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初めての馬車旅 11
しおりを挟む馬車は昨日同様にとてもひどい揺れだけど、イザックは気にした風もなく眠り込んだ。 寝る前に、
「後は頼むな? 危険があったら起こしてくれ」
とハクに声をかけていて、それを聞いていた乗客がびっくりした顔をしていたのが面白かった。
「あの猫がスライムを倒してきたってのは本当だったのか?」
「あんなに可愛いのに<従魔>らしいぞ」
乗客がぼそぼそと話しているのが聞こえて、ハクとライムを自慢したい欲求を抑えるのが大変だ。
うちの仔たち、可愛くて食いしん坊なだけじゃなくて、優秀なんだよーっ♪
仕方がないから、心の中で叫んですっきりしてから私も眠りについた。
ライムのぷにぷにボディのお陰で揺れの衝撃が軽減されているのが本当にありがたい。 今日のおやつは何を出してあげようかな…。
(アリス! 起きるにゃ!!)
(ありす! おきて!!)
2匹の声と、馬車の揺れを直接感じた不快感で目を開けると、ハクがイザックの頬を、自身の可愛らしい肉球でぺちぺちと叩いているのが見えた。
「どうした? 敵襲か?」
(そうにゃ!)
「そうみたい」
目を開けるなり敵襲を疑うイザックにハクの言葉を通訳しながら急いでマップを展開すると、進行方向に赤いポイントが多数固まっているのが見えた。 魔力感知の反応は魔物ではなさそうだ。
「ん~……、魔物じゃなさそう。人間の集団っぽいね。 進行方向に固まっている集団だけみたいかな」
ジャスパーの町の外で盗賊に襲われた時と似ている感じがするので、人間だと思う。 そうイザックに告げると、
「盗賊か!」
と跳ね起きるなり、ディエゴに声を掛ける為に前方の席に移動した。
「…いい加減なことを言いやがって!」
「僕たち襲われちゃうのっ!?」
「と、盗賊!?」
私たちの話を聞いていたサルはいつものように舌打ちを打つだけだったけど、乗客たちは不安そうに席から身を乗り出して私を見つめてきた。
「どうするのっ!? 指示を出して!」
「なっ!? ビビアナ!?」
ざわつく馬車の中でビビアナさんの緊張をはらんだ声が響くと、乗客も静かに私に注目する。
自身の相棒ではなく私たちに指示を仰ぐビビアナさんにサルが食ってかかろうとしたけど、今は緊急時だと気が付いて舌打ちを1つ打っただけでおとなしくなった。
❝緊急時の指示はBランクのイザックから❞という、ディエゴの言葉を思い出したらしい。
馬車が急に速度を上げるのと、イザックの声が響くのはほぼ同時だった。
「とりあえずは進路を逸れて様子を見るぞ! それでも奴らがこちらを襲ってくるようなら、俺とアリスが外に出て迎撃する。 サルとビビアナはそのまま逃げる馬車に乗って待ち伏せの敵がいたら乗客を守れ!」
「わかった!」
「……わかった」
こんな時でも反応が鈍いサルには苛立つけど、あえて意識を切り離す。 今はそんなことに気を取られている場合じゃない! サルのことは相棒のビビアナさんに任せよう。
「僕たち、殺されちゃうの!?」
「あ? んなわけないだろ。 俺たちがこの馬車を守っているんだぞ?」
「んにゃん♪」
「ぷっきゅう~♪」
今にも泣きだしそうなペーター君にイザックが自信たっぷりに反論すると、ハクやライムまでが楽し気な鳴き声でイザックの言葉を後押しする。 なかなかのチームワークだ。
「っ!!」
「きゃあっっ!」
「なんだ!?」
従魔たちを見てペーター君が表情を緩めた次の瞬間に、馬車がガクンと大きく傾いて止まってしまった。
「ディエゴ! 何があった!?」
「車輪が泥濘にはまっちまった!! 少し揺れるぞ!」
ディエゴは何とか泥濘から抜けようと必死で馬を鞭打つけど、簡単に抜けられる様子はない。 馬車の傾き具合から見ても、かなり深い泥濘のようだ。
「アリス! どうだ!?」
「ん~……。 今の所反応はないけど……」
今の所、マップに盗賊らしき赤ポイントは点いていない。 でも、範囲の外を移動している可能性もあるから油断はできないな。
「よし、まだ近くには来ていないな! サル! ビビアナ! 外に出て馬車を押すぞ! 客はそのまま馬車に乗っていてくれ!」
「お、俺も押すぞっ! みんなで押した方が早いだろう? 早くここを離れないと…!」
「まだ安全を確保できたわけじゃないからな。あんたらはこの中で待機だ! 出番までゆっくりと休んでろ」
イザックは太い腕を持つ禿頭のおじさんの言葉をはねつけたけど、その気持ちは嬉しかったらしい。 おじさんに向かって笑いかけている。
「そうか…。 出番があるんだな?」
「ああ、この馬車の安全が確保できたら、みんなで馬車を押そうぜ!
アリス、行くぞ!」
イザックは乗客たちにニッと笑いかけると、すぐさま馬車から飛び降りた。
「ライムはマントの中に! ハク、行くよ!」
言っている最中にマントの中に飛び込んできたライムをハウスに入れて、肩に乗ったハクと一緒に馬車から飛び降りる。
後に続いているサルとビビアナさんを横目に見ながら泥濘に<ドライ>を掛けてから馬車を押し始めると、すぐにマップ上に赤いポイントが入り込んできた。 赤いポイントが1つ点いたと思ったら、次々となだれ込むようにマップに赤ポイントが増える。
「イザック! 奴らが近づいて来てる!」
「…クルトは馬車の中に戻れ! サルとビビアナはそのまま馬車を押し続けて、敵が馬車に近づくことがあったら、反撃しろ! 馬車が動くようになったら馬車に飛び乗って、逃げながら乗客を守るんだ!
ディエゴ! 聞こえたな? 俺たちに構わず、ひたすら逃げろ!」
「「わかった!」」
「ああ、分かったっ!」
馬車を押していたクルトが大きく頷いて中へ戻るのとディエゴ達が返事を返すのを確認して、イザックは私を振り向いた。
「今回は生け捕りにしなくて構わない。 …できるな?」
……今回は、敵を殲滅するってことか。 自分で身を守れない人がいる以上、必要なことだろう。
一瞬だけ、傷まし気に目を伏せたイザックを見て、私の腹も決まる。
「するしかないでしょう? 何なら魔法で全滅させてあげようか?」
「ハハッ! 俺の出番も残してくれよ。 これでも上位ランクなんだぜ? カッコつけさせろ!」
イザックは私の攻撃魔法の威力を知っている。 魔法で全滅させることも可能なのに、自分も戦闘に参加することで、私の心の負担を減らそうとしてくれているようだ。
「じゃあ、ウインドカッターを何発か打ち込むから、その後2人で突っ込む?」
「俺が先に突っ込んでもいいんだぞ?」
「あはは! そんなことをしたら、私の出番がなくなるでしょ? サルに<コンパニオン>扱いされるのはお断りだよ!」
「そうか。 なら仕方がないな! アリスのプランでいいぞ!」
イザックがニヤリと笑うのと同時に矢が飛んでくる。 私たちにはあと一歩届かなかったけど、相手に交渉の余地はなく、敵であることが確定した。
よし! 戦闘開始だ!!
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