292 / 754
初めての馬車旅 19
しおりを挟むインベントリの中にある料理の中からメニューを選び、値段はイザックと相談しながら決めた。
私が値段を決めるとどうしても安くなり過ぎてしまうらしく、イザックに決めてもらうとびっくりするほどの高値になるから、すり合わせが大変だった。 それでも、私の感覚からみると十分に高いんだけどね。
でも、メニュー表を見ても、
「おまかせ定食ってのを2つくれ!」
「はーい。 1食2,000メレだから、合わせて4,000メレね」
「俺はスープだけでいい。 ボア肉が入ってる割には安いが…。 まあ、欠片だったとしても文句は言わんさ」
「俺もだ」
「うちもスープを3つくれるか?」
「おう、スープは1杯800メレだ。 食って驚け!
ああ、ペーターの所は2杯分にしたらどうだ? ガキはあんまり食えねぇだろう。 ちゃんと3人分によそってやるぞ?」
ディエゴ親子と乗客が全員買ってくれたのにはびっくりだ。 もっともまだ2日目ということで、乗客たちは各自がおいしそうなごはんを用意していたので、スープだけのお買い上げだけど。
イザックがペーター君一家のスープを2杯分にしたのは良かったものの、1人前2個の肉団子をどう分けるかを悩んでいたので❝お子さまには肉団子を2個特別サービス!❞とメニューに追加する。
それを見ていたディエゴ親子も禿頭のおじさんとお腹の出たおじさんも何も言わずに笑っているから問題無し! ペーター君にはサルの嫌味から助けてもらったしね。ささやかだけどお返しができて良かった♪
「う、美味いなっ……! 初めて食う料理だが、こんなに美味いものだとは思っていなかったぞ!」
「ああ、これが2000メレなのか!? これが野外でこの値段なら随分と安いじゃないか!」
おまかせ定食(ご飯・野菜たっぷりスープ・ボアカツ&千切りキャベツ・木苺)を食べたディエゴ親子は「こんなの食ったことない! なんでこんなのが2,000メレなんだ!?」と満足そうだし、
「この団子はなんだ!? ボアか? ボアなのか!? どうしようもなく美味い!」
「なんだ、この肉の塊は!? 誰だよ、欠片だとか言ったの! …あ? 肉が柔らかい。 ……美味いなぁ」
「こんなにおいしいスープ、初めてだ! 母さんのよりおいしいよっ!」
「こ、こら! ペーター……」
「本当に美味しい……。 ねえ、街に着いたらレシピを買ってもいい?」
「あ? ああ、もちろんいいぞ! 楽しみだな!」
肉団子入り野菜たっぷりスープを買ってくれた人たちも満足そうだ。
ペーター君の発言で少しだけ慌てたけど、お母さんは気を悪くする様子もなくおいしそうにじっくりと味わってくれているので、そっと胸をなでおろした。
あ、レシピはまだ販売していないって言っておかないとね。
不意に魔力感知に反応があったのでマップを見てみると、ホーンラビットが2匹近づいて来ている。
イザックに断ってその場を離れ、散歩がてらの退治から戻ってみると、
「なんでだよ! 金は払うって言ってるじゃねぇか!」
……サルの怒鳴り声に出迎えられた。
「……どうしたの?」
「ああ、戻ったのか。 お疲れさん!」
「うん。ただいま! 何かあったの?」
状況を見ると、サルがスープを買おうとしたのをイザックが拒んだっぽい? サルの隣でビビアナが困ったような顔をしている。
「ああ。サルが自分たちにもこのスープを売れと言うのを止めただけだ」
思った通りの状況だったけど、イザックがスープを売るのを拒んだ理由がわからない。 値切ったりしたわけでもなさそうだし、当然、意地悪をしているわけでもないだろう。
私の不思議そうな顔を見て、苦笑したイザックがこちらを向いて説明をしてくれた。
「複数のグループで護衛依頼を受けた場合、基本的には同じものを食わないのが冒険者間の暗黙のルールになっている。 揃って腹痛を起こした時に襲われでもしたら目も当てられないからな。
俺たちが一緒のパーティーならまだしも、別々のパーティーでそんなことになったら、責任のなすりつけ合いに発展する可能性がある」
と言われて思い出した。
❝危機管理❞。 地球で生きていた頃、航空機のパイロット達が食事の内容を別々にするという話を聞いたことがある。操縦クルーはフライト中だけでなく地上でも同じものは食べないと聞いて、職業意識の高さに驚いたものだ。
そういうことなら、と納得してスープの入っている寸胴鍋をインベントリに収納すると、サルが舌打ちしながら離れて行く。
仕方なさそうに笑うビビアナは知っていたのかな? イザックの説明を聞いても特に反応がなかったから知っていたように思うんだけど、それならどうしてサルを止めなかったのか……。
軽く頭を下げてサルを追いかけていくビビアナが何を考えているのか私にはわからないけど、違和感だけが残った。
「騒がせて悪かったな」
イザックがみんなに謝るとみんなはそれぞれに苦笑を返したり、❝気にするな❞とばかりに手を振ってくれたり。この2日間で私たちとサルの仲が良くないことに慣れてしまったのか、本当に気にしていないそぶりに思わず苦笑が漏れる。
護衛の仲が良くないのはあまり良くないことだと思うんだけどね。 みんなが重い雰囲気にならないことは素直にありがたい。
でも、やっぱり気になるんだよね。
「ねぇ、イザック? みんな、私が作ったものを食べてたよね?」
「あ?」
「私の護衛をしてくれている時。 みんなは一つのパーティーじゃなかったけど、私の作ったごはんを食べてたよね?」
「ああ、そのことか」
ちょっと意地悪かな?と思いながらの質問だったのに、イザックはちっとも慌てることなく笑っている。
「依頼主や護衛対象から振舞われるものは基本的に拒んだりしないぞ? 特に、出されるものが美味いものだとわかってて断るなんてことはしやしない。
だが、俺たちが自分で用意する飯は、バラバラだっただろ?」
言われて思い出してみると、確かにそうだった。 私がゆっくりと眠っていた日の朝ごはんはみんながそれぞれに買って来ていたし、屋台通りに行った時も、みんながかぶらないものを買っていた。
好みの問題だとばかり思っていたけど、そういうことだったのかぁ。
うん。やっぱりみんなは優秀な護衛だったんだな!
「それに、俺たちはアリスが【治癒魔法】を使えることを知っていたからな! なんの心配もしてなかったんだ」
感心している私に、イザックが楽し気な顔で言った。
「もしも、アリスの料理で腹を壊したとしても、金を払って治してもらえばいいだろうって思えるくらい美味いものばかりだったからな。 断るなんてもったいないこと誰も考えもしなかったさ」
そんな風に言われてしまうと、素直に喜ぶしかないよね?
気を良くしてデザートのおかわりを用意する私が、❝サルたちが食中毒を起こしたら、私が【ヒール】で治せばいい❞ってことに気が付いたのは、食事が終わった後のことだった。
あれ? やっぱり意地悪だったのかな……?
でも、サルが【ヒール】の代金を払ってくれる保障はないし、私もただで治療をしてあげる気にはなれないから、イザックの判断は正しいのか。
うん。トラブルを未然に防いでくれたイザックはやっぱり優秀な冒険者だな! あと少しの間だけど、いっぱい学ばせてもらおう♪
127
お気に入りに追加
7,544
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
魔力無しの私に何の御用ですか?〜戦場から命懸けで帰ってきたけど妹に婚約者を取られたのでサポートはもう辞めます〜
まつおいおり
恋愛
妹が嫌がったので代わりに戦場へと駆り出された私、コヨミ・ヴァーミリオン………何年も家族や婚約者に仕送りを続けて、やっと戦争が終わって家に帰ったら、妹と婚約者が男女の営みをしていた、開き直った婚約者と妹は主人公を散々煽り散らした後に婚約破棄をする…………ああ、そうか、ならこっちも貴女のサポートなんかやめてやる、彼女は呟く……今まで義妹が順風満帆に来れたのは主人公のおかげだった、義父母に頼まれ、彼女のサポートをして、学院での授業や実技の評価を底上げしていたが、ここまで鬼畜な義妹のために動くなんてなんて冗談じゃない……後々そのことに気づく義妹と婚約者だが、時すでに遅い、彼女達を許すことはない………徐々に落ちぶれていく義妹と元婚約者………主人公は
主人公で王子様、獣人、様々な男はおろか女も惚れていく………ひょんな事から一度は魔力がない事で落されたグランフィリア学院に入学し、自分と同じような境遇の人達と出会い、助けていき、ざまぁしていく、やられっぱなしはされるのもみるのも嫌だ、最強女軍人の無自覚逆ハーレムドタバタラブコメディここに開幕。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。
なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。
そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。
そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。
彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。
それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
拝啓、元婚約者様。婚約破棄をしてくれてありがとうございました。
さこの
恋愛
ある日婚約者の伯爵令息に王宮に呼び出されました。そのあと婚約破棄をされてその立会人はなんと第二王子殿下でした。婚約破棄の理由は性格の不一致と言うことです。
その後なぜが第二王子殿下によく話しかけられるようになりました。え?殿下と私に婚約の話が?
婚約破棄をされた時に立会いをされていた第二王子と婚約なんて無理です。婚約破棄の責任なんてとっていただかなくて結構ですから!
最後はハッピーエンドです。10万文字ちょっとの話になります(ご都合主義な所もあります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる