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大家さんデビュー

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「あなたが、ここを、買った……?」

 今日ここに来たのは、新しい家主としてのご挨拶の為。

 もう、立ち退きの心配はいらないよ。と安心してもらう為だったんだけど言葉が足りなかったようで、

「……わかりました。退居の日はいつまで待っていただけますか?」

 ミネルヴァさんは反対に、立ち退きの覚悟を決めてしまった。

 とっても悲愴な顔をしながらも道理を通そうとするその姿に、一瞬自分が極悪人になった気分になったんだけど、

「本日は退居勧告の為ではなく、新たな賃貸契約を結ぶ為にお邪魔しました。家賃は今までパオロ氏にお支払いされていたのと同額です。詳しい条件はこちらに記載されておりますので、どうぞご一読を」

 ラファエルさんが取り出した賃貸契約書のお陰でミネルヴァさんの表情から悲愴感が薄まり、私の極悪人気分もさっさとどこかへ消えた。

 ミネルヴァさんに渡してもらった契約書の内容は、

 ・今後は毎月1日を支払い日とし、商業ギルドを通して家賃を収めてもらうこと。
 ・家賃は現行と同額。商業ギルドへ払う手数料は私持ち。
 ・ミネルヴァさんの生存中は、家賃の値上げや売却は決して行わないこと。ミネルヴァさんが死亡した場合は、その時にいる子供たちが成人するまで現行のまま延長されること。
 ・今後支払われる家賃を含め、28,000,000メレの支払いがあった時点で所有権が私からミネルヴァさんに移ること。

 が小難しい言葉で書かれている。ラファエルさんが書いてくれた(食品担当なのに、不動産の契約書もお手の物だった。さすが幹部さんは優秀だね)ので、不備はない。

 この契約が締結したら、今後は私の心変わりによる家賃の値上げや立ち退きの心配をせずに、今まで通り孤児院を運営することが可能なんだ。

 じっくりと何度も契約書を読み返していたミネルヴァさんは顔を上げると、震える手を一度ギュッと握りしめてから契約書にゆっくりとサインした。私も続いてサインをし終わると、この瞬間に新たな賃貸契約が結ばれたことになる。

 ラファエルさんがサインを確認してミネルヴァさんと私に1通ずつ返却し、商業ギルドが保管する1通をアイテムボックスに仕舞い終わると、

「もう、子供たちが路頭に迷うことはない……」

 ミネルヴァさんはぽつりと呟くなり、ハラハラと涙を溢し始めた。

 子供たちや来客わたしの前ではいつも穏やかな表情を浮かべていたが、とても不安な日々を過ごしていたんだろう。

 安心して気が抜けたせいか、一向に止まる気配のない涙にミネルヴァさんが慌てている姿がなんとなく可愛らしくて、私の頬も思わず緩んでしまう。

 ハクとライムも同じ気持ちだったらしく、ミネルヴァさんの膝に飛び乗って、彼女のお腹にすりすりと頭をこすりつけることで信愛の情を示し始めた。

 ミネルヴァさんはびっくりしながらも、ハクのもふもふ毛皮の優しい手触りと、ライムのぷにぷにボディの柔らかな抱き心地に気持ちを切り替えることに成功したらしい。

 2匹を両腕に抱きしめながら、私に向かって感謝の気持ちを伝えてくれる。

 何度も深く頭を下げ、感謝の気持ちを言葉にしてくれるんだけど……。私にとってはお金をそのまま❝貯金❞しておくか❝家賃収入❞に変えるかの違いなだけで、何の損もなかった話だ。だから、もうこれ以上の感謝は必要ない。

 そう伝えると、ミネルヴァさんはポカンと口を開けたと思ったら困ったように私を見つめ、次いでラファエルさんに視線で何かを訴え初め、ラファエルさんは楽しそうに頷きを返しながら、

「大丈夫です。今後彼女が路頭に迷うことはありません。彼女を溺愛している後見人たちがそれを許しません。頼りになる保護者どのや自称保護者もたくさんいますので安心ですよ」

 ミネルヴァさんの耳元で何かを囁いた。

 私には何を言っているのかは聞こえなかったけど、彼女の膝の上にいるハクとライムには聞こえていたようで、「にゃ!」「ぷきゃ!」と力強い鳴き声を響かせている。

 ……なにを言っていたのか気になるんだけど、心話でそのことを訪ねた私に、ハクとライムは返事をしてくれなかった。ただただ楽しそうに笑っているので、悪い事ではないようだけど。

 もう一度聞いてみようと思ったんだけど、

「ごはんができたよーっ!!」

 嬉しそうにドアの向こうから掛かった声に、タイミングを失くしてしまった。











 子供たちが楽しそうにお皿を並べたり料理を運んだりしているのを優しく見守っていたルシアンさんとマッシモは、瞼を晴らして目を真っ赤にして現れたミネルヴァさんを見て少し心配そうな顔になったけど、彼女の表情が明るいものだと気がついてすぐに視線を和らげた。

 同じように気がついた子供たちが心配そうに騒ぎだすのを上手に宥めながら配膳を手伝い始めた2人は、❝護衛❞の他に❝子守り❞の才能もあるようだ。

 優秀な冒険者には冒険だけじゃなく、時に秘書、時に相談役、時に子守りと様々なスキルが必要になるらしい。私も見習わないと!

 感心しながら2人に契約の延長をお願いすると、快く受けてくれたので安心して宿に戻ることにした。

 子供たちに「一緒にごはんを食べようよ!」ってお誘いを受けたんだけど……。今夜はシルヴァーノさんとディアーナを宿に招待しているからね。残念だけどお断りするしかなかったよ。

 また明日、改めてお邪魔することを伝えてから急ぎ足で宿に戻ったんだ。
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