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街歩き2日目 3
しおりを挟む街はずれの住宅が密集している地域。と言えば聞こえはいいけど、所々にひびが入っている壁や欠けた屋根などを見るに、多分ここは貧民街と呼ばれる地域だろう。
その中でも外れの方にある、玄関の壁が崩れかけている小さな家。
「ここ?」
「ああ……。この中にいる」
ここに、イザックが以前パーティーを組んでいた時のメンバーが住んでいるらしい。
(今にも崩れそうにゃ~……)
(あまもりしそうだね……)
イザックの組んでいたパーティーのレベルは<Bランク>。 メンバーはBランクとCランクでも上位のメンバーばかりだと聞いていたのに、いくら怪我で引退したとはいえあまりにも侘しすぎる住居だ。
「マッシモ! 俺だ、イザックだ! 入るぞ!!」
ほとんどドアの意味をなしていない、縦半分に割れているドアを開きズカズカと中へ入っていくイザックの後に続くと、そこには人の形に盛り上がっている布団代わりの毛皮があった。
「見てやってくれ……」
きっとイザックの物だろう。この家には似合わない暖かそうな毛皮を寝ている男性の上から剥ぐと、
「…………っ」
そこには顔のおよそ半分を布で隠し、右腕を肩から、左手の指を2本、右足の太ももから先を失くした男性が横たわっていた。 布から見えている右目には暗い絶望の色……。
イザックは一瞬だけ悲痛に顔を歪めたけどすぐに自分を立て直し、
「マッシモ! 俺の知り合いで治癒のできるヤツを連れて来たんだ! すぐに良くなるからな!」
明るい声でマッシモと呼ばれる元・パーティーメンバーに声を掛けた。 そして、そのままマッシモに話しかけながら、私に窺うような視線を向けた。
イザックのお願いは、元・パーティーメンバーである彼の治療。 その為にここに来ていた私は自分を律し、急いで彼に【診断】を掛ける。
【診断】の結果はリカバーで回復が可能。 私はイザックを安心させるために大きく頷いて笑顔を見せたんだけど、
「……ほうって、おいて、くれ。むだ、だ」
マッシモが治療を拒否してしまった。
「無駄じゃない! アリスが治ると言っている!」
感情のこもらないマッシモの声に怒っているような声でイザックが言い返すけど、マッシモは緩慢に首を振り、「帰って、くれ」と言って目を閉じてしまう。
その後はイザックがどれだけ言葉を尽くしても、何の反応も見せない。
マッシモの姿は生きることを含めた全てを諦めたように見え、仲間のそんな姿に悔しそうに顔を歪めたイザックは両手を握り締めながらも、懸命に明るい声を掛け続けていた。
……イザックの声はきちんと届いているはずなのに、返事をしないどころか何の反応もしないマッシモを見ていると、私の中で言いようのない暗い感情が育ち始める。
「……ムカつくなぁ」
「っ!?」
私の口からこぼれた言葉にイザックが驚愕したように振り向くけど、いまさら取り繕っても仕方がない。
「もう面倒だから、イザックはそこをどいて?」
「アリス! もう少しだけっ………。頼むな…」
私の言葉に焦ったような様子を見せたイザックだったけど、私がしようとしていることに気が付いてすぐに場所を開けてくれた。
素早い行動に感謝だよ。無駄な時間を使いたくないんだ。
「【リカバー・ダブル】」
投げやりな態度になっていることは許して欲しい。治療の手は抜かないからね?
私の手を離れた白い癒しの光がマッシモを包み込み、彼が失くした欠損部を白い光が新しく形作るのをじっと見ていたイザックだったけど、光が収まり、新しい腕・目・足が生えていることを確認すると、
「な、何をするんだっ?!」
マッシモの片目を隠すように顔の半分を覆っていた布を乱暴にむしり取った。
もちろんそこには傷なんて何も残っていないし、目もきちんと二つ揃っている。
「マッシモ、起きろ」
何が起きたのか理解できていないマッシモに何の説明もせず、イザックは乱暴にマッシモを寝床から引きはがした。
「起きろ! 起きて自分を見てみやがれ! ……この治療は無駄か? おまえが治ったことは、無駄なことなのか?!」
「く、苦しいっ! 離せ……!」
イザックがマッシモの胸ぐらを両手で掴み締め上げるようにしながら揺さぶると、苦しさに驚いたマッシモがイザックから逃げようと両手でイザックの手首を握った。
「…ハッ! なんだ、それでも力を入れてるつもりか?」
マッシモの反応を見たイザックはほんの少しだけ唇の端を持ち上げたけどすぐに表情を消し、ことさらに強くマッシモを締め上げる。
「……っ! 痛ってぇなぁ」
苦しさから逃れようとマッシモが振り上げた手が偶然イザックの頬を殴りつけると、イザックはニヤリと笑いながら嬉しそうにマッシモを解放した。
胸ぐらを離されて急に酸素が肺に回ったマッシモは辛そうに喉を抑えながら咳き込んでいるんだけど、それを見ているイザックはとても嬉しそうだ。
……随分と手荒な確認の方法だけど、ちゃんと両手は動いているし、両目の視線もイザックに向いていたね。イザックから距離を取るように後ろにずりずりと下がる為に両足もちゃんと動いている。
うん、治療は成功だよ♪ イザックに向かって微笑みかけると、イザックも私に微笑み返してくれた。 ……目じりが光った気もするけど、きっと気のせいだね。気が付かないことにしておこう。
「な、なんだ、と……? これは、夢なのか……?」
イザックがじっと見守るなか、やっと落ち着いて自分の状態に気が付いたマッシモが不思議そうに両手を握り締め、足をこぶしで叩きながら呟いた。
「現実だよ」
笑いをこらえながら返事を返したイザックに視線を合わせたマッシモは、
「………金なんてないぞ! 治療費なんて払えない! 俺から奪えるものはもう何も残ってなんかいないんだっ!」
頭を抱え込みながらまるで何かから逃げるかのように部屋の隅へにじり寄る。
喉が裂けるのではないかと思うような悲痛な声で叫ぶマッシモを見て、
「………!!」
イザックは無言でマッシモの頬を、力いっぱいに殴り飛ばした……。
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