表面に箸を入れて口へ運ぶ。
『!?』
瞬間、俺の口の中は胡麻の豊かな香りで満たされた。舌触り、喉ごし、これまで食べてきたどんな豆腐とも比べ物にならない。
隣を見ると、西原が刺身を口にして硬直していた。
『……こんな旨い鯛、食った事ねえや』
俺も刺身を食べてみる。鯛の鮮度はそのままに、ほんのりと柚子の香りと昆布出汁の旨味が広がる。
『胡麻豆腐に、鯛の昆布締め……どちらも繊細なのに、恐ろしいくらいの旨さが詰まっている……』
南瓜の自然な甘さを活かした味付けも、心地よい歯触りと旨味溢れる鮑も、もっちりとした食感と優しい甘さに癒されるような栗おこわも、その全てが完璧な料理であった。
『今、貴方達が挑もうとしている舞台は、この料理達が並べられるのと同じ場所だという事を良く理解してね♪』
宇迦様は微笑んでいたが、その目は笑っていない。
『今日は使える食材や、調理設備について説明するから、それを見て宴でどんな料理を出すか考えてきて頂戴。期限は一週間。私が納得出来なければ、貴方達の料理を出す事は出来ないわ』
『一週間の間、ここを使わせて貰う事は出来るのか?』
俺が尋ねると、宇迦様は頷いた。
『いいわよ。食材も設備も好きに使って♪』
それから俺達は、彼女に案内されて食材の保管庫を見学したり、実際に火を使わせて貰ったりした。
(期限は一週間。一体何を作れば納得して貰えるだろうか……)
神々の料理と俺達の作る料理。その差は歴然としていた。不安に打ちのめされそうになりながらも、俺は考えを巡らせ続けた。
室内に足を踏み入れると、ふわりと出汁のような良い香りがした。
『来たわね! さあ、はじめるわよ♪』
これまたどでかい調理場の奥に、宇迦様が腕を組んで立っている。彼女が小さいのと部屋が広いのとで、声を掛けられなければ、何処に居るのか気が付かなかっただろう。
『こりゃすげーな……こんな厨房見た事ねえや』
西原は呆然と室内を見回す。整然と並ぶ調理器具や設備は、素材こそ人間界とは少し異なっているが、仕組みは近いように思われた。
焼き場はバーベキューのように炭火焼が出来そうな設備が何台も並び、隣には焼き窯がいくつも並んでいる。
調理台も広く、洗い場もちゃんと水が通っているようだ。
霊界食堂の厨房も似たような造りではあるが、規模がまるで異なっていた。
『ほらほら、ぼーっとしてないでさっさと進む!』
俺達は豊月に促されて、宇迦様の近くまで歩いて行く。
『ふふ、凄いでしょ? 此処でいっぺんに作るから、かなりの広さが必要なの。まあ、火や水の扱いはそれぞれ得意な精霊が手伝ってくれるから大丈夫よ! じゃあ今日はまず……』
彼女が調理台に置いてあった大きな風呂敷をぱっとめくった。そこには、黒い重箱のようなものが置いてある。
『まずは、神々が例年どんなものを食しているのか、貴方達も食べてみないとね?』
彼女はにこにこと微笑みながら、重箱の蓋を持ち上げた。俺と西原はそれをそっと覗き込む。
中には、豆腐、飴がけした胡桃、南瓜の煮物、刺身、鮑、栗入りのおこわがそれぞれ並んでいた。
『……綺麗だ』
俺は思わず呟いてしまった。
重箱に詰められた料理達は、どれもまるで宝石でも眺めているかのような、和食ならではの美しい佇まいをしていた。
『さあ、ここへ座って召し上がれ♪』
『い、いただきます』
俺達は既に、料理の見た目の時点で圧倒されていたが、渡された箸を握って席に着いた。
どれから試すか迷ったが、俺はまず豆腐へと箸を伸ばした。つるりと白く滑らかな表面に箸を入れて口へ運ぶ。
『!?』
瞬間、俺の口の中は胡麻の豊かな香りで満たされた。舌触り、喉ごし、これまで食べてきたどんな豆腐とも比べ物にならない。
隣を見ると、西原が刺身を口にして硬直していた。
『……こんな旨い鯛、食った事ねえや』
俺も刺身を食べてみる。鯛の鮮度はそのままに、ほんのりと柚子の香りと昆布出汁の旨味が広がる。
『胡麻豆腐に、鯛の昆布締め……どちらも繊細なのに、恐ろしいくらいの旨さが詰まっている……』
南瓜の自然な甘さを活かした味付けも、心地よい歯触りと旨味溢れる鮑も、もっちりとした食感と優しい甘さに癒されるような栗おこわも、その全てが完璧な料理であった。
『今、貴方達が挑もうとしている舞台は、この料理達が並べられるのと同じ場所だという事を良く理解してね♪』
宇迦様は微笑んでいたが、その目は笑っていない。
『今日は使える食材や、調理設備について説明するから、それを見て宴でどんな料理を出すか考えてきて頂戴。期限は一週間。私が納得出来なければ、貴方達の料理を出す事は出来ないわ』
『一週間の間、ここを使わせて貰う事は出来るのか?』
俺が尋ねると、宇迦様は頷いた。
『いいわよ。食材も設備も好きに使って♪』
それから俺達は、彼女に案内されて食材の保管庫を見学したり、実際に火を使わせて貰ったりした。
(期限は一週間。一体何を作れば納得して貰えるだろうか……)
神々の料理と俺達の作る料理。その差は歴然としていた。不安に打ちのめされそうになりながらも、俺は考えを巡らせ続けた。
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