486 / 754
大家さんデビュー
しおりを挟む「あなたが、ここを、買った……?」
今日ここに来たのは、新しい家主としてのご挨拶の為。
もう、立ち退きの心配はいらないよ。と安心してもらう為だったんだけど言葉が足りなかったようで、
「……わかりました。退居の日はいつまで待っていただけますか?」
ミネルヴァさんは反対に、立ち退きの覚悟を決めてしまった。
とっても悲愴な顔をしながらも道理を通そうとするその姿に、一瞬自分が極悪人になった気分になったんだけど、
「本日は退居勧告の為ではなく、新たな賃貸契約を結ぶ為にお邪魔しました。家賃は今までパオロ氏にお支払いされていたのと同額です。詳しい条件はこちらに記載されておりますので、どうぞご一読を」
ラファエルさんが取り出した賃貸契約書のお陰でミネルヴァさんの表情から悲愴感が薄まり、私の極悪人気分もさっさとどこかへ消えた。
ミネルヴァさんに渡してもらった契約書の内容は、
・今後は毎月1日を支払い日とし、商業ギルドを通して家賃を収めてもらうこと。
・家賃は現行と同額。商業ギルドへ払う手数料は私持ち。
・ミネルヴァさんの生存中は、家賃の値上げや売却は決して行わないこと。ミネルヴァさんが死亡した場合は、その時にいる子供たちが成人するまで現行のまま延長されること。
・今後支払われる家賃を含め、28,000,000メレの支払いがあった時点で所有権が私からミネルヴァさんに移ること。
が小難しい言葉で書かれている。ラファエルさんが書いてくれた(食品担当なのに、不動産の契約書もお手の物だった。さすが幹部さんは優秀だね)ので、不備はない。
この契約が締結したら、今後は私の心変わりによる家賃の値上げや立ち退きの心配をせずに、今まで通り孤児院を運営することが可能なんだ。
じっくりと何度も契約書を読み返していたミネルヴァさんは顔を上げると、震える手を一度ギュッと握りしめてから契約書にゆっくりとサインした。私も続いてサインをし終わると、この瞬間に新たな賃貸契約が結ばれたことになる。
ラファエルさんがサインを確認してミネルヴァさんと私に1通ずつ返却し、商業ギルドが保管する1通をアイテムボックスに仕舞い終わると、
「もう、子供たちが路頭に迷うことはない……」
ミネルヴァさんはぽつりと呟くなり、ハラハラと涙を溢し始めた。
子供たちや来客の前ではいつも穏やかな表情を浮かべていたが、とても不安な日々を過ごしていたんだろう。
安心して気が抜けたせいか、一向に止まる気配のない涙にミネルヴァさんが慌てている姿がなんとなく可愛らしくて、私の頬も思わず緩んでしまう。
ハクとライムも同じ気持ちだったらしく、ミネルヴァさんの膝に飛び乗って、彼女のお腹にすりすりと頭をこすりつけることで信愛の情を示し始めた。
ミネルヴァさんはびっくりしながらも、ハクのもふもふ毛皮の優しい手触りと、ライムのぷにぷにボディの柔らかな抱き心地に気持ちを切り替えることに成功したらしい。
2匹を両腕に抱きしめながら、私に向かって感謝の気持ちを伝えてくれる。
何度も深く頭を下げ、感謝の気持ちを言葉にしてくれるんだけど……。私にとってはお金をそのまま❝貯金❞しておくか❝家賃収入❞に変えるかの違いなだけで、何の損もなかった話だ。だから、もうこれ以上の感謝は必要ない。
そう伝えると、ミネルヴァさんはポカンと口を開けたと思ったら困ったように私を見つめ、次いでラファエルさんに視線で何かを訴え初め、ラファエルさんは楽しそうに頷きを返しながら、
「大丈夫です。今後彼女が路頭に迷うことはありません。彼女を溺愛している後見人たちがそれを許しません。頼りになる保護者どのや自称保護者もたくさんいますので安心ですよ」
ミネルヴァさんの耳元で何かを囁いた。
私には何を言っているのかは聞こえなかったけど、彼女の膝の上にいるハクとライムには聞こえていたようで、「にゃ!」「ぷきゃ!」と力強い鳴き声を響かせている。
……なにを言っていたのか気になるんだけど、心話でそのことを訪ねた私に、ハクとライムは返事をしてくれなかった。ただただ楽しそうに笑っているので、悪い事ではないようだけど。
もう一度聞いてみようと思ったんだけど、
「ごはんができたよーっ!!」
嬉しそうにドアの向こうから掛かった声に、タイミングを失くしてしまった。
子供たちが楽しそうにお皿を並べたり料理を運んだりしているのを優しく見守っていたルシアンさんとマッシモは、瞼を晴らして目を真っ赤にして現れたミネルヴァさんを見て少し心配そうな顔になったけど、彼女の表情が明るいものだと気がついてすぐに視線を和らげた。
同じように気がついた子供たちが心配そうに騒ぎだすのを上手に宥めながら配膳を手伝い始めた2人は、❝護衛❞の他に❝子守り❞の才能もあるようだ。
優秀な冒険者には冒険だけじゃなく、時に秘書、時に相談役、時に子守りと様々なスキルが必要になるらしい。私も見習わないと!
感心しながら2人に契約の延長をお願いすると、快く受けてくれたので安心して宿に戻ることにした。
子供たちに「一緒にごはんを食べようよ!」ってお誘いを受けたんだけど……。今夜はシルヴァーノさんとディアーナを宿に招待しているからね。残念だけどお断りするしかなかったよ。
また明日、改めてお邪魔することを伝えてから急ぎ足で宿に戻ったんだ。
106
お気に入りに追加
7,544
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
魔力無しの私に何の御用ですか?〜戦場から命懸けで帰ってきたけど妹に婚約者を取られたのでサポートはもう辞めます〜
まつおいおり
恋愛
妹が嫌がったので代わりに戦場へと駆り出された私、コヨミ・ヴァーミリオン………何年も家族や婚約者に仕送りを続けて、やっと戦争が終わって家に帰ったら、妹と婚約者が男女の営みをしていた、開き直った婚約者と妹は主人公を散々煽り散らした後に婚約破棄をする…………ああ、そうか、ならこっちも貴女のサポートなんかやめてやる、彼女は呟く……今まで義妹が順風満帆に来れたのは主人公のおかげだった、義父母に頼まれ、彼女のサポートをして、学院での授業や実技の評価を底上げしていたが、ここまで鬼畜な義妹のために動くなんてなんて冗談じゃない……後々そのことに気づく義妹と婚約者だが、時すでに遅い、彼女達を許すことはない………徐々に落ちぶれていく義妹と元婚約者………主人公は
主人公で王子様、獣人、様々な男はおろか女も惚れていく………ひょんな事から一度は魔力がない事で落されたグランフィリア学院に入学し、自分と同じような境遇の人達と出会い、助けていき、ざまぁしていく、やられっぱなしはされるのもみるのも嫌だ、最強女軍人の無自覚逆ハーレムドタバタラブコメディここに開幕。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る
紺
恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。
父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。
5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。
基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
拝啓、元婚約者様。婚約破棄をしてくれてありがとうございました。
さこの
恋愛
ある日婚約者の伯爵令息に王宮に呼び出されました。そのあと婚約破棄をされてその立会人はなんと第二王子殿下でした。婚約破棄の理由は性格の不一致と言うことです。
その後なぜが第二王子殿下によく話しかけられるようになりました。え?殿下と私に婚約の話が?
婚約破棄をされた時に立会いをされていた第二王子と婚約なんて無理です。婚約破棄の責任なんてとっていただかなくて結構ですから!
最後はハッピーエンドです。10万文字ちょっとの話になります(ご都合主義な所もあります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる