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第2章 となりの女神と狐様
15.神の失踪
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『神の中でも格や階級が異なるのは分かるが、神様でも駆け出しや未熟なんて事があるのか?』
『ええ、私は弁才天様に仕える者達の中でも、まだまだ経験が浅かったのですが、私が先代からこの職を引き継いだのはつい最近、三十年程前の事なんです……』
サザナミ様は俯向きながら答えた。
『神様の世界では、かなり最近の話って事になりそうだな。その、異動みたいな事って良くある話なのか?』
『いえ……。当時の私は、いずれ氏神に成るべく修行中の身でした。ですがある時、まだ予定された時期が来る前に……』
サザナミ様はさらに言いにくそうにしながらも、ゆっくりと続ける。
『先代は……失踪したのです』
『失踪? 神様が?』
『私も着任後ずっと周囲を警戒していますが、先代の行方も原因も分からないままです。この辺りの人々は皆温かく、町は平和そのものですが、時折禍々しい風が吹く事があります……』
(禍々しい風……)
鏡で見たあの黒い霧と何か関係があるのだろうか。
『お前さんも感じていたのか?』
俺は神様に向き直った。神様は珍しく腕を組んで真剣な表情をしていたが、きっぱりと答えた。
『……いや、全く!』
どうせ飯の香りにしか反応していなかったのだろう。期待したのが間違いだった。
『しかし、それじゃ神様の世界でも大騒ぎになってるんじゃねえのか?』
呆れている私の代わりに、西原が尋ねた。
『勿論です。神界からも捜索隊が派遣されました。夜間でも目が効き、昼同然に活動出来る月神様の部隊です。』
それを聞いて、うちの神様の表情が少し反応したように見えた。
『しかし、それでも先代は見つかりませんでした……。それからすぐ私が派遣されて、暫くは平穏な日々が続いていたのですが……』
(今度は黒い霧が現れ出したという事か……)
定められた天命を全うしないままの魂が増えれば、当然神界側でも問題になりそうだ。
『俺達は食堂の件の他に、この不可解な死についても調査を命じられているんだ。アンタの先代と関係があるのかは分からないが、また情報交換させて欲しい』
『ええ、是非!』
サザナミ様は力強く頷いた。
『じゃあ、わしらは食材について稲荷の方に交渉しに行って来るわい……』
渋々感全開で神様が言う。
『そうですね。食べ物に関しては其方の方が融通が効くかと思います……』
『……ああ、それと』
社に背を向けかけて、俺は振り返った。
『もし万が一、これから俺の甥がここを訪れても、俺の事やこの事件については伝えないでくれないか』
夏也にサザナミ様の姿が見えるのかは分からないが、少なくとも俺より霊感がありそうだ。彼を巻き込みたくない。
『……ええ、分かりました』
サザナミ様は俺の気持ちを悟ったのか、優しく微笑んだ。
そうして俺達は、サザナミ様に拝礼すると、参道に戻って稲荷の末社へと向かった。
『ええ、私は弁才天様に仕える者達の中でも、まだまだ経験が浅かったのですが、私が先代からこの職を引き継いだのはつい最近、三十年程前の事なんです……』
サザナミ様は俯向きながら答えた。
『神様の世界では、かなり最近の話って事になりそうだな。その、異動みたいな事って良くある話なのか?』
『いえ……。当時の私は、いずれ氏神に成るべく修行中の身でした。ですがある時、まだ予定された時期が来る前に……』
サザナミ様はさらに言いにくそうにしながらも、ゆっくりと続ける。
『先代は……失踪したのです』
『失踪? 神様が?』
『私も着任後ずっと周囲を警戒していますが、先代の行方も原因も分からないままです。この辺りの人々は皆温かく、町は平和そのものですが、時折禍々しい風が吹く事があります……』
(禍々しい風……)
鏡で見たあの黒い霧と何か関係があるのだろうか。
『お前さんも感じていたのか?』
俺は神様に向き直った。神様は珍しく腕を組んで真剣な表情をしていたが、きっぱりと答えた。
『……いや、全く!』
どうせ飯の香りにしか反応していなかったのだろう。期待したのが間違いだった。
『しかし、それじゃ神様の世界でも大騒ぎになってるんじゃねえのか?』
呆れている私の代わりに、西原が尋ねた。
『勿論です。神界からも捜索隊が派遣されました。夜間でも目が効き、昼同然に活動出来る月神様の部隊です。』
それを聞いて、うちの神様の表情が少し反応したように見えた。
『しかし、それでも先代は見つかりませんでした……。それからすぐ私が派遣されて、暫くは平穏な日々が続いていたのですが……』
(今度は黒い霧が現れ出したという事か……)
定められた天命を全うしないままの魂が増えれば、当然神界側でも問題になりそうだ。
『俺達は食堂の件の他に、この不可解な死についても調査を命じられているんだ。アンタの先代と関係があるのかは分からないが、また情報交換させて欲しい』
『ええ、是非!』
サザナミ様は力強く頷いた。
『じゃあ、わしらは食材について稲荷の方に交渉しに行って来るわい……』
渋々感全開で神様が言う。
『そうですね。食べ物に関しては其方の方が融通が効くかと思います……』
『……ああ、それと』
社に背を向けかけて、俺は振り返った。
『もし万が一、これから俺の甥がここを訪れても、俺の事やこの事件については伝えないでくれないか』
夏也にサザナミ様の姿が見えるのかは分からないが、少なくとも俺より霊感がありそうだ。彼を巻き込みたくない。
『……ええ、分かりました』
サザナミ様は俺の気持ちを悟ったのか、優しく微笑んだ。
そうして俺達は、サザナミ様に拝礼すると、参道に戻って稲荷の末社へと向かった。
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