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逃げるが勝ち!

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ロザリアいもうとより貴女あなたに手紙を預かっている。受け取って欲しい」

 ジェレミア君から手渡された手紙には、❝アドバイスを受け入れたらとても素敵なお友達ができた。ありがとう! 白猫さんによろしく❞という内容のものが、とても丁寧に書かれていた。

 あの日の<白虎ハクの郵便屋さん>が彼女の役に立ったらしい。

 ハク! お手柄だね♪

 あの日頑張ってくれたハクの白い胸毛をもふもふしながら褒め称えていると、

「妹があのように変わったのはあなたのお陰だと聞いている。改めて感謝する」

 ジェレミア君が改めて(頷く程度にだけど)頭を下げてくれた。伯爵家の嫡男である彼が平民に(2度も)頭を下げるなんて、異例の事だろう。

 私は大したことをしたわけじゃないんだけどね? でも、ハクが郵便屋さんとして頑張ってくれたことは確かなので代わりに感謝の気持ちを受け取ることにした。

「ただ楽しくおしゃべりしただけだけど、彼女の役に立ったようでよかったわ」

 本当に、私はディアーナが来るまでの短い時間に文通してみただけ。そこからきっかけを拾ったのなら、それはただただ彼女の感性とハクの頑張りの賜物だ。 

 ハクにはご褒美をあげないとね♪










 裁判所を訪れると、

「おはようございます、アリスさん!」

 男の子が駆け寄って来てくれる。 

 ❝クリスピーノ❞と名乗った少年は、ディアーナが手配してくれたGランク冒険者だ。孤児院で生活をしているそうなんだけど、あまり見覚えがない。と思っていたら、

「いつも入れ違いになっていたから顔がわかるか不安だったけど、ルシアンさんから聞いていた通りだったからすぐに分かりました! こっちがハクで、こっちがライム! 聞いていた通り、本当に可愛いですね!」

 クリスピーノ君とは初対面のようだ。Gランクに登録したばかりの彼は売り込みの為に忙しく走り回っていたらしい。

 ❝初めまして❞の挨拶をしながら<遠見の水晶>の利用者控室に着くと、前回と同じ担当さんがにこやかに挨拶をしてくれる。と同時に「来ちまったか!」という残念そうな声が聞こえたので振り向くのと、「うん。次はアリスさんの番だよ!」とクリスピーノ君がいたずらっぽい声で答えるのが同時だった。

 クリスピーノ君はまだ裁判所が開く前から門前で待っていてくれたので、当然、遠見の水晶の利用権は1番。でも利用者の私が来るまでは次の人、その次の人と順番を譲っていたので、私が来たことで順番を繰り上げられなくなった人が残念がっているだけだと担当さんが教えてくれた。

 クリスピーノ君はそんなに早くから待ってくれていたなんて、一言も言わなかったな。表情を見ても❝当然❞って顔をしているし……。

「遅くなってごめんね」と謝ると「その為に雇ってもらったんだから、謝る必要なんてない」と返された。Gランク冒険者=子供の冒険者なんだけど……。プロ意識が高いなぁ。 

 感心しながら❝依頼完了❞を告げ、ディアーナから預かったというメモに従い依頼料を支払う。朝1番から並んでくれていたことを考えると随分と低額なんだけど、ディアーナが設定した料金なのでその通りに。でも、❝遂行された結果次第で依頼料に❝色❞を付けることはたまにあること❞だとも書かれていたので、朝ごはん代わりのサンドイッチ(卵サンドとポテサラサンド)とミルクを渡すとびっくりされた。……順番待ちをしていたおじさんに。

 私には少な過ぎるとしか思えない依頼料だけど、本来Gランク冒険者への報酬としては十分以上なもので、そこに追加としてさらに朝食を付けるなんて破格もいい所だと。しかも、朝食があまりもののパンなどではなく、とても手の込んだ美味しそう(と順番待ちのおじさんが言ったんだよ!)な物だから驚いたらしい。

 おじさんの力説を聞いてクリスピーノ君はお皿を持ったまま困ったように立っている。遠慮、というより、本当に受け取っていいのかと戸惑いを感じているようだ。

「ああ、手を洗わないと食べられないよね。はい、【クリーン】」

 だから私はさっさと彼に【クリーン】を掛けて、

「早く食べないと乾燥してまずくなるし、ミルクもぬるくなるよ?」

 と急かしてみせる。 

 私にとってこれくらいの追加報酬は大したことではない。受け取ってもいいものなんだ。と思ってもらえるように。

 そしてすぐに担当さんに向かい、バスケットいっぱいのクッキーを差し出しながら「今回もお願いできる?」とお伺いを立てる。

 担当さんが「次がアリスさんの番ですよ。たった十数分の為にこれだけの物を?」と苦笑しながらも、大きく頷いて受け取ってくれたのを見て、クリスピーノ君は何かを悟ったらしい。

 元気いっぱいに「女神に感謝を!」と食前の挨拶をするとサンドイッチにかぶりつき、とても幸せそうな笑顔を見せてくれた。

 それを見て、

「なあ、わしにも一口……」

 と、子供の朝ごはんを奪おうとする順番待ちのおじさんは大人げないと思いませんか!?

 私と順番を待って控室にいた人たちからの冷たい視線を受けたおじさんは、慌てて財布を取り出すとクリスピーノ君に交渉を持ち掛ける。

 困った顔で私を見ているクリスピーノ君だけど、私はノータッチだよ? もうそれは君の物だからね。全部自分で食べるのも、おじさんに売ってお小遣いを稼ぐのも、全て君の裁量です!









 交渉の末、おじさんはクリスピーノ君からそれぞれを三分の一ほど買い取ることができたようだ。結構な金額を払ってサンドイッチとミルクを味わったおじさんはどうやら商人だったらしく……。

「アリスさんと言いましたな! 是非わしの商会と契約を!」

 何か変なスイッチの入ったおじさんから熱烈な勧誘を受けたことは想定外だった……。

 頑張ってお断りをしていると(驚きすぎてレシピが発売されるだろうって説明することが頭に浮かばなかった)、準備ができたと担当さんが呼びに来てくれたので急いでその場を逃げ出した。

 ああ、クリスピーノ君。君のせいじゃないからね! そのおじさんがちょっと厄介な人だっただけだから!

 朝ごはんを譲ったことを後悔している顔の彼に手を振って挨拶することは忘れない。 

「また後で! お家に行くよ!」と言った私に、ピンと来た顔で速攻走り出した君は将来有望だね!

 早く逃げないと商人のおじさんに捕まって、「家はどこだ!?」って問い詰められそうだもんね。

 こんなしつこそうなおじさんに追い回されるのは、断固、お断りだよ……。
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