上 下
64 / 131
第4章 河童の里と黒い怪物

8.怪物の正体

しおりを挟む
 獣のようにも聞こえるが、今までに聞いた事の無い不気味な声であった。思わずぞわりと身震いする。

『私達でなるべく時間を稼ぐ。友和、河童達を連れて先を急いでくれ!』

 蓮雫は穴から視線を外さず、指先を額の前にかざして何か呪文のようなものを唱えた。すると、周囲に鬼火がいくつも現れる。
 これなら俺が鎌に乗せた鬼火を持って行っても大丈夫だ。

『さあ、早く行くんじゃ! 後程、里で落ち合おう!』

 神様は素早く蓮雫の横に並び、振り返って俺を促す。いつも能天気な彼の余裕の無さが、事態の深刻さを物語っていた。

『……分かった』

 状況を詳しく確認する時間も無さそうだ。俺はドンを担ぎ上げると、サブローに鎌を持たせてその場を後にした。

 背後で何度か物がぶつかる音と咆哮が聞こえたが、俺は振り返らず道を急いだ。
 ドンを抱えて歩いたので、行きより多少時間はかかったが、俺達は数十分後には無事に里まで戻る事が出来た。

『ドンはきっと助かる。サブローも良く頑張ったな』

『クプー!』

 里に入ると、河童達が一斉に集まって来た。俺は言葉が通じない事を思い出し戸惑ったが、ドンを見せると彼等は直ぐに引き取って、手当てに向かってくれた。サブローも心配そうにその後について行く。

 彼等が里の奥に向かうのと入れ違いに、長のエンロウがやって来た。俺は彼に状況を説明しながら、エンロウの家で神様達を待つ事にした。

(あの二人ならきっと上手く切り抜けるだろう……大丈夫だ……)

 黒い怪物と神様達の力の差は、正直俺には分からない。ただそう自分に言い聞かせるようにして、俺は二人を待った。

 しかし、夜半過ぎに里の入り口に現れたのは、酷い怪我をして意識を失いかけた蓮雫を、何とか抱えて歩く神様の姿であった。

『蓮雫!? 大丈夫なのか!?』

『状態はあまり良くないのう……。霊界へ戻す前に手当てが必要じゃ。助けて貰えるかの?』

 そう言う神様の方も、所々怪我をしてボロボロの状態であった。二人を見て長が直ぐに立ち上がる。

『勿論だ。其方はかなり毒気に当てられておるようだ。誰かおらんか! この恩人達を清めの水で洗ってやってくれ!』

 すると、背の高い河童達が次々部屋になだれ込んで来て、蓮雫を垂幕の奥へと運んで行った。それを見送ると、俺は神様に向き直る。

『化物の方はどうなった?』

『わしと蓮雫で一度扉の奥に押し込めて結界を張った。じゃが、奴が再び出て来るのは時間の問題じゃろう』

 神様は右腕をさすりながら俯向いている。

『わしらが今迄追い回しておったのは彼奴の影じゃ。扉の奥から出られない奴は、自身の影を使って魂を集めていた。先程見たものが奴の本体じゃ』

『人や妖怪達の魂を喰らって、扉を破る力を溜め込んでいたのか……? 確かに、影の出現範囲はこの山を中心に広がってきていた……』

 完全に後手に回っている。一番早く気付けたのは、遺跡で死んだ俺だった筈だ。
 これまでの間に犠牲になってきた沢山の者達を思い出し、俺はギリギリと歯噛みしながらも何とか冷静になろうと努めた。

『明日の昼、皆で一度集まろう。共有しておかねばならん事がある……。今夜はわしも此処で休ませて貰うわい』

 神様はそう言って、俺に背を向けると垂幕に手をかけた。

『それにしても、アンタ達をここまでの目に合わせるなんて、ありゃ一体何者なんだ?』

 神様は足を止めると、少しだけこちらを向いて呟いた。

『……ありゃ、鬼でも妖怪でもない……神じゃ』

 その顔にいつものゆるさは無い。
 神様のこんな表情を、俺は今まで一度も見た事が無かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

ようこそ猫カフェ『ネコまっしぐランド』〜我々はネコ娘である〜

根上真気
キャラ文芸
日常系ドタバタ☆ネコ娘コメディ!!猫好きの大学二年生=猫実好和は、ひょんなことから猫カフェでバイトすることに。しかしそこは...ネコ娘達が働く猫カフェだった!猫カフェを舞台に可愛いネコ娘達が大活躍する?プロットなし!一体物語はどうなるのか?作者もわからない!!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

鬼と私の約束~あやかしバーでバーメイド、はじめました~

さっぱろこ
キャラ文芸
本文の修正が終わりましたので、執筆を再開します。 第6回キャラ文芸大賞 奨励賞頂きました。 * * * 家族に疎まれ、友達もいない甘祢(あまね)は、明日から無職になる。 そんな夜に足を踏み入れた京都の路地で謎の男に襲われかけたところを不思議な少年、伊吹(いぶき)に助けられた。 人間とは少し違う不思議な匂いがすると言われ連れて行かれた先は、あやかしなどが住まう時空の京都租界を統べるアジトとなるバー「OROCHI」。伊吹は京都租界のボスだった。 OROCHIで女性バーテン、つまりバーメイドとして働くことになった甘祢は、人間界でモデルとしても働くバーテンの夜都賀(やつが)に仕事を教わることになる。 そうするうちになぜか徐々に敵対勢力との抗争に巻き込まれていき―― 初めての投稿です。色々と手探りですが楽しく書いていこうと思います。

となりのソータロー

daisysacky
ライト文芸
ある日、転校生が宗太郎のクラスにやって来る。 彼は、子供の頃に遊びに行っていた、お化け屋敷で見かけた… という噂を聞く。 そこは、ある事件のあった廃屋だった~

処理中です...