上 下
503 / 754

お仕事 9

しおりを挟む




「パンがふわふわっ! アリスちゃんのスープは美味しくてしょっぱくないから大好き!」
「美味しい! 美味しいよ~っ!」
「こんなに美味いもの生まれて初めて食べた!!」
「ほら、もっといっぱい食え! こんな美味い飯、俺たちには二度と食えないんだから!!」
「‥‥‥僕はもう死んじゃうの?」

 今夜のメニューは丸パンとハーピー骨で出汁を取った野菜と卵のスープ、オーク肉のミルフィーユとんかつ&チーズ入りミルフィーユとんかつと果物の盛り合わせ。

 チーズが苦手な子もいるだろうと思って両方用意したんだけどね。この家の子供たちは好き嫌いがないようで、あっと言う間にお皿が空になった。 

 ‥‥‥なぜか悲観的なことを言う子がいてびっくりしたけどね? 周りの子供たちが楽しそうに笑いながら否定しているし、ミネルヴァさんがその様子を見てくすくすとおかしそうに笑っているので私も安心した。




 さっき、調理場まで一緒についてきたミネルヴァさんはドアを閉めると、

「ここまでのことをしていただいているのに、この上食事までお世話になることはできません。食事の支度などは自分たちで行いますから」

 籠の中の野菜を手に取りながら、私を見て言った。

 賃貸契約の性質上、家賃の値上げの心配がなくなった。私との雇用契約で、今までは収入を得ることが難しかった子供たちも稼げるようになった。フランカが残したお金や冒険者たちからの弔慰金もある。

 少しだけどお金に余裕ができたので食事くらいは自分たちで、と言うのが彼女の言い分だ。

 福利厚生の一環だと言ったら、❝公衆浴場の入浴費用❞や❝着替えの衣類&靴❞だけでもこの街にあるほとんどの商会よりも好待遇であると説明され、これ以上甘えるのは良くないことだと力説され、それを聞いていたハクが、

(ミネルヴァも貰うばかりでは困るのにゃ。ちゃんとした大人なのにゃ♪ それに‥‥‥、与えられることに慣れてしまうと子供たちが将来困ると思っているのにゃ!)

 0歳の子猫(虎)とは思えない洞察力で考えの足りなかった私を諫めてくれた。

 何かと厳しいこの世界、私が全てを整えることがこの子たちにとって良いものだとは断言できない。というよりきっと、害になる可能性が高い。

 そのことに思い至って反省をしていると、

「だったら普段は自分たちで飯の支度をして、たまにアリスさんから飯を買わせてもらえばどうだ? アリスさんの飯は目が飛び出るほどに美味いぞ! 
 自分たちの稼いだ金で美味いものを食えるってことは、子供たちの労働意欲につながるだろう」

 ルシアンさんが笑いながら提案した。

「今、金に余裕があっても、この先のことを考えるとおいそれとは使えないってのは当然のことだよな。でも、今が子供たちに金を稼ぐことの❝楽しさ❞を教えるチャンスだと思うぞ?」

「楽しさを教えるチャンス?」

「ああ。金は生きる為に仕方なく稼ぐもんじゃない。どんな環境にあっても、楽しみってヤツがないと生きてくのが寂しいもんになっちまう。その❝楽しみ❞の1つが金で買えるってことがわかっていれば、稼ぐこと、仕事に張りができるってもんだろ?」

 というのがルシアンさんの見解だ。それを聞いたミネルヴァさんはハッと目を見開き、

「日々の生活に追われて余裕をなくしていたようですね。お恥ずかしいことです‥‥‥。 倹約は大切ですが、子供たちに生きる希望を教えるのも大切なこと。
 アリスさん! あなたの作るオーク肉料理を買わせてください!」

 何かを吹っ切るように高らかに宣言するように言った。

 じゃあ身内価格で、と思ったら「お値引きはなしですよ」と先に釘を刺されてしまったので、ハクとライム、ルシアンさんを交えて急いで適正価格を割り出す。

 ‥‥‥ハクとライム、ルシアンさんの出した価格にミネルヴァさんは納得していたけど、私は納得できなかったので計算をやり直したんだけどね? これはあくまでも適正価格の再計算であって、❝お値引き❞ではないんだよ!? 







 みんなが幸せそうな顔で食事の余韻を味わっている中、子供たちの注目を集めたミネルヴァさんは、

「今日の食事は新しい生活が始まったことを祝う特別な物でした。でも、今後のみんなの頑張り次第で、またこのような食事を楽しむことができる日もあるでしょう! がんばりましょうね!!」

 穏やかな笑顔で子供たちに発破をかけた。

 目の色を変えた子供たちが畑や組紐の円盤を置いている場所に走り出したのを慌てて止めたことは‥‥‥、いつか楽しい思い出話として語られるに違いない。

 お仕事は日のあるうちだけ!と約束させるのが大変だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

魔力無しの私に何の御用ですか?〜戦場から命懸けで帰ってきたけど妹に婚約者を取られたのでサポートはもう辞めます〜

まつおいおり
恋愛
妹が嫌がったので代わりに戦場へと駆り出された私、コヨミ・ヴァーミリオン………何年も家族や婚約者に仕送りを続けて、やっと戦争が終わって家に帰ったら、妹と婚約者が男女の営みをしていた、開き直った婚約者と妹は主人公を散々煽り散らした後に婚約破棄をする…………ああ、そうか、ならこっちも貴女のサポートなんかやめてやる、彼女は呟く……今まで義妹が順風満帆に来れたのは主人公のおかげだった、義父母に頼まれ、彼女のサポートをして、学院での授業や実技の評価を底上げしていたが、ここまで鬼畜な義妹のために動くなんてなんて冗談じゃない……後々そのことに気づく義妹と婚約者だが、時すでに遅い、彼女達を許すことはない………徐々に落ちぶれていく義妹と元婚約者………主人公は 主人公で王子様、獣人、様々な男はおろか女も惚れていく………ひょんな事から一度は魔力がない事で落されたグランフィリア学院に入学し、自分と同じような境遇の人達と出会い、助けていき、ざまぁしていく、やられっぱなしはされるのもみるのも嫌だ、最強女軍人の無自覚逆ハーレムドタバタラブコメディここに開幕。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る

恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。 父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。 5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。 基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

拝啓、元婚約者様。婚約破棄をしてくれてありがとうございました。

さこの
恋愛
 ある日婚約者の伯爵令息に王宮に呼び出されました。そのあと婚約破棄をされてその立会人はなんと第二王子殿下でした。婚約破棄の理由は性格の不一致と言うことです。  その後なぜが第二王子殿下によく話しかけられるようになりました。え?殿下と私に婚約の話が?  婚約破棄をされた時に立会いをされていた第二王子と婚約なんて無理です。婚約破棄の責任なんてとっていただかなくて結構ですから!  最後はハッピーエンドです。10万文字ちょっとの話になります(ご都合主義な所もあります)

処理中です...