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商談 3
しおりを挟む「700万メレね? どうぞ」
パオロが言ったのは7千万メレ。ちゃあんと聞こえていたんだけど、私はあえて聞き間違いをする。
インベントリから7枚の大銀貨を取り出すとまとめてテーブルの上に置き、
「契約書を作成してくださる?」
私の後ろで身じろぎもせずに立っているラファエルさんに声を掛けた。
私の依頼に軽く頷き、契約書類を取り出したラファエルさんを見てパオロは、
「わ、わしは7千万メレと言ったんだ! あの土地がたったの700万メレな訳がなかろう!?」
慌てて訂正してくるが私は表情を変えることなく、彼に見えないように裏返しにしておいた1枚の書類をひっくり返した。
「あの土地に7千万メレの価値があるわけないわよね?」
「これは……っ」
これはさっき私が見ていた、孤児院の敷地家屋の資料。
他の物件の資料に評価額が載っているのを見ておきながら、どうして私が孤児院の評価額を調べていないと思うのかな? いくら彼の目には触れないようにしていたとはいえ、普通に考えたらわかるでしょう?
ああ、もしかして。他の物件情報は持ち主との交渉で出た条件を記載しているとでも思ったとか? 自分は今日初めて私と交渉するのだから、自分の出した価格を私があっさりと受け入れるとでも?
そう思ったのだったら……。私も随分と甘く見られてるよね? もちろんそんなバカげた価格を受け入れるわけがない。
パオロが見ている前で、孤児院の土地家屋の評価の横にマイナス条件を追加記載していく。まずは、彼が利点として挙げていることを潰していかないとね!
・近くに市場がある → 置いている食材や商品の品質は普通。私が気に入るものを手に入れるには少し離れた所まで行かなくてはいけない(嘘だよ~。普通にお買い物できそうだった)。
・衛兵の詰め所に近い → 訓練の声などが響くため閑静な地域とは言い難い(別に気にならなかったけど)。また、犯罪者の逆恨みなどで衛兵や詰め所が襲われることになったら、自分や可愛い従魔たちに被害が及ぶことがあるかもしれない(うちの仔たちなら簡単に返り討ちにしそうだよね!)。
・近くにその地域の世話役が住んでいる → 何かと口を出されたり関心を持たれるのはうっとおしいし迷惑だ。
・家屋の老朽化 → 私が住むなら建て替えが必要になるので、その取り壊しにかかる費用や新築にかかる費用が余計にかかる(私が住むなら、ね?)。妥協してそのまま使うにしても修繕費は必要。
私が書き足した❝悪❞条件をパオロがしっかり読み込んだのを見て、
「敷地や家屋の評価額はこの金額。でも、上記3つの条件を考えると評価額通りの価値は認められない。その上、あなたは建て替え費用の為に値引きするって言ったわよね?
まさかあなたが、自分の発した言葉を簡単に忘れて大幅な値上げをする人だなんて考えてもみなかったから、単純に言い間違えたんだと思ったんだけど……。 まさか本当に7千万メレって言っていたの?」
私は❝驚いた!❞と❝そんなはずはないよね?❞という表情を作り彼を見つめる。
いや、本当に驚いたんだよ? まさか商業ギルド内で職員を前にして、そんなぼったくり価格を言われるとは思ってもみなかったから。
私の追及にパオロが言い訳を始める前に、もう1つ牽制をしておこうかな。
私は立ち上がってパオロを睨み、
「あなたは信頼に値しない人のようだわ。私が取引をしないことは当然だけど、友人たちにも警告をしてあげないといけないわね。被害に遭ってからでは遅いもの」
脅しをかける。 ……悪辣? 何とでも言って。最初にとんでもないぼったくりを仕掛けてきたのは向こうだもん。受けて立つのは当然でしょ?
彼が子供たちが住む孤児院に対して、悪質な脅しをかけてきた行為を忘れていないからね。良心も疼かないよ。
私の友人たち。と言ったがそんなにたくさんの友人はいないし、友人と呼べるのは<冒険者>ばかりなので、私がこのことを話しても彼には大した被害が出るとは思わない。でも彼は、
「ちょ、待ってくれ! そんなことをされたらわしの土地に買い手がつかなくなってしまう!
……わしの言い間違いだ。……35,000,000、いや、33,000,000でどうだ?」
急いで訂正を口にした。当然商業ギルドが出してくれた評価額以下だ。宣言どおりちゃんと値下げされている。
初めからこの価格を出してくれていたら、私も喜んで話を成立していたハズなんだけどね?
私の横で尻尾をピタン、ピタンと床に打ち付けているハクと、ゆっくりとした伸び縮みを繰り返し不服を訴えるライム同様、私も納得するつもりはないんだ。
立ったまま動きを止め、じっとパオロを見つめてやると、
「わかった! 30,500,000万メレでどうだ!?」
悔しそうに再度値下げを口にする。
それを聞いて、少しだけ面倒くさそうにソファに腰をおろしながら、
「そう……。じゃあ、こちらはいつから作業に入れるの? 今は孤児院なのでしょう? いつ立ち退いて貰える話になっているのかしら。今日? 明日?」
最後の値下げの為のカードを切る。
当然、今日、明日の話ではないことは知っている。子供たちの行くあてがあるのなら、ミネルヴァさんはあんなに困った顔をしていなかっただろうから。
でも、私が契約を急いでいると判断したパオロは、
「すぐだ! すぐにでも追い出して見せる! これで成立だな!」
自信満々の笑顔で私に契約を迫った。
でもね? 何十年もそこに住んでいた住人を❝追い出す❞なんて言われると、
「もしかしてまだ期日が決まっていないのに売り払うつもりなの!? 追い出すって何よ! そんなことをされたら、その土地を買う私が近隣住民の悪感を買うことになるじゃないの!」
ってなるよね? その上で、
「まさか住人を追い出す為に、すでに乱暴な手を使っているんじゃないでしょうね? そんなところを買ったとしてものうのうと住めるわけがないじゃない!」
答えがわかっていることをあえて聞いてみる
もちろん、こんな聞き方をして彼が「その通り」なんて答えるとは思っていない。ただ、一瞬でも黙り込んでくれただけで十分なんだ。
これ見よがしに大きなため息を吐きながら、
「すでに、何かをしてしまっているのね……? でも、まだ乱暴なことはしていない? だったらもう、金輪際あなたは何もしないで。住人との交渉は私が直接行うわ。これを条件に、……28,000,000メレなら即金で買ってあげる。どうする?」
さらなる値下げを要求する。評価額よりは下がってしまっているけど、7,000,000メレに比べたら随分とアップしてるでしょ?
❝これ以上は譲らない❞という気合を込めてパオロを見つめると、彼は観念したように「即金だな」と確認したあと、自分の後ろに立っている職員さんに向かって「契約書を用意してくれ」と声を掛けた。
さっき、私がラファエルさんに言っていたのを聞いていなかったのかな?と思ったけど、職員さんが頷きながら契約書類を取り出したのを見て黙っておく。
職員さんが作った3部の契約書をラファエルさんに渡し、私たちに向かって、
「1部はパオロ氏に。1部はアリス氏に。1部はギルドの預かりとします」
ゆっくりと説明をしてくれている間に、ラファエルさんのチェックはすんだようだ。問題はなかったようで、テーブルの上に3部の契約書が置かれる。
それにパオロと私がそれぞれサインをして、私が払った28,000,000メレから、パオロがギルドへの手数料を支払ったら今回の売買契約は全て終了だ。
お金を手にして、さっさと部屋を出て行くパオロを眺めながら、
「最後まで名乗らなかったわね。まあ、お互い様だけど」
ボソリと呟いたのが聞こえたのか、ギルド組の2人が何ともいえない表情で顔を見合わせたのが、なんとなく印象に残った。
……やっぱり、挨拶と自己紹介は必須だよね? 私だけでもきちんとしておけばよかったかなぁ?
思っていた以上に安く孤児院の権利を手に入れることができて、もっと気分がいいかと思っていたんだけど……。なんとなくモヤモヤが残った商談になってしまった。
……反省。
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