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押し売り 3

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「これは<冒険者>としての報酬ではないので、私は受け取れません」

「今回は<商人>として治癒魔法を販売したんじゃなくて、ディアーナさんに担当してもらっている<冒険者>として、今後ディアーナさんが担当をする予定のパーティーを特別に治療したの。 だから<冒険者>としての報酬だよ」

 ギルドが立て替えた治療費を受け取った後、腕が千切れかけていた男性を治療して、他のメンバーにも消毒の為のクリーンを掛け終わった。 後は報酬の5%をディアーナさんに支払ったらお仕事終了。なんだけど……。

 何故かディアーナさんがお金を受け取ってくれない。

 カウンターに置いたお金を挟んで困り顔の私たちの後ろでは、無事に回復した男性を囲んでパーティーメンバーが嬉しそうに話をしている。だけではなく、きちんと動く腕に、ギルドにいた人たちが驚いているようだ。

「な…、なあ、あんた。 あの腕は【ヒール】で治しただけだよな? 【リカバー】じゃないのに、なんでちゃんとくっついて普通に動くんだ?」

 私が担当さんと話をしているので最初は我慢していたらしいギャラリーだけど、私たちの話が全然進まないのでしびれを切らして話しかけてきた。

 おずおずと聞く冒険者の後ろで、みんながこちらを注目しているのがわかる。

「……腕の一部がくっついていたんだから、ヒールで十分に治るわよ」

「「「「「「いやいやいやいや! 普通は治らないから!」」」」」」

 みんなが治癒魔法=リカバーだと誤解しているようなので、簡単にこの程度ならヒールで十分だと告げると、ギルド中から否定の言葉が上がる。

 あまりの大声にびっくりして振り返ると、

「あんな怪我、普通ならリカバーじゃないと治せんだろう!?」
「皮一枚でぶら下がっていただけの腕がヒールで簡単に治るなら、ほとんどの怪我はヒールで治っちまうじゃないか!」

 目が合った冒険者や職員が、治った腕を嬉しそうに振り回しているリーダーを指差して叫ぶように言う。

「……普通にヒールで治ったんだから、それでいいでしょ? なにか問題あるの?」

 とても眠たくてふらふらし始めた私に、みんなの大声は結構辛いものがある。 少しだけ不機嫌になりながら問いかけると、みんなは一斉に首を横に振った。

 ……問題がないなら別に良いよね。 ディアーナさんに報酬を受け取ってもらってさっさと寝よう。とみんなに背を向けた時、

「でも、リカバーだったらリーダーの味覚も一緒に治ったのかな……」

 ポツリと呟くような声が聞こえた。

「【リカバー】を使ってもらうには、1千万メレ以上かかるだろうが! そんな余計な金を使うくらいなら、味覚が壊れたままの方がましだぞ、俺は!」

「でも、リーダーは昔から食いしん坊だったじゃないか…。 せっかく少しは稼げるようになって、たまにだけど美味い物も食えるようになったのに……」

 ……彼らの会話からなんとなく話は理解できたけど、一応は確認してみよう。

「どうして味覚が壊れたと思うの?」

「リーダーが<増血薬>を一気飲みしたんだ……」

「こ、こら! 黙れ、ピエトロ! すまないな、あんたは気にしないでくれ。 俺は、俺の体をヒールで治してくれたことに、心から感謝している」

 ああ、やっぱりそうか。 このパターンにもだいぶ慣れたなぁ。

 文句(?)を言った仲間を背中に隠すようにしながら、リーダーが爽やかに笑う。 食いしん坊さんが味覚を壊したらそれはショックだろうに、パーティーのメンバーに負担を掛けないよう、そんな感情を顔には出さずに笑って見せる所に好感が持てる。 さっさと誤解を解いてあげよう。

「大丈夫。あなたの味覚は狂ってないよ」

「は?」
「ええっ?」

 不安を解消してあげる為に「大丈夫」と言ったけど、やっぱり伝わらなかった。

 みんなが口々に「そんなわけない」「増血薬の一気飲みなんて普通の味覚ならできない」「そいつの味覚が壊れたのはあんたのせいじゃないから気にするな」と声を上げる。

 別に、責任逃れの為に言ってるんじゃないんだけどなぁ……。 ちょっと面倒になって来たので、増血薬を1本インベントリから取り出してディアーナさんの前に置いた。

 ハクとライムを両腕に抱いて、

「彼が飲んだのは、飲みやすいように味を改良した新製品なの。
 これは味見用に置いておくから、誰かが欲しがったら5万メレで売ってくれる? これの売上の5%とさっきの報酬はきちんとディアーナさんが受け取ってね? あなたが担当予定のパーティーじゃなかったら彼らのことは放置していたと思うから、あなたの功績ってことで! 
 じゃあ、おやすみ~」

 言いたいことだけ言って、さっさと踵を返した。

 ディアーナさんがカウンターに置かれた報酬もそのままに、呆気に取られているけど気にしない。

 もう、いい加減に眠りたい私がわき目もふらずに階段を目指していると、駆け寄って来た女性が何かの小瓶を私の前に差し出した。

「はちみつなの。リーダーを治してくれたお礼に受け取って! 魔力が枯渇して動けなくなる前に!!」

「…?」

 先ほど治療した男性のパーティーのメンバー。最初にギルドに飛び込んできた女性が私を心配そうに見ながら、はちみつの小瓶を差し出し続けている。

(甘いものは、ほんの少しだけ、MPの回復に役立つのにゃ)

 ハクの説明で彼女が心配そうな顔ではちみつを持っている理由がわかった。 ギャラリーとの会話で私が彼の治療の前に【リカバー】で魔力を消費していることを知って、心配してくれたようだ。

 ジャスパーでの買い物で、はちみつが意外に高価なものだとわかっていたので受け取って良いものかと一瞬だけ躊躇したけど、

「そんなにふらふらになってまで、リーダーを回復してくれてありがとう!」

 と彼女が嬉しそうに笑う顔を見て、遠慮するのはやめた。 感謝の気持ちなら素直に受け取らないとね!

 私がふらふらして見えるのは、疲れもあるけど、睡魔と戦っているからだ。 残りの魔力には何の問題もない。だから、

「ありがとう! 【ヒール】」

 私は彼女からの心遣いのお礼に、彼女のぱっくりと割れている頬の傷を治療する。 さっき消毒代わりにクリーンを掛けたから彼女の汚れは取れている。だからこそ、割れて肉が見えている頬が余計に痛々しく見えて気になっていた。

 タダで治療をすることはできなかったけど、❝お礼❞としてなら問題ないだろう。 

 自分の怪我に無頓着な彼女にネフ村のルシィさんが重なって、治療したくてうずうずしていたのだ。 すっきりした気分で「お礼の❝お礼❞」と告げると、

「もらいすぎ……。かえせない……」

 自分の頬を触って、怪我が治っていることを理解した彼女が呆然と呟いた。 

 お礼合戦にならなくて良かった!と胸を撫でおろしながら微笑みかけて、今度こそ、今夜の寝床に向かって階段を上がる。

(治らないのにゃ……)

 と呟くハクに、

(うん。頬以外は治さなかったよ。後はポーションで治してもらおう)

 タイミング良く、腕を飛ばした男の為にポーションを買いに行っていた男が戻って来たのを見ながら言うと、

(………明日が楽しみにゃ)

 ハクがポツリと呟いた。

(そうだね! 明日には彼らも元気になってるだろうね!)

 私の返事に、ハクが深いため息を吐いた。 ……そんなに彼らが心配だったのかな?

(ハクが心配なら、私が彼らの治療をしようか?)

 ハクの為なら、無料で治療するのもやぶさかではない!と意気込んで聞くと、

(しなくてもいいのにゃっ!!)

 とても強く否定された。 ……私に遠慮しているのかな? だったら、遠慮なんかしなくても、と再度提案しようとすると、

(ぼく、ねむい~。あとは<ぽーしょん>にまかせて、はやくねよう?)
(そうにゃ! 早く寝るのにゃ!)

 ライムが欠伸交じりに言った言葉にハクが強く反応したので、それ以上は何も言わなかった。

 治る見込みの立っている初対面の冒険者よりも、自分の可愛い弟分の睡眠の方が大切だよね~。うん、わかるわかる!

 自分勝手な私はさっさと彼らのことを忘れて、3階を目指す。

 階段の途中で振り返り、なぜか私の後を付いて来ようとしている数人に「邪魔しないでね? 睡眠の邪魔をするなら報復するよ?」と伝えて階段の残りをを駆け上がった。

 誰かが大声で「俺が飲んだのは気が遠くなるほどまずかったぞ! お陰でペナルティの便所掃除なのに、こいつらだけずっりーぞ!!」と叫んでいるけど、そんなの、私には関係ないよね~?
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