上 下
426 / 754

街歩き4日目 4

しおりを挟む



 この街で一番格式の高い宿、それは私が宿泊しているこの宿<キャロ・ディ・ルーナ>だ。街の人たちの憧れの宿と言っても良い。

 でも、今、この街で一番人気のある宿かと聞かれたら……。

「今はわたくしの宿がこの街で一番だと言われておりますが、遠くない未来に、他の宿がそう言われるようになりそうです」

 とのことらしい。

 なんでも、今まで3番手だった宿のオーナーが代替わりをして、後を継いだ息子さんがとてもやり手でどんどん宿の人気を高めているようだ。

 人気劇団を呼び込んで宿泊者のみが楽しめる舞台を催したり、宿泊者や宿泊者のゲストのみが参加できるマスケラータを開催したり……。

「それって、もしかして?」

「はい……」

 この宿に宿泊中の伯爵令嬢ロザリアが、ここに難癖をつけてまで替えしようとした宿が今、飛ぶ鳥を落とす勢いのあるその宿らしい。

 ……あんなに態度の悪いドアパーソンを置いている宿なのに?

 私には不思議な話だけど、実際にこの宿の料理長じゅうぎょういんが危機を感じているのは確かなことだし、

 この宿の宿泊客があんな騒ぎを起こしてまで宿替えを希望するんだから、気になるのは当然だ。

 でも、

「私はこの宿が気に入ったんだけどなぁ……」

 この宿のドアパーソンがあの2番目や3番目の宿の様だったなら、私は今頃どこかで野営をしていただろう。

 私がこの宿の魅力を語ると総支配人さんは嬉しそうに微笑みを浮かべたが、料理長は悔しそうに「私の力不足で…」と呟いた。

 この宿の❝売り❞の一つ❝美味しい水❞は【水魔法】のスキルを持っていた従業員が作り出した水だったのだが、くだんの宿に引き抜かれてしまったらしい。

【水魔法】で作り出した水がおいしい物だとは知らなかったけど、だったら、他の【水魔法】スキルの所持者を雇えばいい話では? そう考えた私は甘かったようだ。

 ❝魔力❞の質で水の味が変わるらしく、引き抜かれてしまった従業員の作る水は他の従業員が作る水よりも群を抜いておいしかったらしい。

(アリスの氷がおいしいのと一緒にゃね~)
(うん。ありすはおいしいの!)

 可愛い従魔たちが私の腕の中で自慢気に胸を反らすので、使い手によってそんなに味が変わるのかと聞いてみると、

(ぜんぜんちがうよ~? ありすのこおりはまるくてやさしくてあまいの!)

 ライムが自信満々な声で答えてくれる。……言っている内容はイマイチわからないけどね。

 でも、それはライムが私の<従魔>だから、私の魔力が一段とおいしく感じるだけでは?という疑問は、

(サンダリオも言っていたのにゃ! 水もミルクも【クリーン】でおいしくなるけど、アリスが掛けたものほどおいしくならなかったって!)

 ハクの一言で解決した。 そういえば言っていたね。

 だから、料理長さんが、

「お客さまのお持ちの水はどちらでお求めになった物ですか? もしもこの水がお客さまの扱う商品であったなら、是非われわれに…!」

 改めて、私の持っている水を欲しいと言い出しても落ち着いて話を聞くことができた。

 私はこの宿の接客が気に入っているし、ハクとライムはこの宿の庭が気に入っている。スレイとニールも世話をしてくれている幼い兄妹がお気に入りだし、少しくらい相談に乗ってもいいんじゃないかな? そんな思いを込めてハクに視線を流すと、

(無料はダメにゃ!)

 想定通りの返事が返ってきた。うん、タダ働きはだめなんだね? でも、宿の力になることは反対しない、と。

 だったら……。

「「……っ!」」

 私が微笑みながら2人を見つめると、総支配人さんと料理長さんの背が一段と伸びる。 ……別に無理を言うつもりはないよ?

「私の持っているお水を1ℓ800メレでお譲りしましょう。でも、手持ちの水には限りがあるし、私もいつまでもこの宿に泊まっている訳でもないから……。
 今こちらの商業ギルドに来ている『ラファエル』さんを訪ねてみるといいわ。彼はジャスパーの商業ギルドの幹部なんだけど、私と懇意にしてくれている人なの。事情を話して………、これを見せれば力になってくれるはずよ」

 私は今急いで準備した1通の手紙を総支配人さんに渡した。 ジャスパーでラファエルさんが準備してくれて購入した紙に一言、❝私の登録する内容を利用して、この手紙を持って行く人の力になって欲しい❞とだけ書いたもの。

 彼ならこの宿、商業ギルド、私の三方に利益を出してくれるはずだ。

 どうしてここで<商業ギルド>が絡むのか訳がわからないだろうに、総支配人さんが真剣な顔で手紙を受け取ってくれたので一言付け加える。

「❝もしも、話の流れで私に会う必要が生じたら、朝食前にこの部屋を訪ねてくれると嬉しい。リクエストを受け付けるから❞って伝えてくれる? ああ、その時は総支配人さんも一緒にね?
 ラファエルさんが忙しいようなら、開いている時間を伝言してくれたら私が訪ねて行くわ」

 それを聞いていた料理長さんが、顔に穴が開くのでは?と思うほど強い視線で私を見つめるので、

「その際は料理長さんもどうぞ?」

 と言ってみると、とても嬉しそうに破顔した。 ……素直な人だな。

 とりあえず30リットルの水を販売することを約束し、早速今から商業ギルドを訪ねるという2人を見送っていると、

「もっと高く売っても良かったのにゃ?」

 ハクが悪い顔で笑いながら言った。

 でも、さっきの話し合いでは大人しく黙っていたから、これは口先だけの事だと丸わかりだ。

 ふわりと揺れる真っ白な胸毛をこちょこちょとくすぐりながら、

「お金儲けはラファエルさんが上手く仕切ってくれるよ?」

 ハクを真似て少し悪い顔で笑って見せると、

「そうにゃね! 僕たちは休暇中なのにゃ! ラファエルが上手に仕切れたら、次のレシピ登録の際にも呼んでやるのにゃ!」
「らふぁえる、がんばれー♪」

 2匹が楽しそうに笑ってくれる。

 そうだよね! 私は今休暇中なんだ。

 思ったよりも早く用件は片付いたし、ディアーナの返事がきたらどこかへお出かけしようかな♪(本末転倒? 気にしない!)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

魔力無しの私に何の御用ですか?〜戦場から命懸けで帰ってきたけど妹に婚約者を取られたのでサポートはもう辞めます〜

まつおいおり
恋愛
妹が嫌がったので代わりに戦場へと駆り出された私、コヨミ・ヴァーミリオン………何年も家族や婚約者に仕送りを続けて、やっと戦争が終わって家に帰ったら、妹と婚約者が男女の営みをしていた、開き直った婚約者と妹は主人公を散々煽り散らした後に婚約破棄をする…………ああ、そうか、ならこっちも貴女のサポートなんかやめてやる、彼女は呟く……今まで義妹が順風満帆に来れたのは主人公のおかげだった、義父母に頼まれ、彼女のサポートをして、学院での授業や実技の評価を底上げしていたが、ここまで鬼畜な義妹のために動くなんてなんて冗談じゃない……後々そのことに気づく義妹と婚約者だが、時すでに遅い、彼女達を許すことはない………徐々に落ちぶれていく義妹と元婚約者………主人公は 主人公で王子様、獣人、様々な男はおろか女も惚れていく………ひょんな事から一度は魔力がない事で落されたグランフィリア学院に入学し、自分と同じような境遇の人達と出会い、助けていき、ざまぁしていく、やられっぱなしはされるのもみるのも嫌だ、最強女軍人の無自覚逆ハーレムドタバタラブコメディここに開幕。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る

恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。 父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。 5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。 基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

拝啓、元婚約者様。婚約破棄をしてくれてありがとうございました。

さこの
恋愛
 ある日婚約者の伯爵令息に王宮に呼び出されました。そのあと婚約破棄をされてその立会人はなんと第二王子殿下でした。婚約破棄の理由は性格の不一致と言うことです。  その後なぜが第二王子殿下によく話しかけられるようになりました。え?殿下と私に婚約の話が?  婚約破棄をされた時に立会いをされていた第二王子と婚約なんて無理です。婚約破棄の責任なんてとっていただかなくて結構ですから!  最後はハッピーエンドです。10万文字ちょっとの話になります(ご都合主義な所もあります)

処理中です...