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街歩き4日目 7
しおりを挟むブラウスが半額になってホクホク顔のディアーナを見て、ハクは少し不満顔だった。
(ギルドマスターへのお仕置きなんだから、値切ってやる必要はなかったのにゃ!)
とのことなんだけど、
「ねえ、そのブラウスはディアーナが自分で買ったんだよね? ギルマスからの特別手当は別に選ぶんでしょ?」
「ええ、もちろん! せっかくだからとびきり素敵な服を探すわ♪」
ディアーナがいたずらな笑顔を見せながら答えると、すぐにご機嫌な顔にもどってくれた。
特別手当で仕事着を買ったと思うなんて……、ハクも可愛い所があるよね!
「こちらが父の店です。お嬢さま方、どうぞお手を……」
店長さんのエスコートで馬車から降りると、
「「いらっしゃいませ!!」」
2人のドアパーソンが深く腰を折り、腰を伸ばすと同時に私たちの全身に視線を這わせる。……一瞬のことだったけどね。少しだけ困ったような顔をしたドアパーソンは私たちの手を取る店長さんが鷹揚に頷くのを見ると表情を和らげて、ドアを開けてくれた。
どうやらマントを羽織っている私と普段着のディアーナは、この店に入店する資格が怪しかったらしい……。
気さくな店長さんのお父さまのお店は、思っていた以上に格式の高いお店だったようだ。まあ、気に入らなかったらお店を出ればいいだけなんだから、気楽に入っていくけどね。
お店に入ると歓迎の言葉と微笑みの下でしっかり私たちを観察する店員さんの視線が突き刺さり、ディアーナが居心地の悪そうな顔になる。さっきのお店では堂々としていたのに?と不思議に思っていると、
「この格好はさすがに場違いよね……」
小さな声で呟くのが聞こえた。
ディアーナが今着ている服はとても彼女に似合っているし、そんなに悪い素材でもないと思うんだけどな。このお店で働く女性従業員の目には不足があるらしい。 でもね?
「そんなことを気にするランクのお店じゃないから大丈夫だよ」
仮にもお客を、こんなにあからさまにじろじろと観察する店員がいるお店だ。こちらが気を遣う必要はないと思う。そもそも、私たちは息子さんに連れてこられたゲストだからね。文句があるのなら息子さんに言ってくれ。
心の中で文句を言いながらディアーナを安心させるように微笑むと、こちらを見ていた女性従業員たちの目が鋭くなった。 しっかりと聞こえたようだけど気にしない。店長さんが小さく苦笑してるけど、これも気にしな~い。
女性従業員のことはさっさと視界から追い出して、まずは店内を観察する。
先ほどの店長さんのお店とは違い、内装は上品にまとまってお金がかかっていそうだけど、そこまで広い店内ではない。ドレスや服の代わりに布見本が置かれていて、いくつかの布見本の横にはその布を使ったドレスを着た小さなお人形。
お人形の下に過去の日付と❝さま付け❞された女性の名前が入ったプレートが掛かっているのは、実際にその女性の為に作られたからかな?
「素敵……」
思わず、というように呟いたディアーナに、
「それらは父の力作で、しばらくご婦人方の流行になった物ばかりなのですよ」
誇らしげに解説してくれる店長さんの話に納得する。確かにどれも素敵なドレスばかりだからね。
でも、お人形が着ているのはとても豪華なドレスばかり。本当に店長のお父さまは、私が普段使いにできるような気楽な服を作ってくれるのかな?と疑問に思ったその時、
「まあ、まあ、まあ! なんてお綺麗なお嬢さま方なの?」
お店に入って来た女性がとても華やいだ声を上げながらにこやかに、でも、すごい勢いで近づいて来た。
突然のことに驚いてディアーナと2人で店長さんの背中に隠れると、
「まあ! あなたも隅に置けないわね!? どちらのお嬢さまがあなたの意中の方なのかしら?」
私たちのすぐそばで立ち止まった女性は、とても嬉しそうに店長さんの肩を叩く。
「なっ…、誤解だよ! こちらのお嬢さま方には僕の店では力不足だったから父さんに紹介しようと思ってご案内しただけだよ!」
「あら? ……でも、普段なら紹介状をお渡しするだけのあなたがわざわざ案内役を務めるのだもの。やっぱり、ねえ? そうなんでしょう!?」
「違うって! 父さんにとって特別なお客さまになりそうだから僕が案内しただけだよ!」
「まあ、照れちゃって~!」
「だから違うんだって! いい加減にしないとお客さまに失礼だよ!」
マップで確認しなくても(したけど)この女性に悪意がないのはわかるし、ハクが大人しくしていることからもそれは確かなことなんだけど……。突然始まった女性の口撃に、店長さんのHPがどんどん削られているのが良くわかる。これは助け舟を出した方が良いかな?でもどうやって?と迷い始めた時、
「落ち着きなさい」
低く渋い声が彼女を窘めてくれた。……たったの一言で店内に落ち着きを取り戻してくれたのは良いんだけど、この人いつの間に店に入って来てたのかな?
「右を。……ほぅ」
「なんて手の込んだ刺繍なの?」
「後ろを。……なるほど」
「シルエットがとても美しいわぁ♪」
「袖と裾に触れても? ……すばらしい」
「こんなに精密で素敵なレースを見るのは初めてよ!!」
低く渋い声の持ち主は、この店の店長さん。この店に案内してくれた店長さんのお父さまだった。そして華やかな声で店長さんを口撃していたのはお母さま。……どう見てもお姉さまにしか見えないんだけどね。
店長さんから話を聞いた店長さんは、無言だけどとても嬉しそうな顔で私を振り返り、突然固まった。
店内でマントを羽織ったままでは失礼だと気が付いてマントをインベントリに仕舞った直後のことだった。
そして今の私は彼の言うがままに前を向いたり横を向いたりのマリオネット状態。この状態はどこかで覚えがあるんだけど、一流の職人さんに共通している行動なのかなぁ? ……ちょっと疲れるけど、ビジューの力作の着物ドレスを手放しで褒められるのは結構嬉しい。
「それで、父さん? お嬢さまの期待には応えられそうかい? お嬢さま方は僕のデザインをお気に召してくださっているから、父さんが無理なら僕が代わりに御用を承るよ。布は提供してくれるだろ?
……お嬢さま方、それでもよろしいでしょうか?」
しばらく続いた鑑賞会がやっと終わり、店長さんが声を掛けると店長さんはギロリと息子さんをひと睨みして無言でデザインを書き始めた。何枚ものデザイン画が瞬きをする間に出来上がっていく。
「お嬢さまには、ご希望のラインがもうおありなのかしら?」
「どちらに着て行かれるご予定なの?」
「このデザイン、右と左ではどちらがお好き?」
「好きなお色は?」
そして店長さんのお母さまの質問に答えるたびに私の意見を反映したデザイン画がどんどん増えて、応接セットのテーブルの上にはデザイン画のちょっとした山ができていた。
……どれも素敵なのは嬉しいんだけど、この中から数点を選ぶのってかなり大変な作業なんじゃないのかな?
これを全部!とか言ったら、ハクとライムはどんな反応をするんだろう? なんてちょっとした誘惑に駆られながら、作ってもらいたい服を選び始めたんだけど……。
店長さんの手はいつ止まるのかなぁ? 選ぶ傍からデザイン画が増えていくよ?
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