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街歩き4日目 4
しおりを挟むこの街で一番格式の高い宿、それは私が宿泊しているこの宿<キャロ・ディ・ルーナ>だ。街の人たちの憧れの宿と言っても良い。
でも、今、この街で一番人気のある宿かと聞かれたら……。
「今はわたくしの宿がこの街で一番だと言われておりますが、遠くない未来に、他の宿がそう言われるようになりそうです」
とのことらしい。
なんでも、今まで3番手だった宿のオーナーが代替わりをして、後を継いだ息子さんがとてもやり手でどんどん宿の人気を高めているようだ。
人気劇団を呼び込んで宿泊者のみが楽しめる舞台を催したり、宿泊者や宿泊者のゲストのみが参加できるマスケラータを開催したり……。
「それって、もしかして?」
「はい……」
この宿に宿泊中の伯爵令嬢が、ここに難癖をつけてまで替えしようとした宿が今、飛ぶ鳥を落とす勢いのあるその宿らしい。
……あんなに態度の悪いドアパーソンを置いている宿なのに?
私には不思議な話だけど、実際にこの宿の料理長が危機を感じているのは確かなことだし、
この宿の宿泊客があんな騒ぎを起こしてまで宿替えを希望するんだから、気になるのは当然だ。
でも、
「私はこの宿が気に入ったんだけどなぁ……」
この宿のドアパーソンがあの2番目や3番目の宿の様だったなら、私は今頃どこかで野営をしていただろう。
私がこの宿の魅力を語ると総支配人さんは嬉しそうに微笑みを浮かべたが、料理長は悔しそうに「私の力不足で…」と呟いた。
この宿の❝売り❞の一つ❝美味しい水❞は【水魔法】のスキルを持っていた従業員が作り出した水だったのだが、件の宿に引き抜かれてしまったらしい。
【水魔法】で作り出した水がおいしい物だとは知らなかったけど、だったら、他の【水魔法】スキルの所持者を雇えばいい話では? そう考えた私は甘かったようだ。
❝魔力❞の質で水の味が変わるらしく、引き抜かれてしまった従業員の作る水は他の従業員が作る水よりも群を抜いておいしかったらしい。
(アリスの氷がおいしいのと一緒にゃね~)
(うん。ありすはおいしいの!)
可愛い従魔たちが私の腕の中で自慢気に胸を反らすので、使い手によってそんなに味が変わるのかと聞いてみると、
(ぜんぜんちがうよ~? ありすのこおりはまるくてやさしくてあまいの!)
ライムが自信満々な声で答えてくれる。……言っている内容はイマイチわからないけどね。
でも、それはライムが私の<従魔>だから、私の魔力が一段とおいしく感じるだけでは?という疑問は、
(サンダリオも言っていたのにゃ! 水もミルクも【クリーン】でおいしくなるけど、アリスが掛けたものほどおいしくならなかったって!)
ハクの一言で解決した。 そういえば言っていたね。
だから、料理長さんが、
「お客さまのお持ちの水はどちらでお求めになった物ですか? もしもこの水がお客さまの扱う商品であったなら、是非われわれに…!」
改めて、私の持っている水を欲しいと言い出しても落ち着いて話を聞くことができた。
私はこの宿の接客が気に入っているし、ハクとライムはこの宿の庭が気に入っている。スレイとニールも世話をしてくれている幼い兄妹がお気に入りだし、少しくらい相談に乗ってもいいんじゃないかな? そんな思いを込めてハクに視線を流すと、
(無料はダメにゃ!)
想定通りの返事が返ってきた。うん、タダ働きはだめなんだね? でも、宿の力になることは反対しない、と。
だったら……。
「「……っ!」」
私が微笑みながら2人を見つめると、総支配人さんと料理長さんの背が一段と伸びる。 ……別に無理を言うつもりはないよ?
「私の持っているお水を1ℓ800メレでお譲りしましょう。でも、手持ちの水には限りがあるし、私もいつまでもこの宿に泊まっている訳でもないから……。
今こちらの商業ギルドに来ている『ラファエル』さんを訪ねてみるといいわ。彼はジャスパーの商業ギルドの幹部なんだけど、私と懇意にしてくれている人なの。事情を話して………、これを見せれば力になってくれるはずよ」
私は今急いで準備した1通の手紙を総支配人さんに渡した。 ジャスパーでラファエルさんが準備してくれて購入した紙に一言、❝私の登録する内容を利用して、この手紙を持って行く人の力になって欲しい❞とだけ書いたもの。
彼ならこの宿、商業ギルド、私の三方に利益を出してくれるはずだ。
どうしてここで<商業ギルド>が絡むのか訳がわからないだろうに、総支配人さんが真剣な顔で手紙を受け取ってくれたので一言付け加える。
「❝もしも、話の流れで私に会う必要が生じたら、朝食前にこの部屋を訪ねてくれると嬉しい。リクエストを受け付けるから❞って伝えてくれる? ああ、その時は総支配人さんも一緒にね?
ラファエルさんが忙しいようなら、開いている時間を伝言してくれたら私が訪ねて行くわ」
それを聞いていた料理長さんが、顔に穴が開くのでは?と思うほど強い視線で私を見つめるので、
「その際は料理長さんもどうぞ?」
と言ってみると、とても嬉しそうに破顔した。 ……素直な人だな。
とりあえず30リットルの水を販売することを約束し、早速今から商業ギルドを訪ねるという2人を見送っていると、
「もっと高く売っても良かったのにゃ?」
ハクが悪い顔で笑いながら言った。
でも、さっきの話し合いでは大人しく黙っていたから、これは口先だけの事だと丸わかりだ。
ふわりと揺れる真っ白な胸毛をこちょこちょとくすぐりながら、
「お金儲けはラファエルさんが上手く仕切ってくれるよ?」
ハクを真似て少し悪い顔で笑って見せると、
「そうにゃね! 僕たちは休暇中なのにゃ! ラファエルが上手に仕切れたら、次のレシピ登録の際にも呼んでやるのにゃ!」
「らふぁえる、がんばれー♪」
2匹が楽しそうに笑ってくれる。
そうだよね! 私は今休暇中なんだ。
思ったよりも早く用件は片付いたし、ディアーナの返事がきたらどこかへお出かけしようかな♪(本末転倒? 気にしない!)
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