361 / 754
馬具職人 4
しおりを挟む「鞭をお忘れでは?」
「そんな物いらないわ」
「んなもんいらねぇよ」
納品から戻って来たお弟子さんが、私たちの注文を書面に起こしながら<鞭>を忘れていると指摘してくれたけど、私とトーニオさんの返事は「いらない」で合致した。
賢いスレイとニールはそんなもので叩かなくったって、自分たちでより良い判断をできるからね。
鞭を必需品だと思っていたお弟子さんは驚いていたが、トーニオさんの「嬢ちゃんの従魔たちはみんな利口なんだ。俺たちの常識は必要ねえ」の一言で納得してくれる。
お弟子さんがスレイとニールをまじまじと見つめて感嘆のため息を零し、「これは失礼しました」と2頭に向かって頭を下げてくれたので、❝鞭❞と聞いて少しだけ機嫌を悪くしていた2頭も大きな鼻息1つで機嫌を直してくれた。
その2頭の態度に「本当に賢いな…」と呟いたお弟子さんはスレイ達を撫でたそうにソワソワし始めたけど、2頭が揃って❝プイッ❞と顔を背けるのを見て残念そうに、本当に残念そうにしながらも、きっぱりと諦めてくれた。
お弟子さんの教育もきちんとできているようで、トーニオさんの株がますます上がったことは言うまでもないかな。
オークの皮の剥ぎ取り方に注文があると言うトーニオさんを連れて冒険者ギルドに戻ると、事情を説明する前にディアーナさんが出て来て<ギルドマスター室>に案内してくれる。
スレイとニールはもう一人の私の担当であるシルヴァーノさんと訓練場でお留守番だ。
促されるままにドアをノックすると、中から入室を促す女性の声がすると同時にドアが開いた。とりあえず部屋に入ろうと一歩踏み出したんだけど……、
「………何してるの?」
部屋の中央に憔悴した顔で正座している男性たちがいるのを見て、自然と足が止まってしまう。 よく見ると、昨夜ギルドマスターと一緒に私の睡眠を邪魔した男たちだ。
屈強な男たちが部屋の真ん中で体を縮めながら正座をしていて、その後ろには数人の女性たちが立ってこちらを見ている。 ……どうして私がこんな場面に案内されるの?
ディアーナは戸惑う私だけを部屋に入れると、そのまま部屋を出てドアを閉めてしまった。
訳が分からず、抱っこしていたハクとライムを抱きしめていると、
「「「本当に、すみませんでしたぁっっ!」」」
「「「「「昨夜はうちのバカがすみませんでした」」」」」
部屋の中にいた人たちが一斉に頭を下げる。
ただただ戸惑っている私の状況を察した1人の女性が、「今朝早くにサブマスターからの使いの方が来て、愚兄たちのしでかしたことを教えてくれました」と、なぜ自分たちがここで揃って頭を下げているのかを説明してくれた。
彼女たちはそれぞれ、冒険者たちの親族やパーティーのメンバーらしい。その彼女たちが、
「集団で女性の寝込みを襲うなんて」
「そんな真似をしても自分たちなら笑って許されると思っていたなんて」
「「思い上がりも甚だしい!」」
「若くて綺麗なお嬢さんの心を傷つけた責任の取り方が❝自分たちとの結婚❞だなんて」
「得をするのは自分たちだけで、お嬢さんからしたら迷惑な話だと分からないとは」
「「「「「この勘違い男どもが、本当にごめんなさい!!」」」」」
一言何かを言うたびに男たちは身を縮こまらせ、彼女たちが揃って頭を下げると❝もう身の置き場がないっ❞とばかりに床に突っ伏した。 ………いわゆる土下座の姿勢だね。
私の中では❝買い物の代金を肩代わりしてくれる❞ということで折り合いがついている話だから、重ねての謝罪は必要ないんだけど…。 とっくに成人している身内の不始末の為にわざわざ謝りに(子熊たちへのお説教を含む)来てくれた彼女たちを無下にしようとは思えなかった。
彼らからはお金で謝罪をしてもらうことを伝え、彼女たちの謝罪の気持ちは受け取ったこととわざわざ来てくれたことにお礼を言うと、
「「「「「こんなに優しいお嬢さんになんてことをしてくれたのよ……」」」」」
なぜか女性たちが落ち込んでしまったので、私は慌ててしまった。
結構な額を使わせる気満々なのに、そんな風に言われると私の心が痛むからやめて欲しいなぁ。
待たせていたトーニオさんと一緒に解体場に向かうと、なぜか酒場でごろごろしていた冒険者たちが一緒について来る。 オークを2頭解体してもらうだけなのにね?
一応それとなく伝えてみたんだけど、みんな気にする様子もなくついてくるので放っておくことにした。
「なんだよ、アレ! さっき以上に大物じゃないか!」
「なんで初めにあれを出さなかったんだ? ってか、もしかしてまだ持ってるんじゃないか?」
という外野の声は無視してトーニオさんが詳しく皮の剥ぎ取り方を注文し終わるのを待って、
「そのお肉は私たちが食べようと思っていた分だから、鮮度を保つためにすぐにアイテムボックスに入れたいの。 割り増し料金がかかっても良いから先に解体してもらえる?」
とお願いすると、
「自分で食うのかよっ!」
「あれ2頭でいくらの金になるんだっ?」
「「「「「もったいねぇ……!!」」」」」
なぜか解体室が大騒ぎになった。
……ハクが耳を抑えてうるさがっているから、もうちょっとだけ静かに騒いでくれないかなぁ?
141
お気に入りに追加
7,544
あなたにおすすめの小説
王女の夢見た世界への旅路
ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。
無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。
王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。
これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。
※小説家になろう様にも投稿しています。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
奴隷身分ゆえ騎士団に殺された俺は、自分だけが発見した【炎氷魔法】で無双する 〜自分が受けた痛みは倍返しする〜
ファンタスティック小説家
ファンタジー
リクは『不死鳥騎士団』の雑用係だった。仕事ができて、真面目で、愛想もよく、町娘にも人気の好青年だ。しかし、その過去は奴隷あがりの身分であり、彼の人気が増すことを騎士団の多くはよく思わなかった。リクへのイジメは加速していき、ついには理不尽極まりない仕打ちのすえに、彼は唯一の相棒もろとも団員に惨殺されてしまう。
次に目が覚めた時、リクは別人に生まれ変わっていた。どうやら彼の相棒──虹色のフクロウは不死鳥のチカラをもった女神だったらしく、リクを同じ時代の別の器に魂を転生させたのだという。
「今度こそ幸せになってくださいね」
それでも復讐せずにいられない。リクは新しい人間──ヘンドリック浮雲として、自分をおとしいれ虐げてきた者たちに同じ痛みを味合わせるために辺境の土地で牙を研ぎはじめた。同時に、その過程で彼は復讐以外の多くの幸せをみつけていく。
これは新しい人生で幸せを見つけ、一方で騎士団を追い詰めていいく男の、報復と正義と成り上がりの物語──
夢のテンプレ幼女転生、はじめました。 憧れののんびり冒険者生活を送ります
ういの
ファンタジー
旧題:テンプレ展開で幼女転生しました。憧れの冒険者になったので仲間たちとともにのんびり冒険したいとおもいます。
七瀬千那(ななせ ちな)28歳。トラックに轢かれ、気がついたら異世界の森の中でした。そこで出会った冒険者とともに森を抜け、最初の街で冒険者登録しました。新米冒険者(5歳)爆誕です!神様がくれた(と思われる)チート魔法を使ってお気楽冒険者生活のはじまりです!……ちょっと!神獣様!精霊王様!竜王様!私はのんびり冒険したいだけなので、目立つ行動はお控えください!!
初めての投稿で、完全に見切り発車です。自分が読みたい作品は読み切っちゃった!でももっと読みたい!じゃあ自分で書いちゃおう!っていうノリで書き始めました。
【5/22 書籍1巻発売中!】
継母の心得 〜 番外編 〜
トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】
転生皇女は冷酷皇帝陛下に溺愛されるが夢は冒険者です!
akechi
ファンタジー
アウラード大帝国の第四皇女として生まれたアレクシア。だが、母親である側妃からは愛されず、父親である皇帝ルシアードには会った事もなかった…が、アレクシアは蔑ろにされているのを良いことに自由を満喫していた。
そう、アレクシアは前世の記憶を持って生まれたのだ。前世は大賢者として伝説になっているアリアナという女性だ。アレクシアは昔の知恵を使い、様々な事件を解決していく内に昔の仲間と再会したりと皆に愛されていくお話。
※コメディ寄りです。
めんどくさがり屋の異世界転生〜自由に生きる〜
ゆずゆ
ファンタジー
※ 話の前半を間違えて消してしまいました
誠に申し訳ございません。
—————————————————
前世100歳にして幸せに生涯を遂げた女性がいた。
名前は山梨 花。
他人に話したことはなかったが、もし亡くなったら剣と魔法の世界に転生したいなと夢見ていた。もちろん前世の記憶持ちのままで。
動くがめんどくさい時は、魔法で移動したいなとか、
転移魔法とか使えたらもっと寝れるのに、
休みの前の日に時間止めたいなと考えていた。
それは物心ついた時から生涯を終えるまで。
このお話はめんどくさがり屋で夢見がちな女性が夢の異世界転生をして生きていくお話。
—————————————————
最後まで読んでくださりありがとうございました!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる