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街歩き1日目 3

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「素敵……。これがいいな! おいくら?」

「17,520,000メレでございます」

 !! いっせんななひゃくごじゅうにまんメレ……!? それって家が買える値段だよ!?

 私が手にした懐中時計を見た店主さんが表情1つ変えずに言った金額は、大いに私を驚かせた。

「お客さまはお目が高こうございますわ。 こちらのお品は、ご子息に工房を譲った親方が、一線から引いてできた自由な時間のほとんどを費やして作った渾身の作でございまして…。 当店一のお値打ち品でございます」

 店主さんの説明もほとんど頭に入ってこないほどの衝撃を受けていると、

(欲しいのかにゃ?)

 興味津々で店内を観察していたハクが、私の手の中にある懐中時計を覗き込んできた。

 欲しいことは欲しいんだけど…、お値段がね……。

 ハクほごしゃに叱られないうちに、と、ため息を噛み殺しながら懐中時計をそっとトレイに戻そうとすると、

(欲しいのなら買うのにゃ!)

 守銭奴ほごしゃらしからぬ言葉が私の頭の中に響いた。

(えっ! だって、コレ、17,000,000メレを超えるんだよ? ……時間を計るだけだから、さっきのお店にあった430,000メレの置時計で十分だよ)

 どうせ普段はインベントリに入れておくんだから、懐中時計に拘る理由は何もない。

 ……いくら文字盤の飾り文字の一文字一文字可愛くても、蓋のレリーフの優美な花が桜に似ていて懐かしくても、鎖がただの輪っかじゃなくて、鎖自身に細かい模様が入っている上に鎖と鎖の間に繊細な細工がしてある美しい逸品でも、これに拘る理由はないんだ。

 そう自分に言い聞かせながらトレイに置いた懐中時計から手を離すと、

(そんな残念そうな顔をする必要はないのにゃ! アリスが気に入った物を買うのにゃ♪)

 私の肩から飛び降りたハクが、サッと懐中時計の鎖を銜えて私の肩に戻って来た。

「えっ!? 買ってもいいのっ!?」
(コレ1つで、高級宿にひと月以上も宿泊できちゃうよ? 本当に買ってもいいの!?)

(アリスが稼いだお金なんだから、アリスが欲しいと思ったものを買うのにゃ♪ 
 それに、これを買ったくらいで今の宿に泊まれなくなるわけじゃないのにゃ。お金はまた稼ぐのにゃ!)

 絶対にダメって言うと思っていたハクの言葉に、私は驚きのあまり固まってしまう。

 ぼったくり推奨! 一メレを笑う者は一メレに泣く!が信条のハクが、こんな無駄な買い物を許してくれるなんて……!

 私の心の中の叫びが聞こえたのか、ハクは鎖を銜えたまま、不本意そうに心話を続ける。

(無駄金は許さないし、格安奉仕も許さないのにゃ!
 でも、アリスが本当に欲しいと思ったものは、どんなものでも無駄なものじゃないのにゃ。……その懐中時計はなかなかいい品にゃ! アリスに似合っているのにゃ)
(ありすはとってもきれいだから、きれいなものがよくにあうよ~)

 ハクに続いてライムまでもが、この懐中時計を買っても良いと言ってくれるなんて……!

 ❝守銭奴❞だと信じていたハクや❝守銭奴の弟子❞だと思っていたライムの言葉に感激しながら今までのことを振り返ってみると、ハクもライムも、私が欲しいと思ったものは何の文句も言わずに買わせてくれていた。 【複製】で増やせるものを大量買いすると怒ることもあったけど、それは私の不利益につながることだからだと今ならわかる。

(ハク、ライム、ありがとう!)

 2匹ほごしゃたちの許可を得た私は、従魔たちへの認識を改めながらご機嫌にインベントリを開いた。











「あの店主さん、ハクちゃんとライムちゃんのファンになりましたね! お得でした♪」

 店主さんの目にも、私が諦めかけていた懐中時計を従魔が勧めてくれたから売り上げにつながったことがわかっていたようで、私やディアーナだけでなく、ハクやライムにまで丁寧な見送りの言葉をかけてくれたのだ。

(端数の20,000メレもおまけしてくれたし、良い店だったのにゃ)

 お陰でハクの機嫌もすこぶる良く、私は従魔たちの心遣いが理解できてとっても満ち足りた気分の上に、とても美しく目に楽しい懐中時計を入手することができて、本当に幸せな気分だった。

「ディアーナが一緒に行動している少女。 あなたがアリスね?」

 見知らぬ人に突然声を掛けられて、道の前を塞がれるまでは……。

「ちょっと話があるから時間をもらえない?」

 自分が何者かも名乗らないで他人に時間を割かせようとする傲慢な人。❝嫌だ❞って言ったら、素直に道を譲ってくれるのかなぁ?
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